裏切り者になります1
今日から第四章のスタートです。
バンガロウ王国国王は怒っていた。報告を受けた時は高揚し、敵が現われたことに喜んだ。しかし、自分のお気に入りにしているシャリスが捕まり、辱めを受けているかもしれないと、腸が煮えくり返る思いがした。
「忌々しき盗賊共め、シャリスの仇は必ず討たせてもらうぞ。八つ裂きにしてな」
相手の正体もわかっていない王国側は。それでも負けは無いとふんでいる。次に出撃するのは、この国最強の男なのだ。負けるはずがない。しかも相手が二十であれ、百であれ、村を一つや二つ占拠しただけでは到底相手にできない。千人という人数を動員するのだ。負ける要素など微塵もない。王は不敵に笑い、盗賊達の首が届くのを心待ちにしていた。
バンガロウ王国は平和である。しかし、王は戦いに飢えていた。幼き日より、勉学も確かにできたが、何よりも剣術や馬術の授業が面白かった。模擬試合をして、騎士達と剣を交えるのが面白かった。そして狩りに出て魔物や盗賊を殺していくのが何より楽しかった。前王の父が生きている時は、もっと自由に戦いにも赴けた。王になってからは、部下に任せて自分は命令することしかできないことに、歯がゆさすら感じていた。
「もしも万人長すら倒し、我の前に現れることがあれば……」
王の目は狂気の炎が揺らめく。
「もっと楽しめるのだがな」
王は万人長が負けることは無いと思っていた。万に一つそんなことをがあればと頬を吊り上げ、残忍な笑みで高笑いしていた。
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阿久井 重ことアクはピンチに立たされていた。
初戦のシャリス引き入る騎馬隊百名を返り討ちにして、意気揚々と次の戦いへの準備に取り掛かろうとしていた矢先、アク達のもとにグラウスが飛び込んできた。
「軍師殿。敵が明日にもこちらに進軍してきます」
グラウスには珍しく焦った声に呆気に取られていたが、穏やかでない報告に一同が騒然とする。
「明日だと?」
グラウスの報告に一番に反応したのはゲオルグだった。アク達は昨日の祝賀会のあと片付けも兼ねて、ギルドに集まっていたため幹部はそろっている。
サントンも、ハッサンもいて、ダントには外の解放軍の者達を管轄してもらっている。
「はっ」
「おいおい、それは急すぎねぇか。昨日の明日かよ」
「相手も少し本気になったという事でしょう。何より元々いた軍を差し向けて来るだけで、そんなに数はいないのでは?」
「それが、相手は万人長バルツァー・フエルト・ボードルが率いてくる千人隊です」
「千人隊だと、しかもボードルかよ」
グラウスの言葉に、ゲオルグが驚きの声を上げる。またどうせシャリスと同じ百か、多くても三百人ぐらいだろうと思っていた。アクは千人という数に反応したが、他の者は万人長の方が気になるらしい。
「ボードルとはそんなにすごいんですか?」
アクは正直王国の階級に詳しくない。話は聞いたがうろ覚えなのだ。
「スゴイも、何も生きる伝説だよ。万人長はこの国の軍事最高権力者なのは分かるだろ?」
ゲオルグの問いにアクは首を縦に振る。
「ボールドは爺なんだけどな。この国最強の男と言われてんだ。馬に乗り槍を使わせたら敵う者なしと言われるぐらいスゴイ男だぞ。身長は190cmもある巨体で、豪槍を振り回す怪力の割に、指揮は慎重で無駄がない。ボールドが通り過ぎた後には魔物の屍しか残らぬと言うぐらいだ」
ゲオルグが悪魔か妖怪が出てきそうな話し方で語っているが、アク的には元の世界の怖い話をするある男に見えて、なんだか面白くなっていた。横でフードを被ったルーが震えているのが可愛いらしい。ルーは怖い話が苦手なのかもしれないな。
「それほどの男ですか」
アクは思案顔になって、これからの事を考え出した。事の深刻さに黙るしかないが、こういうときは考えるのはアクの役目だとサントンが笑い出す。
「ははは、笑うしかないな。これほどのピンチ、乗り切ったら俺達は本当に王国を倒せるんじゃねぇの?どうせ戦うんだ。今やるのも後になるのも一緒だろ?」
サントンは明るく言うが、誰も賛同するものはいない。後になればなるほど準備ができる。何も準備しないのと、するのでは大きな差があることは幾度かの戦いで痛感している。ここまで圧勝してこられたのは、準備をして情報収集を徹底してきたからなのだ。
「とにかく少しでも情報がほしい。グラウス、敵は今どのへんだ?」
「まだ王都ですが、今晩には出撃するものと思われます。歩兵も交じるので進軍は普通に1日かかると思いますが、相手がどうでるかはわかりません」
冷静なグラウスがここまで動揺する姿は見たことがない。
「ゲオルグさん。もう少し相手の将軍について教えてもらえますか?」
