閑話 その他の勇者達11
旅支度をしていた部屋へ訪ねてくるものがいた。
「何かようか?」
金剛 護の下を訪れた、光の勇者、天野 天賀は、どこか常軌を逸した目をしていた。
瞳は血走り、顔は悲痛に歪み、今にも泣き出しそうな、怒っているような、自分で自分をわかっていない、情緒不安定になっている人間がする表情をしている。
「金剛、いや土の勇者。俺と勝負しろ」
「はぁ~?やる意味がないな。俺はお前に興味がない」
荷物の整理をしていた金剛は、天野に興味がないとバッサリと切り捨てた。視線は天野から荷物の整理へと戻る。
「お前になくても俺にはある」
狭い金剛の部屋で、扉を背にして天野は聖剣エクスを抜き去る。聖剣エクスは光の勇者にしか使えない光の魔法の応用で使われる剣である。それを抜くということは、天野が本気で戦うという意思を示したことにもなる。
「なぜ俺を狙う?」
「別にお前だからじゃない。お前以外にも他の勇者達も皆殺しにする」
「水の勇者もか?」
金剛にとって、白雪 雫は大切な存在なのだ。金剛の世界は、白雪 雫でできている。
「そうだ。俺は最強の勇者になる」
天野の目には召喚された時の正義感に溢れた目ではなく、自分の存在意義を示そうとする狂気だけが宿っていた。誰に吹き込まれたのか、溜息を吐く金剛は覚悟を決める。
「他の奴は知らないが、雫の事も襲うつもりなら、ここでお前を倒しておく必要があるな」
金剛も荷物整理の手を止めて、天野を見つめる。
「やっとやる気になったか、ついてこい」
天野もここでやる気はないのか、訓練所に金剛を連れて行く。ついていく前に雫のことを思って、金剛は雫にもらったお守りを握り締める。大切なお守りを首にかけて部屋を出る。
二人が訓練所に入ると、バッポスが待っていた。
「いらっしゃいましたか……」
バッポスが短く言った言葉で、金剛は王国もグルであることを理解した。
「でっ、ルールは?」
金剛は訓練所の真ん中にきて、天野に質問する。
「簡単だ。どちらかが戦えなくなるまでだ」
「それは殺してもいいということか?」
金剛はそういうと、バッポスや天野だけでなく、その場で二人の戦いを見ようと集まった兵士や王族の者へも殺気を向けた。見習い兵士の中には殺気により気絶する者や、震えて腰を抜かす者が続出した。
「そうだ」
金剛の殺気にも微動だにしない天野が答える。
「そうか……」
殺気を向けても無駄だと思った金剛が殺気を納める。金剛は、自分がこの世界に来て二つの力を手に入れたことを感じていた。一つはもちろん魔力、もう一つがこの殺気だった。自分は元の世界で人を殺した経験はないが、この世界に来て、人を人とも思えなくなっていた。
雫に危害を加える者がいると思うと、自然に殺気が溢れ出てくることに気付いていた。雫が誘拐されたと聞いた時、殺気は金剛にとって力になった。殺気を自由に使える自分に驚いたが、得られる力があるなら使えばいい。納めた殺気は力に変えて、金剛の体を覆う。
魔力とは違う力、だが金剛は強くなっているという実感を持てていた。
「好きな武器を使うといい。俺はもちろん聖剣を使うが」
考えていると天野が声をかけてきた。目には今も狂気を宿している。それでもどこかフェアーに戦おうとしているところが、なんだか金剛には可笑しく見えた。
「俺の武器はこの拳と訓練所の全てだ」
「全て?」
天野は怪訝な顔をする。
「まぁいい。お前がどれほど戦えるかみてやる。来いよ」
金剛は余裕な雰囲気を醸し出し、武器を手にしないで、掌で来いと催促する。
「貴様っ!後悔させてやる」
逆上した天野が聖剣を構えて金剛に突っ込む。
天野が切り上げ、切り下げ、突き、薙ぎ、払う、どれも紙一重と言うところで金剛は躱していく。天野の聖剣はここにいる訓練された兵士には見えていない。唯一見えているのが、バッポスただ一人なのは、彼がこの国で最強の証である。
流石に天野を鍛えた者だが、バッポスですら目で追うのがやっとで、二人のスピードが上がるにつれて影だけを追うようになっていった。
