閑話 その他の勇者達5
北の大地近くに建てられた要塞の中で、神代 火鉢、安城 風香は北の大地を見つめていた。
「あれが暗黒大陸か~なんや荒野みたいやね」
「フ~は、いつも変わらないな。私は興奮してきたよ。もうすぐ面白いことが起きそうな雰囲気がいっぱいだ」
「ふふふ、ヒ~ちゃんは勇ましいな。そんなに戦いたいん?」
「私を戦闘狂みたいに言うなよ」
火鉢が頬を膨らませて反論する。
「違うん?」
「違うぞ。戦いが好きなんじゃないぞ。スリルがあることが好きなだけなんだ」
「ヒ~ちゃんがスリル求めたら後は殺し合いしかないと思うんやけどね」
「そうかな?それならそれで面白かったらいいよ」
「やっぱろ戦闘狂やないの」
「お二人ともそろそろ中に入られてはどうですか?」
二人は、要塞の中に立てられた塔の最上階にいる。見晴しはいいが風が強くあまり当たっていると体に悪い。お付きである近衛騎士隊長をしている、エルファルト・アスキーが、二人に中に入るように声をかけにきた。
エルファルトは最年少で近衛騎士隊長になり、圧倒的な戦闘センスで、筆頭近衛騎士に上り詰めた。しかし、火鉢が王様の下に襲来したきたとき、自分の無力さを痛感した。そして火鉢の強さに憧れた者の筆頭になった。
「エルか、ここは落ち着くぞ。お前もくるか?」
エルとは、エルファルトの愛称で、火鉢が名付けた。
「エル君、そろそろご飯の時間?」
「ご飯の時間ではないですが、二時間近く風に当たっています。体に悪いですよ」
エルは二人の体が冷え切り、体調を崩すのではないのかと心配していた。
「心配してくれてありがとう」
「温かい飲み物をご用意いたします」
エルの言葉で二人は展望台から降りてくる。部屋では二人についてきてくれた、メイドのアンジェリカが紅茶を用意していた。
アンジェリカは火鉢達より一つ年上のお姉さんで、厳しい表情をしている。表情こそ厳しいが、態度は優しく仕事はいつも完璧で二人への気遣いも忘れない。
火鉢と風香を一番に考えて行動してくれるので、二人にとっては掛け替えのない人物になりつつある。
「お帰りなさいませ」
「「ただいま。アン」」
「お茶のご用意ができております」
「ありがと、準備がいいな?」
「エルファルト様が塔に向かわれたと聞きましたので、そろそろかと」
「さすがはアンだ」
火鉢がアンを絶賛しながら入れてもらった紅茶に口をつける。
「おいしい。やっぱりアンの紅茶が一番だね」
「ホンマ美味しいわ~」
「ありがとうございます」
要塞に逗留するようになり三日ほど経っていた。魔王や魔物と言うものに興味があり、やってきたはいいが、暗黒大陸を眺めてみても何も現れる気配はなかった。
「これからどうされますか?もう三日経ちます。一度王都に戻られますか?」
エルが紅茶を飲んで、一息ついた二人に今後の方針について聞いてきた。エル以外にも四人の近衛騎士がついてきているが、基本自由行動にしているので今はここにいない。
「そうやね、どうするん?ヒ~ちゃん」
「王都には戻らない。魔物を見たいし、暗黒大陸に行ってみようかな」
「それは!あまりにも危険では?」
「う~ん……だったらエルやアンは待っててくれたらいいよ。フーと二人で行くから」
「それはなりません。お二人が行かれるのでしたら、私は絶対についていきます」
アンは即答で二人についていくと断言した。因みにアンも戦闘ができる、しかもかなり強い。近衛騎士達には及ばないが、隠密や暗殺となど不意を突いたものならば、アンの方が近衛騎士達よりも強いのではと思うほど気配を殺すのに長けている。
「アンさん。即答されては我ら近衛騎士達の立つ瀬がないではないですか?」
「申し訳ありません」
「エル!自分の不甲斐無さをアンのせいにしてはいけないぞ」
アンが謝ったことで火鉢の不評をかったようだ。
「いえ、そんなつもりは。アンさん、すみません」
「いえ……大丈夫です」
貴族であるエルに謝れて、アンの方が恐縮する。
「我々も話し合いたいと思いますので、少しお時間をいただいてもいいですか?」
「いいよ。出発は明日にしよう。思い立ったが吉日だな」
「そうやね。ええんとちゃうかな?」
風香が火鉢の意見に反対するところを見たことがないが、火鉢は風香に頭が上がらない時があるので、どちらが上なのだろうか?とエルは考えたことがある。婦女子の思考などわかるはずがないなと思って、すぐにあきらめた。
「では皆と相談してきます。部屋の前にはオクトーを置いておきますので、何かあれば声をかけてください」
「わかった」
オクトーはスキンヘッドに身長二メートル近くある大男で大槌を武器として使う。普段は寡黙だが、花を愛でる優しい男であり、火鉢と風香にからかわれると、すぐに顔を赤くするので二人からタコと呼ばれている。
「タコ?そこにいるのか?」
さっそく部屋の前に気配を感じた火鉢は、オクトーに話しかける。
「はっ」
「ちょっと入ってきてくれるか?」
「はっ」
