閑話 その他の勇者達20
魔王城、重厚な存在感と息苦しい威圧を放ち、畏怖と恐怖を感じさせる場所をイメージしていた。しかし、大魔王の城は、魔王城という響きからイメージされる場所とはかけ離れていた。一目見て火鉢が放った言葉は「美しい」だった。
左右対称に建てられた柱、広く作られた庭、花々が咲き誇り、噴水から流れる水は川を作っている。ここが本当に荒れ果てた北の暗黒大陸だと言うことを忘れてしまいそうになる。大魔王は四人の魔王を従え、その四人が同時にかかっても勝てないほどの実力を持つと言われている。この世界の最強最悪の存在、それが大魔王なのだ。
大魔王の城に入る、神代 火鉢、安城 風香の二人も緊張を隠せないでいた。ここまでの旅は確かに辛かったが、倒せないと思う敵には出会ってこなかった。
四人の魔王に会い、全てを倒してここまで来ているのだ。二人のレベルは人であれば最強といっても良いぐらい高められ、恐れる者は無い。
そんな二人でも警戒するように魔王城に入る。大魔王本人以外にも魔物がいるだろうと予想していたのに敵の気配がない。門を通って二人が見たものは、目の前に何段あるかわからない階段がそびえ立つのみだった。
ここまでの戦いで近衛達も夜王ヴィクターも海王キセラもずっと二人を支えてくれた。残り二人の魔王、死霊王レイザー・暗黒獣ホロボロスは話ができる相手ではなく、命を奪う事しかできなかったが、悔いなどない。一歩一歩階段を上る二人の後ろを皆がついてきてくれる。
「やっとここまで来たな」
「意外に時間がかかってもうたな」
「ああ。半年だ」
「ヒ~ちゃん的には楽しめた?」
「ああ、死霊王も暗黒獣もその名に恥じぬ戦士だったからな」
火鉢は二人との戦いを思い出し、手を握りしめる。戦士として戦った二人だが、それでも火鉢は満足できていない。
「あの二人は強かったね。死霊王は闇の魔法の使い手で闇の魔法があんなに厄介やと思わんかったわ」
「そうだな。闇の魔法は、私たちの魔法をすべてを吸収してくるし、普通の打撃は聞かないと、何とも厄介な奴だった」
「暗黒獣は何でも食べるしね」
「ああ。最初は可愛い魔物かと思ったが、私達の魔力を食べるという異常なスキルだったな」
どちらも似た性質の魔法とスキルを持つ相手だったが、火鉢は死霊王を特殊な方法で退け、暗黒獣を自身の魔力で破裂させた。
「でも、倒して私達はここまでこれたんやね」
「ああ。大魔王はもうすぐそこだ」
「どんな奴なんやろね?」
「さぁな」
「死霊王のような骸骨だけは嫌やな。ヴィクター君みたいな可愛らしい男の子やったらいいのにね」
「そうだな、逞しく強そうな奴がいい」
二人は緊張と高揚で、階段を登りながらでも疲れた様子など微塵もない。
「最後の階段」
「到着や」
二人が同時に階段を上がりきると、そこは一面に壁がなく空が広がっていた。外を覗けば雲が広がってあり、かなりの高さまで登ってきたことがわかる。広場の中央に玉座があり、一人の男が座っている。
「よく来た。ゆっくりしていくといい」
男は、その言葉を言うと玉座に肘をつき眠り始めた。
「なっ!私達が何しにきたか知っているんだろ?」
「我を倒しにきたのであろう、できるなら好きにすればよい」
大魔王は全くやる気が無いようで、火鉢の言葉に答えるが柳のように受け流される。
「私達にはできないと言いたいのか?」
「さぁな。好きにすればよいと言ったであろう」
「くっ!」
火鉢は魔王の態度に、苛立ちを覚えて剣を抜く。
「立てっ!立って勝負しろ」
「我はこのままで良い。好きに打ちこんでくるがよい」
「立たせてみろという事か、いいだろう」
火鉢はレイピアに火を纏わす。死霊王を倒す時に編み出した火剣、攻撃の威力も何倍にも上がり、実体のない者でも貫くことができる。
「はっ!」
火鉢のレイピアの突きが一直線に大魔王の胸に向かう。火鉢のスピードは暗黒獣と戦う際に、今までのスピードでは勝てなかったので、さらなる加速を実現した。大魔王は防御もせずに、ただ火鉢のレイピアを受け入れた。
「どうだ?」
大魔王の胸に、火鉢のレイピアは刺さっている。しかし、火鉢自身が感じていた、手応えが無い。
「やはりお前では無理か」
大魔王は、そういうとつまらないと言いたげに火鉢を一瞥して、もう一人の勇者を見る。
「お前はかかってこないのか?」
大魔王に見つめられた風香は笑っていた。
「ヒ~ちゃんを舐めたらあかんよ」
その言葉を聞いて、レイピアを持つ勇者を見るが、その勇者も笑っていた。
「ここまでか、スゴイな大魔王は」
本当に楽しそうに火鉢は笑う。
「どう?ヒ~ちゃん勝てそう」
「まったく勝てる気がしないな」
「初めての相手やね」
「意味深な言い方だな」
「まぁね、なかなかに見た目も悪ないしね」
「そうか?」
大魔王は大男と言うほど大きくない、精々180cmぐらいだろう。身体も鍛えられてはいるが、マッチョと言うほど盛り上がってもいない。顔は火鉢が思う男性はこうあるべきという思いを体現した精悍な顔をしている。
「確かに改めて見るとなかなか」
「やろ~、面白くなってきたやろ?」
「ああ。だがその前に全力で戦ってから決めたい」
「ホンマに戦闘狂やねんから。いってらっしゃい」
火鉢は全身に魔力を巡らせる。それは半年間で編み出した火鉢オリジナルの魔法。そしてこれをしたときだけ聞こえる声がある。
「やっと僕を呼んでくれたんだね」
麒麟と呼ばれる神の使いを模った精霊、火鉢が火の魔力を体中に循環させることで発現した精霊の力は強大で火鉢は使うのを躊躇っていたが、大魔王なら全て受け止めてくれるような気がした。
「ほぅ~精霊も使うか、面白そうだ」
自分の内で話していたはずなのに、大魔王は精霊に気づいていた。
「ここから本気だ、いくぞ」
「好きにかかってくるがいい」
しかし、大魔王は先ほどまでと変わらず、玉座に座ったまま立とうともしない。瞳には映らない火鉢のスピードを持って、大魔王の体をいくつも貫き跡形も残さない。それを見ていた者は大魔王は成す術もなく滅んでいくのだと思った。
大魔王の笑い声を聴くまでは……
「くくく。いつ振りだろうな、我が傷を負ったのは」
火鉢のラッシュが止み、ボロボロになった玉座の上で、それでも座り続ける大魔王の右腕に本当に微小な切り傷があった。
「ここまでやってもその程度か?」
火鉢は少し息が上がっていた。
「誇れよ現代の勇者よ。我に傷を負わすことができたのは、もう一人の大魔王ベルクートとお前で二人目だ」
「どこが誇れる。この化け物め」
火鉢は初めて勝てないと思った。
「よいよい。好きなだけかかってこい」
大魔王は楽しそうに言うと、ボロボロになっていた椅子を綺麗に直して座った。近衛達にはこの世の頂上決戦を見せられている気持ちしかわかなかった。この戦いが世界の命運を分けることだけはわかっていた。
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