裏切り物になります19
アク達はドイルの手引きのもと、王宮に潜入することに成功していた。メンバーはサントン、グラウス、アク、アモン、ルー、ドイルの六人であり、ドイルを先頭に歩き兵士の服を着用している。サントンだけは四本の剣を隠し持つのでマントを着ており、六人は謁見の間を目指していた。
「王宮は大分慌てていますね」
アクが横をすり抜けていく兵士や文官達の姿を見て、ドイルに問いかける。
「それは当たり前だろう。ここ何年も王都が攻められたことなどなかったのだからな。今回の襲撃は獣王率いるアース人が攻めてきた時以来だ」
「それはいったいどれくらい前なのですか?」
「そんなに前でもない。今より三十年ほど前だと思う。今の王は生まれておらず、攻められる経験をしたことはないだろうな。その時の戦いを経験している者がいるとすれば、万人長を務められているバルツァー様と、千人長のランド様ぐらいなものだ」
二人の名前を聞いて、アクは先の戦いが王国にとってどれだけ重要だったのかを思い知る。
「なるほど」
「そろそろ謁見の間につくぞ」
謁見の間は大きな扉が開かれたままになっていた。
「じゃ先制攻撃と行きますか、アモン頼む」
アクが一番小さな兵士に声をかける。すると小さな兵士の陰から緑色の霧が発生して、謁見の間を満たしていく。
「どうだ?」
アクが霧を晴れるのを待っていると、霧の中心、玉座の場所には赤いシャボン玉のような物が見える。
「バリアか?」
「そうだね。多分精霊が主を守るために張ったんだろうね」
アクの問いにアモンが答える。
「どうにかできるか?」
「精霊と術者を切り離せれば何とかなると思うよ」
「サントンできるか?」
アクはサントンを見る。サントンは頷き、マントを脱ぐと、二本の剣を抜いて霧が晴れているところから、シシンガーの下に向かう。それとは逆にアモンがサラマンダーに向かって走る。
「死ね」
シシンガーは腰に下げていた剣を引き抜く。サントンはお構いなしに切りつける。
「へ~やるじゃねぇか。王様って言うから、ただのお坊ちゃんかと思ったぜ。でも、バルツァーのオッサンと同じか、それ以上じゃねぇか」
サントンは一合打ち合っただけで、王の力量をある程度見極めた。
「くくく、おぬしがバルツァーを討ったのか。だが貴様程度で、よくバルツァーを討てたものだ」
「そうかい、なら試してみなよ」
サントンは二本の剣を構え直す。体は前傾姿勢、二つの剣の先端が正眼に来るように構える。
「突撃覚悟か、面白味もない」
王は半身になり、片手で持ったロングソードを構える。
「あんたはそんな型通りの構えでいいのかい」
「来るがいい」
シシンガー王は余裕の笑みを作る。サントンは二本の剣を使い、シシンガー王の隙を作るように振り下ろすが、王は一本の剣でそれを全て受け流す。
「こんなものか?」
サントンも剣では負けることはないと思っていたが、シシンガー王の剣術は次元が違う。しかも魔力も一切使っていないので、吸収して強化することもできない。
「もうおしまいか?それではこちらから行くぞ」
王の剣は緩やかで力強く、真っ直ぐにサントンの胸に向かう。
「くっ!」
サントンは二本の剣を交差させてなんとか食い止める。
「そらそら、どんどんいくぞ」
シシンガー王は突きを連打する。伸びのある突きを隙間なく繰り広げられ、サントンは一本を捨てて相手に投げつけることで、隙を作り距離を取る。
「逃げたか、面白くない」
シシンガー王はサントンに興味を失せたと玉座に座る。そしてサラの方を向くと、赤い髪の美女と灰色の髪の美少女が対峙している。
「ねぇ僕の邪魔するのやめてくれない?」
「はい。我が王よ」
「何度目よ。それしか話せないのかい?」
「はい。我が王よ」
「もういいや。いくよ」
アモンは黒い球体を出す。
「グラビティボール」
サラの周りを黒い球体が覆い、重く圧し掛かる。
「くっ!」
サラも全力で魔力を放出するが、黒い球体がどんどん圧縮されていく。
「ほらほらどうしたの、そんな魔力じゃそこから抜け出せないよ」
アモンの挑発に、サラが魔力を爆発させる、文字通り黒い球体を爆発により弾き飛ばしたのだ。
「やるね~でもそれぐらい精霊なら当たり前にしてくれないと」
アモンは楽しそうにサラに笑いかける。サラの方は無表情に見つめ返しているが、目には闘志が窺える。アクは二つの戦いを見つめて、玉座に座るシシンガー王の下に歩き出す。サントンは数合の打ち合いで肩で息をしているので休ませたい。
「今度はお主か、先ほどの者より弱そうだな」
アクはわかっていた。普通の打ち合いであればサントンが負けるはずがない。サラマンダーを召喚することで得られた強化により、シシンガー王は強くなっているだけなのだ。
