閑話 その他の勇者達14
いつも捕まえようとするとそれはどこかに消えてしまう。掴みとれそうで取れないその何か、そして自分を見つめて涙を流す女の子。女の子の名前を呼ぼうとするが言葉が出てこない。
そしていつもそこで目が覚める。
「ここは?」
見慣れた天井が広がる。木で作られた家、窓があり、簡易の扉が立てかけられ、三つある部屋を申し訳程度に隠している。
「起きた?そろそろご飯できるからもう少し待ってね」
女性の声を聴いて、世話になっているアリスの顔が浮かぶ。数日前、俺は荒野に倒れていた。記憶を無くし、名前すらも覚えていない。そんな俺をアリスは優しく介抱してくれた。
「ああ、すぐに行くよ。おはよう」
「うん、おはよう。なんだか照れるね。誰かにおはようって言われるの」
彼女はまだ14歳だが、一人で暮らしている。ここは小さな村で、一人一人が個人で畑を耕し、生活しているのであまり交流を持つこともない。アリスの両親がこの荒野で水を見つけ、畑を耕し住み着いた。それにならってだんだんと人が増えてきて、今では村と呼べるようになったらしい。しかし、アリスの両親はもういない。
「ランド、どうかした」
ランドというのはアリスが付けてくれた名前で、荒野という意味があるらしい。荒野に倒れていたからランドだそうだ。
「いや、いつもの夢を見て」
「何かを掴めそうで女の子が泣いている奴?」
「そうだ。俺の記憶の手掛かりかもしれないが、何も思い出せない」
「まぁ無理することないよ。私はランドが来てくれて助かってるしね」
アリスはそういうと少し照れた顔をして、視線を背けた。
「俺もアリスに感謝しているよ。だからこそ早く記憶を取り戻したいんだ」
「ランドがそういうなら協力するけど、仕事はちゃんとしてよね」
「ああ、わかっているよ」
ランドと呼ばれている少年は、歳の頃十六か七ぐらいで、鍛えられた体をしている。アリスが耕す荒野の畑には力がいるので、ランドが働いてくれる方が効率がいい。
「さぁご飯にしよ」
保存されていたベーコン、焼きたてのパン、温かいが具の無いスープといつものメニューが並ぶ。
「頂きます」
ランドは何も言わずご飯を口にする。味付けは塩だけなので、少し味気ないが食べられないわけじゃない。
「ご馳走様」
「お粗末さまでした」
ランドが残さず食べるのを見て、アリスは満面の笑みを作る。
「今日も狩りにいくの?」
「ああ、畑を耕した後に少し行ってくるよ」
「わかった。じゃ畑まで一緒にいくから待ってて」
そういうとアリスはエプロンを外し、パンを詰めた.
「お弁当一緒に食べよう」
アリスと共に畑に行き、昼になれば食事を摂る。彼女との当たり前の毎日、こんな毎日もいいかと思えて来ていた。
「ランドはどこに行きたい?」
「記憶が戻らないとわからない」
「そっか。じゃさ、その時は私も連れて行ってよ」
昼になれば他愛ない会話をする。
「アリスにはこの村があるじゃないか?」
「もう、女心をわかってないな、ランドは鈍感なんだね」
そう言って笑うアリスは楽しそうで、ついランドもつられて笑ってしまう。
「お~い、アリス嬢」
村の者がアリスを呼びに畑に向かって走ってくる。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「大変だ。もうすぐホーンカルナフの群れが、この村を直撃することがわかったんだ」
ホーンカルナフはサイのような見た目をしており、角が長く凶暴なモンスターだ。年に数度大群で移動するので、村の畑や家などに被害が出るのだ。
「もうそんな時期か~困ったね。今年は畑の育ちが遅いから、収穫にはまだ数週間かかるのに」
「そうなんだよ。村中で困り果ててしまってな」
「う~ん、いつもは収穫が終わってからなのに」
「アリス、そのホーンなんとかって言うのはどんな奴なんだ?」
二人の会話にランドが割り込んできた。
「ホーンカルナフね。どんな奴か、う~ん牛より大きくて、長い角を生やしている感じかな。あとは群れで行動してくるから厄介なのよ」
「なんとかなるかもしれない」
「えっ!どういうこと?ランドはホーンカルナフを知ってるの?」
「知らないが何とかできる気がする」
「な~に?それ曖昧ね?」
「そのホーンカルナフはいつぐらいに村に来るんだ?」
ランドは今度は村の男に質問する。
「まだ一週間は先だと思うが、どうしてだ?」
