魔法の実践
アクイは夕食を済ませ、魔法の練習を始める前に今日のことを考えていた。今日の夕食は個別に摂ったので、他の者が何をしているのかはわからなかった。アクイはアリエルと勉強してマルーモと契約をした。
他の者達と交流がなくても困ることはないのだが、アクイが気にならないといえば嘘になる。共に異世界からやってきた同郷と思うだけで親近感が湧いてくるのだ。
そんなことを思うアクイは、少しホームシックにかかっているのかもしれない。そんな阿久井にアリエルが異世界に来て、あまり眠れないんじゃないかと温かいワインを入れてくれた。
アリエルの優しさに感謝しながらマルーモに視線を向ける。
異世界アスタリスクの大まかな現状を理解して、アクイは旅立ちを決意していた。元々勇者になどなる気はなかったので出ていくことは考えていた。
現状は自身にできることを増やしていくことが先決だと思っている。召喚されて二日が経ち、異世界に来たからには冒険者になりたいという思いが強くなっていた。
そのためにも戦争なんかに協力している時間はない。アクイはまだ試していない魔法がどれくらい役に立つのかわからないため、実験しようとしてマルーモに話しかける。
「魔法ってどう使うんだ?」
アリエルは使いたい魔法に話しかけるって言ってたけど。
「マルーモはわかるか?」
マルーモに話しかけると、マルーモは首を縦に振る。
「マジか、どうやればいい?」
マルーモは肩から降りてアクイの正面に浮いている。肩に乗っている時は気付かなかったが、マルーモの背中に蝙蝠みたいな羽がついていた。小さい羽をパタつかせて飛んでいる姿は可愛い。羽を凝視しているとマルーモが大きく口を開け、黒い球体が出てきた。
球体は、そのまま部屋に置かれているベッドに向かっていき、ベッドを一瞬で飲み込んでしまった。
「はっ!?」
「キュ」
マルーモはドヤ顔でアクイを見る。
「いやいや、ベッドどうしたんだよ。てか、今晩どうやって寝るんだ?」
アクイはマルーモの魔法の威力に驚きながら、現実問題に頭を悩ませる。
「キュ」
マルーモがもう一度鳴くと、黒い球体から何かが吐き出された。それは飲み込まれたはずのベッドだった。
「おわっ!ベッドが出てきた」
驚きながらアクイが目の前の出来事を口にする。マルーモはあいかわらずのドヤ顔でアクイを見ている。
「え~と……収納自由ってことか?」
「キュ」
マルーモが首を縦に振る。
「要はアイテムボックスみたいなものか?でっ?人とかも呑み込めたりするのか?」
「キュ」
マルーモが頷く。これヤバくないか、まだまだ使い勝手がわからないけど、これはスゴイものな気がする。
「他にもあるのか?」
「キュ」
マルーモが、あるとばかりに胸を張り、アクイの目を見つめる。アクイもマルーモのつぶらな瞳を見つめ返していると、アクイの体が自分の意思に関係なく動き出した。
「何っ!俺の体が勝手に動いてる。マルーモ凄いぞ。でもそろそろ止めてくれるか?」
マルーモはアクイの体を動かすのが面白いのか、いつの間にか変な踊りを踊らされていた。
「お~い、頼むから止めてくれ」
アクイの声でマルーモが動かすのを止めてくれる。
「マルーモ。今のは人の体を自由に動かせるってことか?」
マルーモは首を横に振る。
「じゃどういう事なんだ?」
マルーモは首をかしげるだけで答えない。
「自分で試せってことか」
アクイは先ほど見たアイテムボックスをイメージする。黒い球体が手の平の上に現れて、どんどん膨れていくのでソフトボールぐらいの大きさで止める。
固定させるのは難しい。集中、集中と唱えながら……球体を維持して球体を花瓶に近づけると花瓶が一瞬で吸い込まれた。もう一度出すにはどうすればいいんだ?マルーモを見てもスヤスヤとベッドに寝ていて、こっちを見ていない。
アクイが「花瓶」と叫んでも出てこない。吸収するときも何も言わなかったのが悪いのか?よりイメージしやすいように吸収するときと出す時の言葉を作ることにした。
とにかく今は吸い込んだ花瓶を取り出す。取り出す取り出す・・・『リリース!』心の中でリリースと唱えると花瓶が吸い込んだままの形で出てきた。
「ムズっ魔法ムズっ」
かなり集中してやっていたので、かなり疲労してしまった。アリエルが持ってきてくれたワインのことも忘れてベッドへ倒れ込む。アクイはそのまま意識を失った。
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「闇の勇者、シゲル アクイ 本日の予定は魔法の講義と世界情勢について勉強しました。また魔法の講義をしている最中、闇の精霊と契約をしたようです。私には見えませんでしたが、契約後、闇の勇者の周りに黒い魔力が目に見えるほど莫大になり、体の中に内蔵する魔力が増えたのを見ました。かなり膨大な量で正直恐怖しました」
暗い部屋中に数人の男女が集まっていた。その一人の女性が闇の勇者の動向について報告していた。
「何っ!闇の勇者がもう精霊と契約しただと、やはり闇は侮れんな」
中央に座る男が報告を聞いて驚いていた。
「闇は災いの元凶と言われている。召喚されてすぐにどうして殺さなかった」
今度は老婆が女を叱咤するように話し出す。
「しかし、申しつけられておりましたのは監視と教育だったので……まさか何も教えていないのに精霊契約するとは思いもしませんでした。それに契約はしても魔法は使えないままでしたので、危険はないと思います。あとは異世界にきた他の者達と同じで、この世界についていくつか質問されただけです」
「うむ……」
蝋燭の光が爺を照らし、爺は禿げた頭を擦りながら唸っている。
「今回の召喚では闇は含まれておらんかったはずなのだがな。どうして召喚されてしまったんじゃろうな」
中央に座る男が、困った顔で最後に残った女の方を見る。
「私にはわかりませんわ。召喚の儀は完璧でした。それはテーテーもバッポスもわかっているはずでしょう」
老婆の方はテーテーという名前で、この国の内政担当大臣であり、魔法の力は王国2位という実力者である。またバッポスと呼ばれた爺は軍部部門最高責任者である元帥の位にいる者であった。
戦闘に関してルールイス王国一の実力を誇る。
「確かに王女様に非はありませぬ。しかし、他の誰かが介入した可能性がありますな」
残る二人は王族である。王女と王様だった。
「とにかく今は闇をどうするかということだ」
「殺す。しかないでしょうな……」
バッポスが結論を口にする。
「できますか?」
四人の視線が一斉に報告をしていた女性へと集まる。小さな蝋燭の火が女性の顔を照らし出す。
視線を受けたアリエルは覚悟を決めた顔で頷いた。
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