規則八条 ドアは重要です
俺は今、管理人室の自室で座っている。
雪乃さんが将来、夫なる人が居ないと故郷に連れ戻す為に雪乃さんの父。雪乃さんから名前を聞いたのだか、雪乃源太郎がやってくる。
雪乃さんが故郷に帰らないためには、そして俺がプー太郎にならないために俺と雪乃さんが結婚を前提に付き合えば言い。
そう言ったのは、三日前のお風呂場騒動の時のマルタの言葉。
しかし、過去十六年間バレンタインのチョコも義理でしかもらった事の無い俺がいきなり同世代の女性付き合う、いやこの場合付き合ってるにしないといけないなど無理な話に思えてくる。
別に雪乃さんが嫌いなわけじゃない、どこぞの海で好きだーと叫んでもいい。
可愛い。優しい。料理も旨い。性格も素晴らしい。探すのが難しいんじゃないかって女性だし、俺が恋人役でいいの?と二人に話したのが昨日。
『アヤメー、シューイチ君がアヤメが恋人じゃ不満みたいだよ。』
にや付いた顔で食事中に話す。
『ば!なわけあるか。俺が釣り合ってないって言ってるの!そもそも十六年間もてた事も……』
俺が喋ってる途中にマルタが被せる
『アヤメはどうなん?』
『私はこんな体ですし、例えお芝居でも近藤さんが彼氏役で嬉しいです』
顔を赤くして喋る雪乃さん。
『おーい、シューイチ君。オーイ。キコエテマスカー。カモーン』
『アヤメが変な事いうからシューイチ君かたまってもうた』
『まぁ、どうしましょう……』
『ほっときほっとき、時期に戻るやろ。ウチらも御飯食べ終わったらもどるべ』
『はぁ』
マルタと雪乃さんが何か言ってるみたいだが、何も聞こえない。
嬉しい?あの雪乃さんが俺が彼氏役で嬉しいだって。
お芝居でも嬉しい?何を言ってるんだ、そうだ告白だ!この流れなら告白したっていいじゃないか。
出会った日数なんか関係ない!
『雪乃さん、俺も雪乃さんの事がす……す……あれ?』
気付いたら誰も居なかった、壁にかけてる時計は二時を回っている。当然オカズも冷めていた。
俺の肩にはいつの間にか薄いタオルがかけられている。
思わず匂いを嗅ぐと雪乃さんの匂いがする。
一人御飯を食べ終わった俺はあれから自室に帰って寝る事にした。
そして今日。ドアのインターホンが鳴る。
ついにきたか……
「はーい。今出ます~」
ドアを開けると熊が居た。
いや熊のほうがまだましだったかもしれん。
身長ニメールに取ってつけたようにマブタに傷。
さらに腰には刀を差している。
とっさにドアを閉め大声で叫ぶ。
「マルタ!電話頼むー不審者だ!」
俺の叫びを聞いてマルタと雪乃さんが階段から降りて来る。
俺は必死でドアノブを抑える。
「不審者ってどんなんー?」
あくびをしながらマルタが聞いて来る。
「身長ニメートル以上の顔に傷のある刀を持った大男!人殺しみたいな奴だ、それより電話。携帯でいいから電話して」
俺が必死で抵抗してるせいがドアがギシギシなる。
「顔に傷があって背が高くて刀……すみません。その人父です」
「え?」
雪乃さんの言葉で俺の力が抜ける。
いきなり力が無くなったせいなのが、俺はドアと一緒に壁に吹き飛ばれた。
「ガッハッハスマンスマン。いきなりドアを閉められるものだからついこじ開けようと思ってな」
食堂で熊、もとい源太郎の言葉を聞く包帯姿の俺。
「しかし、管理人が居るとは聞いていたが、ひょっこい男だったとは、いや、これは失言、ガッハハ」
源太郎もとい熊、いや源太郎か。俺をみて豪快な笑いをしてくる。
顔は黙ると怖いがひょうきんでよく笑う。良く笑う所など雪乃さん、紛らわしいからアヤメさんと言おう。アヤメさん受け継いだんだろう。
「はい、お父様お茶です」
「おっちゃんお茶請けももってきたで~」
台所からお茶とお茶請けを持ってくる二人。
「おお、大きくなったなー二人とも」
「お父様、私まだ一ヶ月も離れてません」
「男子三日もたてばだ」
「おっちゃん、ウチら女の子や」
「がっはっは、すまんすまん」
鞄をごそごそし始める。
「所でアヤメ。彼氏候補は出来たか?お父さんな。見合い写真を沢山持ってきたんだ、これなんかどうだ。鳴神財閥の長男だ、収入良し。血統良し。顔は、お父さんに負けるがそこそこいいぞ」
鞄からお見合い写真を出してくる。
「お父様ちょっと……」
アヤメさんが言いよどんでる。
「む、さすがにこれはダメか。こっちの男はどうだ。血統はまぁ落ちるがさっきのより高収入だ。一生楽に暮らせるぞ」
「あの……実は」
アヤメさんがさらに困った顔をする。
「写真じゃ良い奴もわからんな、どうだ故郷にいる。火車の倅はどうだ」
「お父様、あの子はまだ8歳です」
「それじゃ一目の息子はどうだ」
「息子さんって悟おじさんですか?あの人は妻子いますけど」
「なに。男子たる物妻の一人や二人いてもいいじゃないか」
「そのわりにはおっちゃん、奥さん一筋やな」
「浮気すると怖いからな」
マルタにちゃかされ真面目な顔で答える。
「それに俺は愛する女性は一人で十分だ、ガッハッハ」
「しかし、アレもこれもダメとはいかんぞ?一度故郷に帰って検討しては?そもそもこのアパートだって結婚相手を探す拠点のようなもんだ」
それまでの笑ってた顔から困った顔になる源太郎。
俺は困った顔で二人を見て、マルタはなぜかアヤメのお見合い写真を熱心に見てる。
「お父様、実はこの方が私の恋人でち」
かんだ、大事な場面でアヤメさんがかんだ。
周りがシーンとなっている。
アヤメさんは凄い真っ赤になってる。
「お父様、実はこの方が私の恋人です」
二回言った。顔は赤いままだが、その精神は凄いと思う。
場の空気で固まっていた源太郎さんが、おもむろに荷物のほうに振り向く。
再度こっち、正確には俺を見ている。
手には日本刀。
日本刀!?銃刀法違反ですよね。それって。
「小僧! 種族はなんだ!」
さっきまで豪快に笑っていた顔とは打って違って、俺に刃先を向けてくる。
種族? 種族ってなに。人種なら日本人なんだけど。
「おっちゃん。シューイチ君なら人間やで」
いまだアヤメさんのお見合いリストを見て口だけで会話に参加してくれる。
ああ、種族って妖怪か人間かって事か。
俺に突きつけられてる刃がプルプル震えてる。
俺も震える。
ゆっくりと刃が上空に上がる。
そして俺に一気に落ちてくる。
切られる! そう思った俺は固まったまま目をつぶる。
物凄い衝撃音が鳴る、痛みが来ない。死ぬ時って痛みも無いのかな。
もしかして、切られてない?うっすらと目を開けると、右のほうに大きな雪の塊と其処から顔を出して伸びてる源太郎さん。
そして左のほうにはアヤメさんが怖い顔をして源太郎さんのほうを見ていた。