火鉢に呼ばれ、部屋の扉を開けるオクトーが見たものは、今から寝巻に着替えをする風香と火鉢の姿だった。
「すまんな。ちょっと後ろのファスナーを下ろしてくれるか?アンがフーの着替えを手伝っているので、私の方が人手不足でな」
オクトーは顔を真っ赤にして後ずさったが、火鉢がそれを許すはずもなく、無駄に高いスペックでオクトーの後ろに回り込む。
「早くしてくれ。私は服が脱ぎたいのだ」
「あ、あの・・・」
口下手なオクトーとしては反論してもまったく勝ち目がなく、諦めて火鉢のファスナーに手をかける。火鉢の体は白く柔らかい、無駄な肉が全くないのでスレンダーで、かと言ってゴツゴツしたところがないので理想の体型と呼べる。
オクトーはこれまで異性と交流をもったことがあまりなかった。せいぜい同僚と挨拶を交わすのがやっとだった。好きな女ができたこともあるが、恥ずかしさのあまり話すことができずにその恋は終わってしまった。
「うむ、ありがとう。もう外に出ていいぞ」
火鉢のファスナーを震える手で下ろしきり、お言葉をいただくやいなや、外に駈け出した。
「ははは。やっぱりタコは可愛いな」
火鉢はそんなオクトーを気に入っていた。
「あんまりからかってあげなや。見てるこっちが恥ずかしなるわ」
「そうか?タコなら私の貞操をやってもいいがな」
「はいはい。それは逆に本人に言ってあげて」
「言うはずないだろう。言わずにからかうのが面白いのだから」
「難儀な子に好かれたもんやね。タコさんも」
風香の横でアンも頷いていた。
「そうかな?面白いのがすべてだよ」
「はいはい。寝るで」
「は~い」
三人は同じ部屋で寝ることにしている、アンも一緒に寝ているのは北の大地は寒く、一人でベッドに入ると暖めるのに時間がかかるからだ。一緒に寝た方が暖かく、特に夜は冷え込むので自然と寄り添って寝るのが当たり前になっていた。
「明日から移動やから、ベッドで寝るのは当分無しやね」
「明日は寝坊をしてもいいから、ゆっくり寝ることにしよう。アン、明日は私達が自然に起きるまで放置しててくれ」
「わかりました」
「じゃおやすみ~」
「おやすみ」
「お休みなさいません」
寄り添い体が温まるにつれて三人は睡眠に入った。
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「皆集まったな」
エルを含めて、近衛騎士達が休んでいる部屋に四人が集まっていた。
近衛騎士の面々は副隊長を務めるレイチェル・マルネス、弓兵のサラサ・フリューゲル、槍兵のリュクス・グラウスの三人がエルの前にいる。
オクトーは引き続き勇者達の護衛を務めているので、結果だけを伝えることになっている。
「それで今後の方針が決まったのか?」
リュクスが言葉を発して、4人の密談が開始された。
「ああ、明日暗黒大陸に向かって発つと言われていた」
「暗黒大陸に?」
他の三人が息を飲むのがわかる。
「ああ、火鉢様からすれば散歩に行くようなものだろう」
「そうは言ってもどうするの?」
三人は顔を見合して、三人を代表してレイチェルが言葉を発する。
「どうするとは?」
「私達は王様の命でついてきているのよ。報告する義務もあるの」
「じゃ君は一度王都に戻ればいい。私は暗黒大陸についていくつもりだ」
「何を言ってるのよ。あなたは王様の近衛騎士なのよ」
レイチェルは騎士としての誇りを持っている。自分たちは王国の騎士であり、王様を守る最強の盾であると、しかし、そんなレイチェルに対して、エルはまったく動揺することがなかった。
「火鉢様に打ちのめされた時からあの方について行こうと決めたのだ」
「ハァ~あんた隊長なのよ。わかってるの?」
「分かっているよ。国を捨てたとしても付いて行くと決めたのだ」
「いいんじゃないか?」
二人のやり取りを聞いていたリュクスが話に割り込む。
「リュクス!あんた何言ってるのよ」
「だって隊長は決めちゃったんだろ?仕方ないじゃん。それに隊長が心配ならレイチェルもついて行けばいいじゃね?報告は僕とサラサがするし、なぁサラサ」
「私はついていく」
「えっ!サラサ付いて行くの?」
無言でサラサが頷く。
「私……風香様好きだから、ついていく」
「そうか、サラサは来てくれるか?助かるよ」
サラサがまた無言で頷く。
「そっか……サラサは行くのか、じゃ僕も行こうかな」
リュクスがサラサの反応に意見を変える。
「報告はオクトーに頼めばいいし」
「オクトーからは一緒に行くと言ってもらっている」
「え~じゃ誰が報告するんだよ」
「反対しているのはレイチェルだけだから頼めるか?」
「あ~もう~伝言はギルドに頼むわよ。私もついていくからね」
レイチェルが言い切った後、他の三人は生暖かい視線で見つめていた。
「何よ!文句ある?」
そんな三人を睨むと全員が視線を逸らした。近衛騎士が同行して火鉢と風香は暗黒大陸入りを果たした。
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