閑話 その他の勇者達18
セントセルス神興国は全世界の中で一番繁栄している都市である。街の中には魔導列車が走り、各国への移動には飛行船が飛んでいく。
中央に建てられた山には、大聖堂が建てられており、そんな大聖堂の廊下を一人の騎士が歩いている。
「聖騎士 コウガ入ります」
大聖堂の一番奥にある大きな扉が開かれ、白に金の刺繍を編みこんだ白銀の鎧を着た聖騎士コウガが、枢機卿と巫女がいる間に入っていく。
「お~これは聖騎士よ。よくぞ参った」
ケインツエル枢機卿が腕を広げてコウガを迎え入れる。聖騎士コウガは片膝を突き、礼を尽くした。
「聖女様、ただいま戻りました」
コウガに呼ばれて振り向いた女性は、髪が銀色に輝き、瞳の色は金色で綺麗に輝いていた。肌は透き通るように白く、一つ一つの動作がキメ細やかで繊細さが窺える。
儚いというのはこの女性のために作られた言葉ではないかとコウガは想う。
「よくぞ戻りました。コウガ」
聖女はコウガの方に振り向き、微笑みかける。それは女神の微笑みと言っていいほど慈愛に満ちており、コウガは見惚れて言葉を失う。
今より半年前、セントセルス神興国に作られている大聖堂の中庭、聖女専用に作られた場所は、女中しか入れない特別な場所だった。そこに一人の男が落ちてきた。
「誰です!」
中庭で朝の祈りを捧げていた聖女は驚き、声をかけるが反応が返って来ない。聖女の声に驚いた女中も集まり、女中の一人が恐る恐る男に近づく。
「聖女様!この男は?全身傷だらけで、息をしているのが不思議なくらい酷いです」
女中の悲鳴に似た声を聴いて、聖女の顔色が変わった。すぐに女中を押し退け、男を覗き込む。
「なっ!なんという傷なの」
男の体は全身火傷したように皮がめくれ血が噴き出している。どうすればこんなに酷い傷を負えるのかわからない。
「すぐに回復術を行ないます。周りを空けてください」
「ですが!得体の知れない者を助けるのですか?」
「得体が知れなくてもここに降ってきたと言うのは意味があるのでしょう。神がこの人を助けろと言っているのだと思います」
女中に答えながら、両手を男に向ける。男の体が白い光に包まれ、酷い火傷を負っていた体はみるみるうちに傷口が塞がり、浅く荒い呼吸をしていた息はだんだんと穏やかなものへ変わっていった。
「もう大丈夫だと思いますが。皆さん、この方を空いているベッドにつれていってください」
「よろしいのでしょうか?ここは男子禁制ですが?」
「誰にも言わなければ問題ないでしょう?それに傷を治した顔を見れば、まだ幼さを残す少年ではないですか」
「そうですが」
女中達はどうしたものかと頭を抱える。
「ちゃんと元気になれば外に出します。だから皆、お願い」
聖女の言う事は、大聖堂では絶対なのだ。女中達は頷き合い、男を空いているベッドに運んだ。男が目覚めるのにそこから一週間を要した。さらに男は記憶を失っており、覚えているのは名前と戦闘を得意としているという事だけだった。
「コウガ?もう大丈夫かしら?」
「これはクリスティナ様、助けていただきありがとうございました」
聖女の名前はクリスティナと言う。信者ではない男にまで聖女様と呼ばれるのは違和感があったので、名前で呼ばせている。
「礼は何度も聞きました。私と会う度に礼を言うのですか?」
「それくらい感謝しているのです。命の恩人ですから」
「そうですか。コウガは戦うのが得意なのですよね?」
「はい。自分が訓練していた記憶や、誰かと激しい戦いをした記憶はあるのです。ですが、それが誰とどこで戦ったものなのかはわかりません」
コウガと名乗った男は肩を落とし、申し訳なさそうな顔をする。
「コウガ、よければこの大聖堂で働きませんか?」
「どういう事です?」
「セントセルス神興国は神の国です。その昔、この世界を作った神が最初に人を生み出し、お告げを授けた場所だと言われています。さらに代々聖女が神と対話し未来預言を行なっているのです。ですがそれを信じぬ輩により、いつも我らは命を脅かされているのです。あなたに戦う力があるのでしたら、私達を守ってくださいませんか?」
年の頃は30を少し超えたぐらいだろうか、女性らしい体つきをした聖女の衣装は、透けたワンピースを着ているだけなのだ。最初こそ感謝により見ないようにしていたが、近づかれれば甘い香りと共にその身体を意識してしまう。
「私にできることならだば、お受けしたいです」
「それは嬉しいわ。あなたは本来ここには入れない男子。ですが、あなたが聖騎士に上りつめてくれれば護衛として滞在していたという面目が立つのでよかったです」
嬉しそうに笑う聖女の顔を見て、スケベなことを考えていたコウガは顔が熱くなるのを感じていた。
「どうかしましたか?顔が赤いですよ。具合が悪くなりましたか?」
無邪気に聞いてくる聖女に、ますます恥ずかしくなる。
「いえ。すいません。働くのは明日からでもいいですか?」
「もちろんです。今日はゆっくりなさって」
ニッコリと笑い部屋を後にした聖女の後ろ姿を見て、更に欲情を覚えてしまう。その日は自分の手で慰め眠りについた。
「おはようございます」
コウガは起きてすぐにいつも食事をとる食堂にきていた。今までは自室で摂っていたが、今日でここを出るという事をいう為、挨拶にきたのだ。
「皆さん本当にお世話になりました」
女中たちの中には久しぶりに見る男、しかもイケメンに癒される者が多かったので、コウガが出ていくと挨拶したときは悲しむ者も多かった。
「あなたも大聖堂で働くのでしょ。頑張りなさい」
クリスティナと同じぐらいの年齢の女中長が叱咤激励してくれる。
「はい!それでクリスティナ様はどこにおられますか?」
「聖女様と呼ばなければなりませんよ。あなたもこれからは信者なのですから」
「あっ、はい。聖女様はどちらに?」
「聖女様はあなたに渡したい物があると言って自室でお待ちです」
「わかりました。ありがとうございます」
コウガは急ぎ足で聖女の部屋へ向かう。
「聖女様、コウガです。入ってもよろしいでしょうか?」
「コウガ、きましたか、入りなさい」
「はい」
扉を開けて部屋に入ると聖女様と同じ甘い匂いがしてきた。コウガはそれだけで慰めたはずのモノが元気になる。
「失礼します」
片膝をついて顔を下げる。
「あなたに渡したい物があります。これです」
聖女様に言われて顔を上げると、白に金の刺繍がされた白銀の鎧が飾られていた。
「あなたはこれから白銀の聖騎士となります。いいですね」
「はい。生涯聖女様に仕えることを誓います」
「そこまでしなくていいですよ。ですが一つ約束してください。この国が危機に瀕したとき、共に戦ってくれると」
「もちろんです」
記憶喪失のコウガはこうして白銀の聖騎士となった。
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