「うん?おう。名前はバルツァー・フエルト・ボードル、万人長になってから、もう30年になると思う。年は60、バンガロウ王国の二つしかない大貴族の一つで、ボールド家の現当主だ。武器は豪槍、戦い方は慎重にじっくりとって感じだな。性格は実直で真面目、もの凄い頑固ものだと聞いている」
「ゲオルグさんは詳しいんですね」
ゲオルグの細やかな情報に、アクは相手のことを知ることができた。
「傭兵時代にな。共に戦ったことだってあるんだぜ。ダントもな」
「戦ったんですか?」
「ああ、物凄かった」
「ゲオルグさんでもですか?」
「その時、俺は駆け出しで、アッチは全盛期だったからな。今ならわからん」
「慎重と言うことは行軍は遅い可能性がありそうですね」
「確かに奴が万人長になってからは、どっしりと腰を据えた戦いかたをしていた気がするな」
「わかりました。では作戦を思いつきましたので、皆さん聞いてください」
アクはダントも呼び、幹部達とテーブルを囲んで作戦を伝えていく。
「正直今回はかなり厳しいです。単に数が今までの十倍なだけではありません。情報を集める時間もない。罠を仕掛ける時間もない。相手には一騎当千の猛者もいる」
「勿体ぶった言い回しはいい。早く作戦を伝えろ」
「作戦らしい作戦はありません。正直相手には戦力があるので包囲するように進撃してくるでしょう。勝つためには相手の将を討つ他にありません」
「だから、その相手の将を討つ策を言えっての」
サントンが催促してくる。
「策は二つある。今回は迷っています」
「二つもあるのかよ。さすがだな」
ゲオルグが感心したように口笛を吹く。
「まず一つは、少数精鋭で王都に攻め込み王を討ちます。暗殺と言う形になりますが、相手は撤退するしかなくなります」
「いきなり王様暗殺とか大胆だな」
「それはダメだ。それをしたら俺達は只の反逆者だ。なにより俺たちは卑怯なことはしねぇ」
アクの一つ目の案は、ゲオルグが手を振って却下する。
「二つ目は籠城して援軍を待つという手です」
「援軍なんてこないぞ」
これにはハッサンが反応する。
「援軍は用意してもいいけど、金がかかる」
「傭兵か?」
ゲオルグがアクの言葉に反応する。
「はい。それしか援軍は望めないかと」
「多分無理だな。傭兵も利で動く。勝ち目のない戦いに参加する傭兵はいねぇよ」
ゲオルグの言葉にアク以外のメンツが落胆する。
「もう一つ策があります」
アクがそういうと隣に立つルーのフードを取る。
「「「なっ!」」」
ルーの耳を見て、その場にいた幹部達は言葉を失う。
「……獣人だと」
サントンが言葉を紡ぐが、誰も反応を示さない。
「最後の策はアースに助力を求めてみてはいかがでしょうか?」
「アースに?」
「はい」
誰も思っていなかった考えに言葉を失う。
「無理だ。アースだけは関わるな」
「どうしてですか?」
「アースとバンガロウ王国及び連邦は戦いの日々なんだ。助力を求めてもそれは侵略されるだけだ」
ゲオルグの代わりに、ダントが話を受け継ぐ。アクはそんなことかと思う。
「では、このまま王国に滅ぼされる道を選ぶか、生きる道を選ぶかどうしますか?」
これ以上策は無いと選択を迫る。しかし、ゲオルグが呟いた。
「もう一つ策がある」
アクはゲオルグの方を見る。
「ここから逃げればいい。逃げてもう一度やり直せばいいんだ」
「それは無理でしょうね。慎重な男が逃げていく兵を取り逃がすと思いません」
「だが……」
ゲオルグが反論しようとするが、アクが見つめると黙り込む。
「お頭、決断を」
「はっピンチって奴だな。面白いじゃねぇか、アク、お前の策は使わん」
ゲオルグの言葉に、皆が次の言葉を待つ。
「お前達は逃げろ。今回は俺とダントで戦う」
「はっ?」
ゲオルグの言葉でアク以外の若い面子が呆気にとられる。ダントだけがゲオルグの考えを理解したのか、頷いた。
「昔を思い出すな」
ダントは嬉しそうにしている。
「ボルスにも声をかけておくよ」
「ちょっと、待ってください」
「アク、男が決めたことだ。口を出すな」
ゲオルグとダントはすぐに動くのだとギルドを出て行った。
「アク?どうするんだ?」
サントンが困った顔でアクを見つめる。フードを外したルーは、どうしていいのかわからずアクの袖を掴むことしかできない。ハッサンやグラウスもアクに視線を向ける。
「合わせて動くしかないな。とにかく策を考える。それまでサントンとハッサンは若い衆をまとめておいてくれ。グラウス、もっと情報がほしい。十人ぐらい連れて情報をかき集めてくれ」
「「おう」」「承知」
三人はそれぞれの仕事のために外に出ていった。
「マスター?」
「ルーにも頼みがある」
「うん」
ルーは嬉しそうに頷き、アクの言葉を聞いて飛び出した。
「お頭、副隊長。あなた達を死なせない」
アクも自分の仕事をするべくギルドを後にした。それを見ていたゲイザーとロカは祈ることしかできないと手を合わせた。
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