「王様、あなたは召喚した精霊の力を使っていますね?」
「ほう、それがどうした?」
シシンガー王は少しアクに興味を持ち質問してきた。
「別にどうもしませんが、それでもあなたを倒します」
「お主にはそれができると?」
「できる」
アクはそういうと緑の霧を体から放出する。
「なんだ先ほどの煙はそちが出した者か?」
シシンガー王はさして面白くもないと剣の一振りで霧を晴らす。
「こんなものが切り札なら興味はないな」
アクはさらに相手の目を見つめマリオネットを発動しようとする。
「ふん、小賢しい」
シシンガー王はそれを気合いで撥ね退ける。
「うむ、これも魔力か、聞いたことがない魔力だ。しかし効かぬな」
シシンガー王は鼻で笑い、アクの攻撃を跳ね返す。サントンに自分の魔力を吸収させてとも思ったが、それでもシシンガー王に届くわからない。それならアモンの覚醒により得た魔法の知識をフルに使うことが必要になる。
「ではこんなのはいかがです?」
アクはそういうと、どんどんと分裂していく。十二人のアクがそこにいた。
「ほう~分身と言うやつか、シノビの技で聞いたことがある」
アクは十二人のトークンを作りだし、本体の自分を隠す。もちろん全てアクと同じスペックなので、アモンから与えられた強化の対象でもある。
アクの分身が三人同時にシシンガー王に殴りかかる。正面と左右から迫る拳を立ちもしないで剣を一閃させることで、三人を一瞬で蹴散らせる。これには同じ強化でも地力の腕が違った。
「お主は弱いな、種は尽きたようだ。興が削れた。殺さんでおいてやるから帰るがいい」
王は本当に興味がないと手を振って帰るように促す。これには外で控えていたドイル、グラウスも驚く。
「見逃すというのか?」
「そうだ。お前達程度では遊びにもならん」
シシンガー王は目を瞑り、見たくもないとアク達が去るのを待った。
「ふ・・・ふざけるな!」
これには今まで激昂したことのないサントンが怒り出した。サントンは何を思ったか、サラとアモンの間に入り、サラに切りかかった。精霊に人が勝てるはずがないと、誰もが思い目を背けるが、サラは剣を素手で受け止めながら顔は苦悶の表情を浮かべる。
「くくくはははははは」
サントンが突然笑い出す、唖然とした雰囲気が流れる。サントンはどんどんサラを切り付け、その度にサラは受け止めるが、だんだんと苦悶の表情は必死な形相になり、サントンの剣を避け始める。
「どうしたどうした、精霊なら俺如きの剣にビビるなよ」
サントンの剣は明らかに、先ほどよりも速度も威力も段違いに上がっていた。
「サントン、精霊を食らったのか?」
アクがぼそりと発した言葉で、シシンガー王も目を開けてサントンとサラを見る。そこには必死の形相でサントンから逃げるサラがいた。
「サラ、おのれ!」
玉座から再び立ちあがり、サラとサントンの間に割り込む。
「貴様如きが我の僕を苦しめていいと思うなよ」
先ほどまでの余裕の剣ではなく、力任せに剣を振るう。しかし、速度もパワーも上がっているサントンを捉えることはできず、先ほどと逆の光景を見ることになる。
「どうした王様、さっきみたいに俺の剣を流してみろよ」
サントンは腰の剣を地面に刺し、背中から二本の剣を構える。それを先ほどと同じ軌道で放つが、威力もスピードも違う攻撃を、シシンガー王は段々と余裕を取り戻し流し始める。
そこでアクはダークウォールと唱えて、シシンガー王の周りを魔法の壁で包み込む。それは王の動きを制限し、当たれば魔力を奪う最悪の攻撃になった。
「なっ!」
「サントン、今は倒すのが先決だ」
「ちっ、わかったよ」
調子良くシシンガー王を圧倒していたサントンも、シシンガー王が冷静さを取り戻しつつあったことはわかっていた。何よりこの戦いは負けるわけにはいかないのだ。
一騎打ちをしている訳じゃない。魔王を倒すのも勇者一人では無理なのだ。サントンが全力で二本の剣を振り下ろす。
「くっ!」
シシンガー王は、この時初めて苦悶の表情を見せる。それでも剣を落とすことはない。
「くくく、面白くなってきたではないか」
アモンがサラを抑え、アクとサントンで王を討つ。グラウスは謁見の間の外から見つめていた。自分はなんと不甲斐なく情けないのだと涙があふれてきた。横にいた大男、ドイルを見ても同じように悔しげに只々五人の戦いを見守ることしかできなかった。
全ての戦いに視線が追い付ているルーは、沈黙を守っていた。
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