「皆さんに協力してもらいたい。村の周りに土壁を作ってほしいんです」
「そんなの作ってもすぐに潰されて終わりだと思うがな?」
「私が言うように作ってほしいんです」
ランドはしゃがみ込み土を弄り出す。そしてできたのが左右に土の壁を作り、道を作ると言うものだった。しかも壁に斜面を付けて曲がりやすいようなカーブを作る。世界に馬車が通る土の街道はあるが、この荒野に道らしい道などない。
「確かにこれならあいつ等もこの間を通るな、わかった。村を避けるようにあいつらが走って行けばいいのか?」
村の男はランドの伝えようとしたことを理解してくれた。理解した後は何度も頷いていた。
「えっ、えっ、どういうこと?」
アリスはまだ理解できないらしく、何度も聞くのでランドは分かりやすいように詳しく説明していく。
「ああ、なるほど。ランドって頭良いんだね」
ランドは素直に感心しているアリスに苦笑で返す。
「とにかく兄ちゃんの作戦はわかった。村の皆にも話してくるよ」
「これで村は助かるかな?」
「そうだといいんだが……」
ランドは心配そうに荒野の先を眺めた。一週間はあっという間に過ぎて、ランドも手伝ったことで、なんとか村を守るように土の壁と動物達が通る道ができた。
「何とか間に合ったか?」
「お疲れ様、ランド」
「ああ」
「兄ちゃん、何とかなりそうか」
「なると良いですが」
「なってもらわんと困るんだがな」
人の良さそうな笑みを作り、ランドを見つめ返す。
「来たぞ」
その時、村の若者が声を張り上げる。ホーンカルナフ達はランド達が作った壁を避け、態々曲がりやすいように作ったカーブを器用に曲がって行く。ランドの考えた通りの展開になって、村人達に歓声が上がり出す。
「兄ちゃんやったな」
村の男が喜びながら、ランドの下に走ってくる。
「もう大丈夫そうだね。私は先に家に帰ってるよ」
アリスはそういうと一足先に家の方に向かって歩き出した。
「おいっ一匹デカい奴が道からそれたぞ」
村の若者が大声で叫び、ランドは村の男が声を発した方を見る。他のホーンカルナフの倍はありそうな巨大なホーンカルナフが、道を逸れて村の外れに向かっていく。
村はずれにはアリスの畑と家にしかない。今、アリスが帰って行ったばかりの場所だ。ランドを癒してくれた大切な人がいる場所、ランドは走った。その速度は普通のホーンカルナフを追い抜くほど速く、人間が出せる速度ではなかった。
「なんだあれ」
それを唖然と見つめる村の者たちはただただ言葉を失った。
「アリス!」
ランドが大声を上げて背中が見えたアリスに声をかける。その声に気を取られるように、アリスが止まり、巨大なホーンカルナフが向かっていく。
「えっ!どうしてホーンカルナフがいるの」
やっとホーンカルナフの存在に気付いたアリスは、その場で座り込み逃げることもできない。巨大ホーンカルナフはランドと同じ速度でアリスに突進していく。間に合わないと悟ったラルドは願う。
助ける力がほしい。すると荒野の赤い土が巻き上がり、ホーンカルナフと、アリスの間に壁を作りだす。ホーンカルナフは壁に激突した。それでも止めることはできなかった。しかし、ラルドが追いつく時間は稼げた。
「大丈夫、立てるか?」
「えっ、ごっ、ごめん。無理みたい」
腰が抜けたようでアリスは立つことができない。アリスの様子にラルドは決意を固め、戦う力を願う。願った心に一つの気持ちが芽生える。
『殺せ!』
心の中に響く声に従へば、赤い土はランドの下に集まり、巨大なゴーレムを作り出す。ラルドを包み込み巨大ゴーレムは完成した。ゴーレムは巨大ホーンカルナフに対峙する。
「ランド?」
アリスは怯えたような目でラルドことゴーレムを見上げる。ランドはそんなアリスの様子に気づいていたが、目の前のホーンカルナフに集中する。突進を止められたホーンカルナフは前足を蹴って勢いを付け直し突進してくる。ランドはホーンカルナフの角を掴み、横に倒す。
倒したホーンカルナフの横っ腹を巨大な拳で殴りつける。
心中では何度も『殺せ!殺せ!殺せ!』と声が聞こえ続けて体中に殺意が充満する。ホーンカルナフが動かなくなるまで殴り続けた。赤い土で作られた赤いゴーレムはホーンカルナフの血によって更なる赤みを帯びていた。
「ランド?」
そのランドを見つめるアリスの顔には恐怖しかなかった。
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