闇の精霊
よろしくお願いします。
黒いハリネズミが瞳を潤ませて見上げてくる。アクイは目を見開いて驚くが声が出ないので口をパクパクさせる。
「どうかされましたか?」
黙った阿久井を気遣って、アリエルが声をかけてくる。
「どうしたって!こいつだよこいつ!」
アクイが驚いて大きな声で自分の左肩を指すが、アリエルは何を言っているのかわからないという感じで左肩を見て困った顔をする。
「肩がどうかしましたか?」
「見えないのか?ハリネズミみたいな奴が俺の肩にいるんだけど……」
アクイはアリエルの反応に見えていないと判断して語尾が小さくなる。アリエルは首を傾けて、もう一度肩を見るが何も見えないていないようだ。
「やっぱり何もいませんよ?」
アリエルの言葉に肩を見るとやっぱりいる。しかも可愛げにクリクリした黒目を見開いて見上げてくる。結構、いや、かなり可愛い……
「あの~もしかしたら精霊が見えるんですか?」
「精霊?」
「はい。稀に魔法の才能が高い者に精霊が見えるそうなのです」
『精霊なのかお前』心の中で話しかけてみると、精霊は首を縦に振る。
『マジか?じゃお前に頼めば魔法が使えるのか?』精霊は首をまた縦に振る。
「やっぱり精霊だってこいつ」
「精霊と話せるのですか、驚きました」
「そんなにスゴイことなのか?」
アリエルは急に立ち上がり、その拍子に椅子を倒してしまう。
「スゴイことに決まってるじゃないですか、この国で精霊と話せる人間なんて王女様ぐらいですよ」
「そうなのか?」
アクイは肩で丸くなっている黒いハリネズミを見る。
『お前、名前とかあるのか?』
精霊が悲しそうな顔になり、首を横に振る。
『じゃ名前から決めるか?』
嬉しそうな顔になり、ウルウルした目を向けてくる。
『う~ん、精霊の名前か~安易だけど闇の精霊だからな【マルーモ】とかどうだ?』
黒いハリネズミに名前を言うと、嬉しそうに首を縦に振っている。マルーモの喜んでいる姿を微笑ましい目で見ていると、アクイの体が光り出した。
光が収まるとアクイの身体から今まで感じたことのない力が溢れてくる。
「シゲル様!何をなさったのですか?」
アクイが光り出したことでアリエルが慌てて叫ぶ。アクイは膜ようなもので身体を覆われている感じを受けていた。
「精霊に名前を付けたらこうなった」
「名前を付けたって……契約したってことですか?」
「そうなるのか?」
「えっ!そうなんですか!精霊は宿主と契約する際、名前をもらうことで契約完了となると聞いたことがあります」
「知らなかった……」
「スゴイです。魔法の勉強を始めて一日で精霊と契約するなんて!」
「じゃ俺の周りの膜みたいなのは何なんだ?」
「膜?膜ってなんですか?急に光り出したのは驚きましたけど何も変わってませんよ」
アリエルはアクイの質問の意味がわからないという感じで首を傾げている。先ほどから魔法の質問をしても、全然答えをもらえないことに、アリエルは魔法に関して未熟なのではないかと疑問が浮かんできた。
「もしかしてアリエルってあんまり魔法のこと詳しくない?」
「失礼な。これでも王国内で10番目の魔導師なんですよ」
「10番目って……微妙だな。因みに1番の魔導師は?」
「それはもちろん王女様です」
「王女様って……」
アクイの脳裏に召喚の間で会ったフフリアの顔が浮かんでくる。
「多分シゲル様が思っているお方ではないと思います。ルールイス王国の最強の魔導師は第二王女のリリーセリア・ミシェル・ルールイス様です」
「第二王女?第二王女なんかいたのか?謁見の間にいなかったよな?どうして?」
今までの登場人物にいなかったはず……
「リリーセリア様は勇者召喚を反対しておいででした。だからあまり皆様を歓迎していないのだと思います」
アリエルは申し訳なさそうな顔をして俯いてしまった。召喚に反対の奴もいたのか、でも死ぬところを助けてくれたわけだし感謝しないとな。
「別に責めてるわけじゃないよ、気にしないでくれ」
この国一番の魔導師と話してみたかったがあきらめるしかないか、マルーモに名前を付けてから膜みたいなモノから力が伝わってくる。
これが魔力ってやつか、今なら何かできそうだな……アリエルに見られると面倒な気がする。
「じゃ次は世界情勢を教えてくれるか?」
「魔法はもういいのですか?」
「ああ、少しずつやっていくよ」
アクイは考えていることを顔に出さないようにして、笑顔で返事をする。誰もいない時に試そうと心の中で思いながら……
「世界情勢ですね。また質問してもらえますか、何を知りたいかわかりませんので」
最初と同じで質問から始まる。
「何にもわかんないからこの世界のことでアリエルの分かることは全部教えてほしい。たとえば世界地図とかある?」
「世界地図ですか、またスケールが大きいですね。残念ながらありません」
「ない!どうして?」
「この世界アスタリスクでは世界を統一した者がおりません。
現在10人の魔王が北の大地、暗黒大陸と呼ばれている場所で領土争いをしています。南の大地にはアーク大陸があり、獣王と呼ばれる獣人をまとめる者と亜人族が住んでいます。
中央大陸にあたるここレギンバラでは、ルールイス王国を含め5つの王国があり、一番北にルールイス王国、逆に南にあるベンチャイス連合国、東にあるカブラギ皇国、西のアスガルト共和国、そして中央にあるセントセルス神興国があります。レギンバラ内でも争いが続いているので世界地図を作ることはできていません」
なるほど、まだまだ発展途上というわけか。
「じゃ、ルールイス王国は世界的にはどれくらい大きいんだ?」
「ルールイス王国は、国として2番目に大きいです。一番は中央のセントセルス神興国ですね。現状というかルールイス王国は暗黒大陸から、魔王が宣戦布告受けて戦争中です。一時的に押し返すことに成功したので落ち着いていますが、いつ戦争が再開されるかわかりません」
「だから俺達を召喚して戦力増強という訳か……」
「そうなります。現在のルールイス王国は国民の5分の1が戦争により失われいます」
「だいたいこんなもんかな、世界情勢は詳しいんだな、アリエル」
「世界情勢はって、どういう意味ですか?」
アリエルは少し拗ねたようになり膨れている。見た目は落ち着いた容姿をした大人の女性だが、話せば話すほどアリエルは子供っぽかった。ある程度の魔法と世界情勢は理解できた。
あとは魔法を試すぐらいか……。
「そういえば言葉はわかるけど、文字とかって俺は読めるのか?」
「文字ですか、文字は世界共通ですよ。書くのも読むのも大丈夫だと思います」
アリエルに言われて本当かと疑わしげな顔をしてしまう。するとアリエルは一冊の本を渡してきた。表紙をめくると童話が描かれており、勇者が魔王を倒すという在り来たりな話だった。
物語に書かれている文字は普通に読めた。子供向けだからだろうか?ひらがなとカタカナばかりだった。
「この世界にもひらがなとか、カタカナがあるのか?」
「ひらがな?カタカナ?言っている意味はわかりません。そこに書かれているのは全てアスタ語ですよ。シゲル様にどう見えているかはわかりませんが、私にはアスタ語にしか見えません」
そうか、言語が勝手にこの世界に合うようになっているのか、なんとかコンニャク不要だな。これで後は魔法の実験ができれば全て解決だ。
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