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商人になります8

 村中に馬の蹄の音が聞こえてくる。ゲオルグや父達がやってきたのだ、いよいよ始まったのだと息を飲む。兄や父は大丈夫だろうか?アクは……大丈夫だろうか?馬車の中でみんなが無事に帰って来ることを神に祈った。


「皆が無事に帰ってきますように」


 しばらく祈りを続けていると、村の中が静かになっていた。終わったのかと馬車から出ようか迷った。でも、自分の役目は馬車の中で待つこと、そう思って待ち続けた。どれくらいの時間が流れたかわからないぐらい時間が経った時、天幕が不意に開かれた。

 そこには村人の格好をしたアクがいて、一瞬誰だかわからなかったので緊張が走った。


「成功だ。エリス、俺達はやったんだ」


 アクが本当に嬉しそうに私を抱きしめた。胸の中でドクンと心臓が早音で打ち鳴らされ、顔が真っ赤になっていくのがわかる。暗闇の中で本当によかったと思う。


「一旦、宿に戻ろう」


 アクが何か言葉をかけてくるが、頭の中がボーとして何を言っているのかわからない。それでもアクが私の手を握り引っ張るので意識が覚醒して、その手を振り払ってしまう。


「エリス?やっぱり怒ってるのか?」


 アクは何か勘違いしたのか、私が怒っていると思ったみたいで心配そうに顔を覗きこんでくる。


「何でもないわ。それより上手くいったのでしょ。おめでとう」


 私は焦って早口に賛辞の言葉を述べる。今は顔を見られたくない。急いで顔を逸らして祝いの言葉を並べた。


「ああ、もう少しここにいるか?落ち着かないようだしな」

「そうするわ。アクは先に行ってて」

「いや、外は暗いし。今は村人も気が立ってると思うから一緒にいるよ」

「そう……ごめんなさい。もう大丈夫だから行きましょう」


 私はアクに顔を見られたくなくて、先に馬車を下りて前を歩いた。


「おい、待てよ。なんだよ」


 アクが何か言っているが、落ち着いて聞ける余裕がない。宿に着くと急いで自分の部屋に入った。アクは私を送り届けると、用事があると言ってどこかに行ってしまったので、それからは何をしていたのか知らない。


 私は自分の中で生まれた感情に気づいてしまった……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゲオルグ、ダント、ハッサン、サントン、グラウスの前に、二人の老人が椅子に縛られている。五人は村長の家にある応接室にいる。縛られている二人は、先ほどまでクック村を取り仕切る立場にあった者達だ。


「皆さんお待たせしました。お頭、そちらの方はどうなりました?」

「おう、ばっちりだ」


 応接室にアクが入ってきて、挨拶と共に質問を投げかける。それに対して、ゲオルグがドヤ顔で答える。実はクック村に突入してきた盗賊達は足ったの二十人ほどだった。盗賊達の数からいえば半分にも満たないものだ。


「よかったです。それでは仕上げですね」

「おう、後はこの二人を殺して幕だ」


 ゲオルグとアクの会話を聞いていた初老の老人、この村の村長は震えだす。対して、ギルドマスターは震えこそしないものの、ゲオルグを睨みつける眼光に鋭さが増す。


「ちょっと待ってくれないか?」


 そこに待ったをかける者がいた。


「どうしたサントン?」

「この二人は使えると思うんだ。生かしておかないか」


 ゲオルグが意外そうにサントンを見つめる。サントンはいつもは柔らかな笑みを作り、ノリも良い奴だが、仕事はキッチリとこなす奴だ。盗賊団にとって支配者が変わることを印象付ける意味でも古き支配者二人を殺すことは決定事項だった。


「どう使えると言うんだ」


 ゲオルグの眼光が鋭くなり、サントンの真意を確かめるように睨みつける。サントンの返答次第では考えるという意味を込められている。


「まず、ギルドマスター。このおっさんは魔法が使える。村長のオッサンはあんま知らないけど、村人を仲間にするなら村長は生きていた方がいいんじゃねぇかと思って」


 サントンにしては考えた答えが返ってきた。


「サントン、お前の意見は意味がわからん。魔法が使えるなら敵になられたら脅威だろうが、今のうちに殺しておく方がいいだろう。それに村長と言えばボスだ。ボスを倒さなきゃ意味がねぇだろ?」

