裏切り者になります17
アクは朝早くに目を覚ました。隣で眠る、可愛い女神の体を、もう一度触ろうかと思ったが、昨日の余韻で我慢することにした。元の世界で経験しているとはいえ、久しぶりなのだ、初めての相手にする激しさではなかった。優しさに欠けていたことを反省しながら服を着ていく。
「アク?」
「寝てていいよ。少し外の空気を吸ってくる。ゆっくりしているといい」
「そうする」
エリスは気怠い体をもう一度ベッドに横たえ、眠りについた。音を出さないように扉を閉めて、部屋を出る、廊下を降りて少し行くとエビスに会った。
「おはようございます。アク様」
「おはよう。エビス」
「昨晩はよく眠れましたでしょうか?」
「ベッドもふかふかで、久しぶりに心地よく眠れたよ。ありがとう」
クック村の安宿よりも遥かに上質なベッドだったので、眠り心地は最高である。
「ははは、それはようございました。アク様さえよろしければ、昨日の約束を果たしたいと思いますが?」
「ドイルか?」
「はい」
エビスは突き出した腹に首が無くなった顔でうなずく。
「わかった。その前に顔を洗ってくるよ」
「では執務室でお待ちしています」
エビスに手を振りm洗面所に行って顔を洗いうがいをしてから、執務室に向かう。執務室に入ると、椅子に座ったエビスの横に屈強な男が立っていた。馬上ではわからなかったが、身長はアクよりも頭一つ分高く、身体も筋肉が隆起していてムキムキマッチョだった。ハッサンと並べると筋肉兄弟のようだ。
「改めてご挨拶を、シルバーウルフ解放軍軍師を務める、アクです」
アクは名乗りながら手を差し出す、ドイルも手を握り返しながら答える。
「バンガロウ王国百人長が一人、ドイルです」
「今回会っていただけたということは、話を聞いて頂けると思っていいので?」
アクが試すような視線をドイルに向ける。
「堅苦しいのはやめましょう。俺は、今の王に使えるのに嫌気がさした。だからアク殿の頼みを聞きたいと思いました」
「ははは、なかなかに面白い方ですね。では率直に言います。王を殺す機会を頂きたい」
アクの言葉にドイルだけでなく、エビスも息を飲む。
「……これは急な申し出ですね。王を殺す機会とは?」
「今から24時間後、解放軍の本隊が王都に攻め込みます。その時に我が軍の精鋭によって王を倒したいと思います。その機会をドイル殿に作っていただきたい」
ドイルは少し考える素振りを見せたが、予想していたのか、すぐに顔を上げた。
「話はわかりました。実際私はどうすれば?」
「もし、本隊が王国を攻めた場合、王はどこにいますか?」
「多分ですが、玉座に」
「王は玉座から動かないと?」
「はい。指示もそこから出すと思います。王は慎重な方ですが、今回の敗戦に次ぐ敗戦により、かなりご立腹でした。そこに来ての王都攻めです。数も王国兵の方が多いとなれば、現場には出ず、玉座にて指示を出す。そういう方です」
「それは油断ではなく?」
「はい。王としての威厳を大切にされているのだと思います」
「それは助かるな」
アクは自分の中で作っていた仮想シシンガー王の印象を修正する。
「ではその玉座までの案内と露払いをお願いしたい」
アクの言葉にドイルはまたも考えこむ。
「それで本当に王を討てますか?」
「何かあると?」
ドイルの様子にアクが聞き返す。
「王は精霊を召喚したと噂があります。私も直接見たわけではありませんが、その力は強大だと噂です」
「それはこちらも事前に掴んでいます。それでも俺達が勝ちます」
アクの強い視線に、ドイルは賭けてみる価値があるかもしれないと思えた。
「わかりました。このドイル必ずやり遂げてみせましょう」
「助かります」
二人はもう一度握手を交わす。
「ははは、これで我が親友二人が、手を取り合ったという事ですな。私も是非力になりますぞ」
エビスが二人の握手の上に自身の手を重ねる。
「これから国は荒れる。二人にはその時にも活躍してもらうことになると思う。頼んだぞ」
アクは二人の顔を見て、言葉を紡ぐ。二人はしっかりとアクを見返して頷き返した。
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二百人がクック村の門の前に集結していた。ほとんどが男衆だが、中には女性も交じる。戦いはほとんどが男がこなすが、支援や補助、中には男顔負けの力自慢の者もいたが、今回の作戦は戦いがほとんどないので後方支援に回ってもらっている。
「おい、準備はあとどれくらいだ?」
ハッサンは副官を務めるダンに聞く。
「ほとんど完了しています。後は各隊ごとに出発を待つだけになっています」
「そうか、じゃ俺様の号令待ちってことだな?」
「はい」
「よしよし」
ハッサンは勢い込んで集団の先頭に馬を走らせる。
「シルバーウルフ解放軍のメンバーよ。これから向かう先は我らを貧困に追い込んだ悪の巣窟だ、だが何も恐れることはない。このハッサンがいる限り、どんな相手が出てこようと、この剣で蹴散らしてくれる。者共俺に続けぇ~いくぞ」
いつもならサントンやグラウスが馬鹿デカい声だと突っ込みを入れるところだが、ここにはその二人はいない。ゲオルグは脇に控えて息子の勇姿を見守り、ダント、ボルスはバカな息子が一人立ちした気分になっていた。
村の面々も超人の二つ名を知らない者はいないので、言葉一つ一つが強く心に響いた。これがハッサンが指揮官としてかけた、初めての号令であった。
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