商人になります7
商売は大盛況だった。村長に商売の許可をもらい、村長宅近くの広場で商売をさせてもらった。馬車からテーブルと風呂敷を出して、(本当はブラックホールから)商売の準備に取り掛かる。
エビスに市場ついて聞いていたので、価格設定もクック村の住人でも手が出る最低価格にしている。さらにエリスのような美人が売り子をしているのだ。主婦はほしい物に飛びつき、普段あまり買い物をしない男性も買い物に来る。
若い男どもはエリスだけを観賞しに来たりもするが、それも都合がいい。サントンが客に交じってグラウスに手紙を渡した。その日、馬車の中に用意していた品物が全部売り切れたところで、商売を打ち切った。昼を超えたぐらいには全て売り切れていた。
「商売成功にカンパイ」
グラウスとエリスを連れて、アクは冒険者ギルドが経営している酒場に来ていた。
「本当に忙しかった。けど、楽しかった」
エリスは働くことが初めてだったのだろう。仕事の程よい疲れが心地いいようだ。
「だろ。商売はいいもんなんだよ。買ってくれた人達も喜んでくれるしな」
アクは元の世界で営業をしていたので、売れたときの喜びを知っている。エリスにも商売の楽しさを知ってもらえたことに興奮していた。
「家事以外で働いたのこれが初めてで、スゴイ新鮮だった」
「うんうんわかるよ。俺も初めてバイトして給料もらったとき感動したもん」
「バイト?給料?」
「おっ、そうだ。お前たちにも給料出さないとな」
そういうと、今日の売り上げから銀貨2枚を出して、それぞれに渡す。
「これはなんですか?」
エリスが首を傾げる。
「分け前と言うことですか?」
グラウスは銀貨を見つめる。グラウスは盗賊として何度か働いたことがあるのだろう。お頭から報酬という形で分け前を受け取ったことがあるようだ。
「そうだ、それが給料だ。働いた対価としてお金を受け取る」
「別にお金のために働いたわけじゃないわ」
エリスが何か勘違いをしたのか怒り出す。
「おいおい、これは正当な対価だぞ。エリスは売り子として働いた。その売り上げから働きに対して対価を払う。何も間違ってない」
「そういうものなの?」
エリスは、アクの言葉を信じきれなかったのか、グラウスを見ると、グラウスは頷いた。
「働くとはそういうもんだ」
「そうなんだ……」
エリスは納得できないような顔をしているが、それでも銀貨を受け取った顔は嬉しそうなものだった。三人が話していると店の中が騒がしくなった。
「おい、あれ。王殺のサントンだぞ。後ろには超人のハッサンもいやがる。新参者のくせに、あいつらの強さは異常だよな」
酒場の客達が騒がしくなり、入口に視線を向ければサントンとハッサンが入ってきた。二人に向けられる視線は、妬みや畏怖が込められている。
「あいつらギルド登録時にマスターを倒して、二日目にはゴブリンキングとゴブリンの巣を壊滅させたらしいぞ。三日目にはオークキングとオークの群れをたった二人で壊滅させたんだと」
二人の活躍はクック村で広く知れ渡っているようだ。
「そんなことよりもだ。ロカちゃんがサントンの野郎に惚れてるのが許せねぇ!!!」
「「「そうだそうだ!!!」」
酔っ払いたちは大声で騒ぎ始める。
「だけどなぁ~サントンの奴は良い奴なんだよなぁ~」
その後に一人の客がサントンを褒めれば、他の者も仕方ないなみたいなと納得し始めた。サントンとロカが会話を始めるのを見て、諦めたような顔で納得している。サントンが酒場の方に歩いてくる。
「お前ら!!!今日はジャイアントスパイダーの女王を倒した報酬が入ったぞ。俺が酒をおごってやるぞ~」
「「「おおおぉぉぉぉおおぉぉーーーーーーーー!!!」」」
酒場が活気付いた。そこからはサントンを主体にどんちゃん騒ぎとなった。ロカが一般客のアク達のところにやってくる。
「お客さん達初めてですよね?すみません。最近はいつもこんな感じで」
ロカは謝罪しながら、サントンの驕りだというエールを置いた。
「いえいえ、賑やかなのはいいことです」
アクも人の良さそうな笑みを作って応える。ロカはアクの言葉に自分が褒められたかのように喜んだ。
「楽しんでください」
「はい」
ロカが離れたあと、エリスが何か言いたそうにこちらを見ていた。
「どうかしたか?」
「こんなに有名になっていいの?」
「かまわないだろう。何か問題あるか?」
「あるでしょ!」
エリスが大声を出すが、喧騒の中で掻き消える。
「これも作戦の一つだ」
「だからその作戦を教えてよ」
