邪神になりました27
砂丘は勇者達に全てを託し、命を張る覚悟をしてアクの前に立ち、全神経を研ぎ澄ませてアクと対峙する。
「少し俺に付き合ってもらうぞ」
砂丘はアクに対して初めて愛刀である武器を構えた。
どんな武器でも使いこなし、特定の武器を持ち歩かない砂丘にしては珍しく一つの武器を所持してきた。
アクと闘うことを決意したとき、自身が最も得意としている武器を手に取ることを選んだ。
「俺がこれを使うことになるとはな」
太刀と呼ばれる刀にしては太く、剣にしては鋭く細い武器を握り直す。
太刀の大きさは砂丘の身長よりも長い2メートルほどあるだろうか、その長い太刀を腰に納め、居合いの構えを取る。
「黒刀廻」
砂丘の言葉に紫苑が反応をする。
アクは殺気を滾らせる砂丘に警戒をしているのか、無言で砂丘を見つめていた。
黒刀廻は、カブラギ皇国に伝わる宝剣である。
初代カブラギが使っていたと言われる武器であり、黒刀廻を使い熟すことが絶貴の証でもある。
しかし、現カブラギ皇国に黒刀廻は存在しない。
なぜ無くなったのか、いつ無くなったのかは誰も知らない。
だが砂丘が太刀を持っているとことは、本物は彼が持っていたのだろう。
「何か聞きたそうだが、今は集中しろ」
紫苑が砂丘に質問をしようか悩んでいると、砂丘による指示が飛んできた。
紫苑も自身が置かれている状況を思い出し、思考を停止してアクを見る。
「さっきまでの戦いみたいにいくと思うなよ」
砂丘は黒刀廻を構えてアクに挑みかかった。
太刀の速度としては有り得ない剣速で放たれる居合い抜きがアクを襲う。
アクも避けようとするが軌道が変化する。
「逃がすかよ」
黒刀廻は、砂丘が使うに相応しい強度を保っている。
砂丘は大技を極力控え、廻と体術でアクを翻弄する。
紫苑のように速さだけで翻弄するのではなく、全神経を研ぎ澄ました砂丘の攻撃は威力がけた違いに上がっている。
それはアクと戦うことで速度も威力も増していく。
元々達人の域に達している砂丘が極限の状態に追い込まれ、自身の限界を超えたのだ。
暗黒龍ベルザルードに負けた砂丘、そのときはまだ未熟だった。
だからこそ、次に現れる魔王を倒すため400年間修行を怠らずにいたのだ。
黒刀廻がアクを捉える。
紫苑もアクも傷がつくなど思っていなかった。
だが、砂丘の攻撃はアクの皮膚を初めて切り裂いた。
アクの体は無数の傷跡が付いているが、砂丘が付けた傷から真新しい赤い液体が飛び散る。
「なんだよ。赤い血が出るのかよ」
砂丘は攻撃の手を緩めることなく、幾度も幾度もアクを斬りつけた。
紫苑は砂丘の鬼気迫る攻撃に動けずにいた。
アクもまた砂丘の攻撃に対して、対処を考えていた。
その間にも幾つもの傷がアクの体に刻み込まれる。
速度も威力も申し分ない砂丘の攻撃を受け続けている間にアクは避けようとせず防御に徹していた。
防御と言っても腕で顔を隠しているだけで、避けようともしない。
「このまま終わらせるぞ」
砂丘がさらに速度を増して太刀を振りぬく。
だが黒刀廻がアクを傷つけることはなかった。
「調子に乗り過ぎだ」
アクの腕に黒い影が纏われていた。
黒刀廻に巻きつくようにアクの纏う影が黒刀を受け止めた。
影が砂丘に伸びようとしてきたので、砂丘は黒刀廻を手放して小出しの魔力でアクとの間に煙幕を作る。
さらに土の魔法で鋼のダガーを作り出し、アクへと投げつける。
しかし影は全てを飲み込み、砂丘へと迫る。
砂丘はアクに近づきすぎた。
影の速度が砂丘を上回り、砂丘を飲み込もうとする寸前、砂丘を別の影が付き飛ばす。
「お逃げください」
紫苑によって砂丘が付き飛ばされる。
紫苑は砂丘の代わりに影に飲み込まれていく。
影の正体はアクが作り出したブラックホールだった。
細かい攻撃を繰り返されていたことで、ブラックホールを作るのが遅くなった。
だがそのお蔭で自身に纏わせるようにブラックホールを発動する術をアクは編み出した。
飲み込まれる紫苑を後目に砂丘は一旦後方へと移動した。
「すまない」
紫苑が完全に飲み込まれたときには、砂丘はアクの放つブラックホールから離脱していた。
アクはそれでも砂丘を追うため影を走らせるが、砂丘とアクの間にルー達三人が立ちはだかった。
「邪魔をするな。お前達を殺す気はない」
言葉を取り戻したアクは、ルー達を拒絶する。
「マスターになくても私達にはあるんです」
ルーの言葉に呼応するようにヨナとサラが動き始める。
サーラの体が青い龍へと変化していき、ヨナが被っていたフードを脱いで青白い肌に赤い瞳を露出する。
それに同時にルーの体が銀色に光り始める。
「戦うのか、俺と」
「はい。私達は私達の理由でマスターを止めたいから」
アクは愚かな者達を見るような目で、ルー達を見つめた。
アクの視線に悲しそうな顔をする三人は、それでも決心が揺らぎ事無くアクと対峙する。
アクはさっさと終わらせてしまおうと、ブラックホールの範囲を広げる。
別に殺す必要はない。
ブラックホールに取り込み離脱させればいいのだ。
アクがそんなことを思っていると、銀色に輝くルーがさらに前にでる。
ブラックホールによって吸い込まれはずだったルーを銀色の光が守っている。
「光の魔法か、だが獣人は魔法が使えないはずだが」
紫苑を取り込んだことで、アクは更なる知識を得ていた。
この世界に住まう者達の常識をアクも知っているのだ。
「私は銀狼族、獣人達の王の血を引く一族です」
銀狼族だけに与えられた力、それがオーラと呼ばれる光だった。
その光は魔を退け、闇を照らす一筋の閃光となる。
ルーの力は本来肉体強化がメインなのだ。
だが、ルーの力はそれだけに留まらない。
光が魔法を退け、道を作るのだ。
その道を竜人と魔人が手を取る。
「行きます」
ヨナが七色に輝く魔力を作り出し、サーラがヨナの足場となってアクへと特攻をかける。
「そんなあんたを見たくないんだよ」
「マスター帰ってきて」
ルーとサーラとヨナの思いがアクの胸へと突き刺さる。
はずだった・・・・
目映い光がアクを通り過ぎる。
「茶番は終わりだ」
光は確かに通り過ぎた。
だが後ろに続くものはいなかった。
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