「どうして?何もしていないお前がそんなに動ける?」
金剛の動きに天野は驚きを感じていた。金剛は喧嘩慣れしているだけの不良だと思っていた。自分はこの世界に来てから努力した。魔法の使い方を学び、剣の使い方を学び、戦い方を学んだ。自分の中に眠る力に気づいてからは潜在能力も高めた。自分と互角に戦える金剛に嫉妬を覚える。更なる狂気が天野を支配した。
「お前を殺すのが最優先だ」
天野は今まで以上に力を使うため、光の魔法に集中していき体全体が光り出す。
「光速についてこれるか?」
「なにっ!」
天野は自身の体を光で包み込み、光速で動くという。さすがに光の速さには金剛はついていけず初めて金剛の頬に掠り傷が付いた。
「ただのお坊ちゃんじゃないってことか」
今ままで余裕をもっていた金剛の顔も真剣になる。
「俺も奥の手を出すぞ」
金剛は地面に手を突き入れ、目を瞑る。訓練所にあった金属、武器や鎧などが金剛に吸い寄せられる。天野も攻撃しようとするが、武器が吸い寄せられ迂闊に飛び込めば、自分の勢いで武器が刺さる恐れがあり迂闊に飛び込めない。
「何をする気だ?」
怪訝な顔で、天野が金剛の行動を見守っている。吸い寄せられた武器達が形を変えて繋がっていく。武器たちの変化が終わると、金剛も地面から手を抜いて立ち上がる。
「待たせたな」
吸い寄せられた武器と防具の形はなかった。全身を土で覆われたゴーレムみたいに巨体になった金剛がいた。身長は4mぐらいになり、目だけが土の中からこちらを見ている。
「なんだ!それは?」
「これが俺の力だ」
巨大になった金剛を見上げて、天野は驚いていたが、動かない金剛に斬りかかる。
「だからどうした?そんな木偶の坊で何ができる」
天野は何度も金剛に斬りかかるが、聖剣をもってしても、光速で動いても金剛を貫くことができない。
「そんなもんか?」
金剛は一歩も動いていない。無数に斬られたゴーレムの体は斬られたところから修復されていく。天野の攻撃が通じないのか、その場にいる者達にはわからなかった、威力、スピードは申し分ない。何より聖剣の攻撃がきかないことが本当にあるのだろうか。
「そろそろ俺からいくぞ」
そういうと天野が動き出した。訓練所は円形のプロレスリングを倍にしたほどしかない。動けば一歩で訓練所のどこにでも攻撃できる。金剛のパンチが天野を捉えようとするが、光速で動く天野は簡単には捉えられない。
「どうした?その程度の動きで俺は捕えられないぞ」
天野が挑発するが、金剛に慌てた様子はない。
「それでお前は俺を殺せるのか?」
「くっ」
天野も自分に手がないことをわかっていたので、苦虫を噛む。
「俺にはお前を倒す手があるぞ」
「なに?」
金剛はそういうと先ほどと同じようにただパンチを繰り出すだけで天野には当たらない。
「ハッタリか?」
「どうかな?」
金剛がまた同じ行動を取ると、天野もまた光速での回避を行う。今度は金剛の腕から無数の剣が生えてきた。天野の回避場所に剣が置かれる。
「グッ!」
「当たったな」
天野の左肩に一本の剣が突き刺さっていた。
「グっ、なぜだ?」
「お前は忘れたのか?このゴーレムが何によって作られたのか?」
「そうか、無数の剣は吸収されたのはなく、そのまま体の一部になっているのか」
「そうだ」
天野も戦う内に成長しているが、金剛に及ばなかった。
「まだ、負けない」
天野に残った心が、負けを認めたくないと天野に新たな力を与える。
「負けないぞ!」
天野の叫びと同時に全身が光り輝き、一本の光の矢となった。天野がなりふり構わず、一本の光となり金剛に突っ込んだ。金剛も天野の覚悟に応えるように、光の矢に向かって全ての剣や防具を総動員して、さらに魔力と殺気を込めて爆発させる。
二人の全力は訓練所を覆い尽くす爆発を生み、二人は消し飛んだ。
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