「だ、か、ら、使えるって言いたいんだよ」

「お前の話はわからん。話にならんな」


 サントンなりに考えたようだが、ゲオルグが言っていることの方が正論である。ゲオルグは話は終わったとギルドマスターに視線を向け、腰の大剣に手をかける。


「お頭、ちょっと待ってください」


 それを今度はアクが止める。


「なんだ?」

「ちょっと待ってください。サントン、お前はギルドマスター達が仲間になると言いたいのか?」

「う~ん、わかんねぇけど。多分力を貸してくれると思う」

「説得できるか?」

「話をさせてくれ」

「お頭、サントンに時間を与えてはどうでしょう。ギルドマスターが仲間になると言うのは確かに心強い」

「お前がそういうなら、チャンスをやる」


 ゲオルグの中でも今回の作戦を立案したアクの評価は高くなっているようだ。アクの言葉を聞いて、ゲオルグはサントンに時間を与えた。


「あんがと、アク」

「チャンスは与えた。後はお前次第だ」


 アクもそれ以上はできないと両手を挙げる。


「十分だ」


 サントンはギルドマスターの猿轡を外す。


「よう、ゲイザーのオッサン。また捕まったな」


「お主、何を考えておるんじゃ。お主ほどの腕があれば立派な冒険者として生きて行けるものを!!!」


 ゲイザーは悲しそうに、それでもサントンを説得しようと言葉を重ねる。


「こんなことすぐにやめてわしの縄を解くんじゃ、まだお主ならやり直せる」

「ははは、オッサンは勘違いしてるよ。俺は元々こっち側の人間だ。つまりギルドに入ったのが潜入なんだよ」

「それはわかっておる。しかし・・・」

「しかしは無しだ。単刀直入に言う。俺達の仲間になってくれ。俺はオッサンを殺したくない。何よりオッサンがいれば楽しいしな」


 サントンは今までのことを思い出して、ゲイザーに向けて楽しそうに笑った。


「それはできぬ……ワシは人の道を外すことはできん」


 サントンの笑顔に対して、沈痛な表情の中に強い決意が籠った目でゲイザーがサントンを見返す。


「その目も嫌いじゃなんだけどな。何よりロカが悲しむぞ」

「それでもじゃ」


 サントンは大きくため息を吐くと右手を剣にかける。説得が成功しないのであれば、ゲイザーを殺すのは自分の役目だということだろう。


「これで最後だ。仲間になれ」

「死んでもならん!!!」


 サントンが目にも止まらぬ速さで剣を抜くが、それを止める者がいた。


「ハッサン、なぜ止める?」

「アクが話があるとよ」


 サントンの瞳は獰猛な色に変わっていた。一瞬目を閉じたサントンは、冷静さを取り戻してアクを見る。


「どういうつもりだ?」

「俺が話そう」


 サントンはしばらくアクを見つめていたが、目線を逸らし椅子に腰かける。


「ゲイザーさん、私がクック村を手に入れる作戦を考えたアクと申します」

「名などどうでもよいわ。早く殺せ」

「先ほどサントンが言っていました。あなたは使えると、そしてあなたはこう答えました。『人の道を外すことはできんと』では我々が行っているのが真っ当な人の道ならあなたは理解をしていただけますか?」


 アクはサントンとゲイザーの会話でもしかしたらゲイザーは仲間にできるかもしれないと思った。

 

「回りくどいことを聞くな。どんな理由があろうと盗賊達に大義などない」

「決めつけるのは早いですよ。あなたもサントンも気が短い所が似てますね。だからこそサントンはあなたを気に入ったのかもしれませんが、そんな事より話を変えます。あなたは今の村や王国をどう思いますか?」

「どうとはどういうことじゃ」

「漠然としていましたか?では村人が皆満足のいく生活はできていますか?」


 この質問にゲイザーは悩んだ。正直一部の者は満足できているが、村人全員が満足できているかと聞かれれば答えはノーだ。何故なら少なくない税を王国に納めなければならいないからだ。日々の糧を得るのにも、誰もが必死で働いていた。


「それは……満足できておるじゃろ」


 わかっていてもゲイザーにはそう答えることしかできなかった。


「嘘ですね。ここにいる盗賊達になった者達は行き場を無くし、住む場所を奪われた者が多くいます。それをお頭が養っていた。それは人の道をはずれていますか?」


 サントンやハッサンの顔を見てゲイザーは驚いた顔をする。そんなことまでは考えていなかったのだろう。


「今から私達が行うのも同じことです。貧しくて日々の生活だけに追われ、満足のいく生活を送れていない人々の、現状を良くするために誰かがやらなければならないことをやるんです。それも人の道をはずれていますか?」

「詭弁じゃ!何もしなければ争いもなく平和に暮らせるではないか」

「支配されながら、抗うこともできずに?」


 アクの言葉にゲイザーは悔しそうな顔をしながらもそれでも抗う。


「冒険者になればええ。そうすれば自由が待っておる」

「力の無い者は?病気の者はどうすればいいんですか?見捨てろというんですか?全員が冒険者になって誰が食べ物を作るんですか?誰が衣類を作るんですか?」

「それは……しかし……」


 アクの言葉にゲイザーは反論することができなかった。


「ゲイザーさん、あなたは今の世界が本当に正しいと思うんですか?」

「……正直わからん。ワシはワシなりに少しでも皆の助けをしたくてギルドマスターになった。確かにワシには魔法があり、力があった。だが救えたものは一握りかもしれん」

「我々に協力してください。世界を救おうなんて大それたことは言えません。ですが、この王国を変えるのは国に住んでいる者達しかいないんです」


 アクの言葉に項垂れたゲイザーは村長を見るが、村長もゲイザーと同じく肩を落とし俯いていた。


「お主のいうことが正しいのかもしれん。そうなのかもしれん。少し考えさせてくれ」


 ゲイザーは肩を落とし、先ほどまでの勢いはなくなっていた。


「ゲオルグさん二人に時間を与えてあげてください」

「わかった」


 ゲオルグの言葉で、クック村占領作戦の終了を告げた。

読んでいただきありがとうございます。

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