閑話 その他の勇者達15
白雪 雫一行は城を出てから一カ月が経っていた。
「そろそろよろしいでしょうか?」
絶貴がしゃがむ雫に声をかける。一か月間雫達が何をしていたか、一言で言うと世直しの旅だ。カブラギ皇国は古い日本と似ている。民衆は畑を耕し、領主によって統治されている。
領主の中には横領や、悪だくみを企てている者がいたので、そういう輩の悪意に気付いた雫が村の者を放ってはおけず助けてしまう。雫一人ではどうにもならないことが多いので、絶貴、玄夢がそれを手伝い。紫苑は手伝わないが、雫から離れず、常に護衛するようにしているので、雫に近づく悪漢を倒して、結局手伝っているのと変わらないようになってしまっていた。
今も怪我をして膝を抱える子供に雫が近づき、水の魔法で治癒していく。完全に子供の傷が治ると子供は雫にお礼を言って去って行った。
「シズク様、いい加減目的の場所に向かわなければ任務が完了しません」
絶貴もずっと思っていたことを口にする。
「絶貴さん、この国はおかしいです。どうして苦しんでいる人を助けないのですか?どうして偉そうにしている人が悪いことをしているんですか?」
「・・・」
絶貴は雫の言葉に何も言い返すことができなかった。
「確かに怪物が出て被害が出ているかもしれません。でも、普通の人が生活ができていないのに、怪物を倒しても全然良い国なんかにならないじゃないですか」
「しかし、怪物を倒さないと殺されてしまう民がいるのです」
雫の言葉に絶貴もたまらず声を荒げて言ってしまう。
「初めてですね。絶貴さんが怒るのは」
「別に怒ってはいません。しかし、まず行う順番を守っていただきたいだけです」
「分かりました。向かいましょう。怪物の下へ」
雫も遊びで人を助けていたわけではない。自分が得た力を試すことも人助けの中でできた。特に回復系の魔法や補助系の魔法なら、どこの魔法使いよりも優秀になっていた。
「最初からそうしとけばいいのに」
紫苑は相変わらず憎まれ口を言うが、内心は旅のはじまりに比べれば随分マシになった。紫苑は元々アヤメ姫の護衛をしていた。紫苑自身次期当主の護衛ということで、誇らしく思っていたところにアヤメの愛らしさに一瞬で惚れ込んだ。
「生涯あなた様をお守り致します」
アヤメ姫に誓った言葉を忘れたときはない。それなのにポッと出の、水の巫女の従者をさせられ、従者になれと言われた時は世界の終わりかと思った。どうして自分が姫の傍を離れないといけないのだ。しかし、姫の命令を断ることはできない。
しぶしぶ受けた護衛役だったが、あろうことかそのポッと出の水の巫女は、アヤメ姫の頭は撫でるし、アヤメ姫も姉のように慕っいるという。紫苑の中で嫉妬が渦巻くのは仕方がなかった。
そんな紫苑もどこまでも人を助け、悪を懲らしめる雫の姿勢を認めずにはいられなくなってきていた。そのため悪態は吐くが、雫の言う事はよく聞くようになってきている。
「紫苑、何か言いたいことでも?」
「いえ。何でもありません」
そう、悪態は吐くが逆らわない犬になっていた。
「そう、ならいいんだけど」
ニコっと笑う雫に意見できるのは絶貴だけになっていた。必然的に護衛役の三人のリーダー的な存在をしている。
「それで、ここからどれくらいで怪物が現われた場所に着くのですか?」
「なんやかんや言いながら進んでいますので、あと三日で村に入れると思います」
「そう。いよいよなのね」
雫は絶貴が指差した先を見つめて小さく呟いた。雫は元々臆病な人間ではなく、意志の強い方だった。しかし、人の悪意に触れていくことで心を閉ざすようになり、その心を溶かしたのが金剛 護だった。
その護は傍にいない。しかし自分は生きて彼に会わなければならない。こんなところで死ぬ訳にはいかないのだ。雫は多くの決意を胸に怪物が出現した村へと足を踏み入れた。
「情報を集めてきます」
絶貴と玄夢は村に入るなり、情報を集めるといって姿を消した。紫苑は相変わらず話はしないが、雫のそばで護衛に徹する。
「私達も寝る場所を探しましょうか?」
村はすでに廃墟になっていて、人影は見えない。
「はい」
紫苑は雫の前を歩き、空き家を見つけては探索していく。寝れる場所として大きな家を見つけたので、拠点にするには丁度よかった。
「あとは絶貴達の情報を待ちましょうか」
「はい」
「ねぇ、紫苑。あなたとも旅が長くなってきたし、そろそろ私のことをシズクと呼んでほしいのだけど」
「はい。水の勇者様」
「ふ~ん、そういう態度なのね。じゃ私にも考えがあるわ。アヤメちゃんに紫苑が恋をしていること言っちゃおうかしら」
「なっ!」
それまで雫の顔も見なかった紫苑は、顔を真っ赤にして雫を睨み付ける。
「ふふふ、分かり易い反応ね。バレてないと思ったの?」
「なっ何を根拠にそんなことを仰られているのか分かりかねますが、事実無根にございます」
「そんな堅苦しい言葉を使ってもダメよ。あなたのアヤメちゃんを見る目は恋する乙女だもの。私にも好きな人がいるから分かるわ」
「ズルい方だ。そんな卑劣な手に私は屈しませんよ」
「そう、なら言ってもいいのね?」
「好きにされるがよかろう。それにここに姫様はおられません」
紫苑は言ってやったと雫を睨みつける。がっ紫苑は雫を見誤った。雫は水の魔法で器用に鳩を作り、自分でその場で書いた紙をその鳩の足に括り付ける。
「これを後はアヤメちゃんに届ければ終わりね」
ニコッと笑う雫はそれは恐ろしい雰囲気を出している。紫苑は雫の笑顔に圧倒されてしまう。
「まっ、待たれよ。本気なのか?」
「あら?何を言ってるの、本気に決まっているじゃない」
雫はニコニコしている。紫苑は自分の間違いに気づいて地面に伏した。
「申し訳ない。どうかそれだけはやめてくだされ。そんなことをされては、姫様の護衛から外されてしまう。密かにお傍でお守りすることもできないのは嫌です」
平謝りする紫苑に雫は勝利を確信した。
「じゃ、言う事は決まっているでしょ?」
「・・・」
「そう、強情ね。じゃ鳩さん城までお願いね」
雫の手から鳩が飛び立とうと羽ばたく。
「シズク様」
「うん、聞こえないわ?」
「シズク様!」
「きこえな~い」
「シ・ズ・ク・サ・マ!!!!」
「は~い、何。紫苑さん」
「どうか姫様には内緒でお願いします。雫様」
「ふふふ、どうしようかしら?」
「私の負けです。今までの無礼をお許しください」
紫苑は今度は普通の声で頭を下げた。
「ふ~まぁいいでしょ。紫苑、これからはシズクと呼ぶこと、もし間違えたら」
「間違えません。シズク様」
紫苑は優しそうな少女、雫の恐ろしさを一番自覚した者となった。
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