「それはまだ秘密だ。明日もまた働いてもらうつもりだから頼むぞ」
アクは言葉を濁すように話を変える。
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村人が寝静まり闇に支配される時間、馬小屋に止められた馬車の中に四人の男が集まっていた。
「順調に名前が売れているみたいだな」
「作戦はばっちり成功だ」
いつもの明るい調子でサントンが答える。
「二つ名までついてたな」
「うらやましいだろう」
グラウスの言葉にハッサンが胸を張る。アクは内心、二つ名をつけられる自分を想像して厨二病時代に考えた名前とかを想いだして恥ずかしくなる。
「お前らはスゴイな」
アクは恥ずかしい二つ名を受け止められる度量にスゴイと感心したのだが、サントンもハッサンも褒められたと勘違いしてさらに胸を張る。
「その話はもういい、それより明日が最終段階だ。準備は問題ないか?」
アクがグラウスを見る。
「こちらに」
グラウスが出した紙にはクック村の見取り図が書いてあった。
「さすがだな。これをお頭たちに渡して、ギルドと村長を捕まえてもらい、村長宅前の広場に連行してもらう。そして仕上げだ。グラウスはこれを持って夜が明ける前に村を出てくれるか?」
「承知」
「サントン、ギルドマスターの強さはどうだ?強いか」
「確かに戦闘に関しては強い。だが、俺なら倒せる」
サントンはいつもの明るい笑顔ではなく、獰猛な笑みになる。
「ハッサンも村長の家は問題ないか?」
「問題ない。しかし、何で俺がギルドマスターじゃないんだよ。面白くねえな」
「これは元々決めていた事だろ?今更だ」
グラウスの言葉にハッサンはますます不機嫌になるが、放置して話を続ける。
「約束の日まであと一日だ。最後まで抜かりなく頼むぞ」
「「「おう」」」
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次の日も商売は繁盛して、早めに宿に帰った。昨日のうちにグラウスにはゲオルグ達の元に走ってもらった。今日の晩、門が開かれると同時に突入する手はずになっている。
アクの部屋でエリスと向い合せに座る。
「最終確認だエリス」
「今日来るのね?」
「ああ。俺達は今日、クック村を手に入れる。詳細を教えるから指示に従ってほしい」
「やっとね。教えて」
潜入組の四人にはそれぞれ役目があった。サントン、ハッサンにはギルドメンバーとして力を示してもらう、そうすることで名前と実力を見せつけ、村を占拠したとき強者が相手だということで、反抗心を奪うためだ。
グラウスには門の開閉や人の流れを見てもらうことで、突入のタイミングを理解してもらい、突入に一番いい時間に合図を出させる。さらに村や建物を見てもらうことで地図の作成をしてもらった。地図があるのとないのでは、説明のしやすさや、攻めやすさが段違いに変わってくる。
そしてアクの役目は突入後にある。それは村人に扮して、人身の心を誘導するというものだ。これにはある程度村人に顔を知られていて、かつ戦闘の実力がないことが条件になる。
もし演説中にばれても商人が命乞いをして損得勘定で動いたと言えば辻褄が合うのだ。変装に気付く者がいればの話だが。
「私には役目は無いの?」
「ない。むしろ大人しく終るのを待っていてほしい」
「あなたも私をのけ者にするのね……」
エリスは落ち込んだように顔をアクから背ける。
「そんな気はないよ」
「えっ?どういうこと?」
アクの言葉に期待に満ちた目でエリスが顔を上げる。
「君には戦闘とは関係なく、占拠した後の住民の心を鎮めるために働いてほしい」
「上手いこと言うのね」
「これも大事な役目だ。何より争いを仕掛けた俺達ではわだかまりができる。そこにエリスのような女性がクック村の為を思って行動すれば住民の心も穏やかになる」
しばらくの間、エリスは無言でアクを見つめた。
「……今回は騙されてあげるわ。でも次はちゃんと私にも役目を頂戴、見てるだけなんて嫌よ」
エリスはアクの言葉が自分のことを考えてのものだと伝わってきたので、納得することができた。それでも自分は仲間のため、アクのために何かしたいと言う思いが、彼女の中で強くなっていた。
「今晩、作戦が実行される。君は馬車の中で荷物を見張っていてほしい」
「任されてあげるわ」
エリスは不満をためていたが、それ以上の文句は言わなかった。
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