商人になります4
セシリアからの告白の後、商店に帰るとエビスの強い要望で、もう一晩来客用の部屋に泊まることになった。セシリアのことを考えたが、今の自分にセシリアのことを思ってやれる余裕はないなと結論に至った。
王都に来て三日、そろそろ準備をしてクック村に向かわなければならない。準備にとりかかるため、エビスの事務室を訪れた。
「おはよう、エビス。本当に色々世話になったな、ありがとう。エビスのお蔭で登録が無事にできた」
「おはようございます、アク様。いえいえ、恩に報いるのにこんなことぐらいでは足りないぐらいです」
エビスの執務室に入ってきた、アクに驚くことなく挨拶を返して笑いかける。
「いや、そんなことはないさ。何より、もう一つ約束していただろう?」
「もちろん覚えています。私共と商売をしてくださると仰っていました」
「違うだろ。俺がお前たちに商売をしてくれって頼んだんだ」
「そうでしたか?」
「そうだ。俺は新人なんだ。先輩商人に取引してもらうんだ。頼むのはこちらからだろ」
「そういうもんですか?」
「ああ」
エビスが考える素振りをするが、アクは有無をいわせないといった態度で言い切る。
「そんなことより、登録は済んだからそろそろ王都を発とうと思う」
「急ですな」
「いや、元々の予定では昨日の内に発つつもりだったんだがな……」
「ははは、そうでしたか、申し訳ありません」
エビスの強い要望で滞在していたので、少し皮肉にもなるが、エビスは気にした様子もなく笑っている。アクもそれ以上突っ込む気はない。
「それでだ。発つ前に市場について教えてくれるか」
「市場と言うことは、王都のですか」
「いや、クック村について教えてほしい。今から俺が向かうのはクック村だからな」
「クック村ですか……忘れられた辺境の村ですね」
エビスはアクの目を見て、村のことについて考え始めた。
「そうだ。そこに品物を届けたいと思う。何が好まれるかわかるか?」
「そうですね……辺境ですので、なんでも喜ばれると思いますが……」
「そうなのか?」
「忘れられた村と言うぐらいですからね。行商人がたまに立ち寄るぐらいで、村には商店すらないと思います」
「そうか……それなら余計に他の行商人が持ち込まないものがいいな」
アクはクック村がそこまでヒドイ状況だとは思っていなかった。そんな村を手に入れてゲオルグたちは何をするつもりだったのか。
「それでしたらこの辺では珍しい調味料はどうでしょう。砂糖や塩は行商人から手に入りますので、カブラギ皇国でしか手に入らない醤油という物があるのですが、どうでしょうか?」
「醤油があるのか?」
「ご存じですか?」
「ああ、俺の記憶の中に鮮明にある」
バンガロウ王国周辺は、南国の島をイメージしてもらえればいいと思う。南国料理は不味くはないが、異世界にきて二週間近くなってきて、そろそろ日本の味付けの料理が恋しくなってきた。
バンガロウ王国は、果物は甘く種類が豊富にある。野菜も少し皮が固いが、元の世界と変わらない島国なので、海が近く魚料理が中心なのも元の世界と変わらない。しかし、味付けが甘かったり、塩辛く、味が濃い物が多い。
さらに、マトンという動物の肉を食べる。マトンは元の世界で言う羊ではなく、ヤギに似た動物で、牛や豚と言った定番の肉として使われている動物は食べる習慣すらない。畑でよく見る野菜も、長いナスや皮の固いキュウリ、甘味より酸味の強いトマトが代表的で、バンガロウン王国の主食はトウモロコシかサツマイモを調理したものが多い。米や麺が恋しくなってくる。
「醤油はバンガロウでも人気なのですが、なかなか手に入らないんです。最近はやっと流通が行えるようになってきたので、値段的にはそれほど高くありません。クック村の者でも手が届く値段でしょう」
「麺や米という物はないのか?」
「ほう、アク様は博識ですね」
つい記憶喪失だということを忘れて、口にしてしまったが、エビスは記憶喪失であることを突っ込まなかった。
「どちらもカブラギ皇国で主食とされているものです。残念ながら流通はありません。取り寄せれば手には入ると思いますが、ただし取り寄せる場合はかなり高値になります」
「……米が普通にあるのか……カブラギ皇国は日本に似てるのかもな」
アクが小声で囁いているのをエビスは黙って聞いていた。
「米は高いんだな」
「そうですね」
「じゃまだ米はいい。エビスの店で揃えられるもので、醤油を金貨10枚、野菜に、後は肉と魚もそれぞれ金貨10枚分、酒とワインも金貨10枚頼む。あとは武器と防具を100人分頼みたい。そうだ、馬車も一台頼めるか?」
「ちょっ、ちょっと待ってください。どこかと戦う気ですか?」
「どうしてそう思う?」
エビスの言動にアクは視線を鋭くする。
「食料はまだわかります。しかし、武器や防具はおかしい、敵対行動を取ると思われても仕方ありませんよ。何よりそれだけの大荷物をどうやって持ち運ぶんですか?」
エビスが大慌てで悲鳴のような声を出しながら質問してくる。
「問題ない。俺には収納する魔法があるからな。武器や防具に関しても、すぐにわかるぞ。それより用意できるか?できれば今日中に頼みたい」
アクの意地の悪い笑みに、エビスは大きくため息を吐く。とんでもない人にかかわっている気がしてきたエビスは冷や汗をかいていた。
エビスの中でどんどんアクという存在が恐く見えてくる。しかし、商人の魂は理を求める。アクとの大口の取引を断る道理もない。
「少し時間をいただけますか?昼食頃にはご用意いたします。失礼ですが、金銭は大丈夫ですか?」
エビスはこれだけの大口の買い物なのだ慎重にならざる負えない。アクが命の恩人だろうとそこは関係ないのだ。もらう物をもらわなければ、さすがに用意できない。
「もちろんだ」
アクはそういうと小さな財布を、テーブルの上でひっくり返した。そこから【金貨100枚リリース】と唱える。するとエビスの事務用テーブルの上に金貨の山ができあがった。
「確かめさせていただきます」
金貨にもメッキを張ったまがい物が存在するので、エビスは慎重に一枚一枚を確認していく。全部本物であると判断した。
「確かに、では早速取り掛かります。すいませんが昼食までのんびりしておいてください」
金貨を受け取るとエビスは事務室から出ていく。さっそく用意に取り掛かってくれるようだ。アクが100枚の金貨をどうやって手に入れたかというと、エビスやセシリア、他の護衛達の財布の中身をたすと金貨100枚と銀貨50枚、銅貨146枚になった。
通貨の価値を聞いたので昨日の夜の内に数えておいた。命だけは助けるが、どんな世の中でもお金はいくらあっても足りないという事はない、という事でいただいておいたお金を思う存分使ったのだ。
どうしてエビス達がそんな大金を持っていたかは知らないが、エビスに元手がどこから出ているかなど、言う必要もないのだ。それがエビス本人のお金であってもだ。
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