商人になります2
約束の話をしようにも興奮冷めやらない者達により宴が設けられた。
【セシリア帰還おめでとう会】だそうだ。エビスと使用人たちの強い要望によりアクも参加させられて、ズルズルとその日を終えてしまった。
来客用に用意された部屋で一晩を過ごし、目が覚めると真っ先にエビスの下を訪れた。
「おはよう。昨晩はご馳走様」
「おはようございます。こちらこそ参加頂きありがとうございます」
ノックをしてエビスがいることを確認してから中に入り挨拶をする。
「そうか。じゃ早速だが約束を覚えているか」
「もちろんです。商売を教えるで、よろしかったのでしょうか?」
「少し違うな。いくつか質問をするから答えてくれるか?」
「今日一日アク様のために空けましたので何でも質問してください」
「すまないな」
エビスは商人である。アク一人のために他の全てをキャンセルするなど、容易いことではないだろう。何より大商会を切り盛りしているのだ。エビスの忙しさは半端なものではない。
「いえ」
「じゃ早速だが、通貨について教えてほしい」
「通貨でございますか?」
「ああ、俺は計算はできる。ただ記憶を無くしてしまってな、この世界の理を知らないんだ」
「この世界とは妙な言い回しですな、そんな事より記憶喪失とはお困りでしょう。何でも聞いてください。私の知っていることならなんでも説明させていただきます」
通貨は硬貨が採用されていた。
青銅貨が100枚で銅貨、銅貨100枚で銀貨、銀貨100枚で金貨、金貨100枚で白金。
メモ
青銅 1円
銅貨 100円
銀貨 10000円
金貨 1000000円
白金 100000000円
「計算はできると仰いましたが、どの程度できますか?」
「四則演算は問題なくできる」
「商までできるなら、商人としては問題ないと思います」
現代の教育のお陰で中学生レベルの数学なら何とかこなせる自身はあるが、あえて低く伝えておく。
「そうか、じゃ商人にはどうすれば成れる?自分で商人だと言えば商人になれるのか?」
「確かにそれも商人かもしれませんが、私共は商人ギルドというところに所属しております」
「商人ギルド?」
冒険者ギルドのようなものだろうか?
「はい。ギルドは他にも冒険者ギルドや傭兵ギルドが有名ですね。商人ギルドは、いくつかのグループで大きな商会を作っております」
「そこに登録すれば商人って訳か」
「まぁそうですね。ギルドカードもありますので、身分証明にはなるかと思います」
商人のギルドカードは他国に身分証以外にも通行手形にもなるらしい。他国に渡るときも商人ならばそれが認められているのだ。
「なるほどな」
「あとは商会員になるためには、現商会員からの紹介が二名ほど必要ということぐらいですかな」
「一人はエビスがなってくれるんだろ?」
「もちろんですとも、後の一人も私の配下の者を使います」
どうやらすでにエビスの方でお膳立てをしていてくれたらしい。
「そんなのがいるのか?エビスは結構デカい商店を経営しているんだな」
「こう見えて、バンガロウ1の商会だと自負しております」
自慢げに胸を張ると胸よりも腹の方が前に出る。
「そうだな。後は市場調査とかになるが、今はこれぐらいで」
「もうよろしいんですか?」
会話を始めて随分経つが、精々朝食から昼食ぐらいのものだ。一日空けていたエビスとしては物足りないらしい。
「あとは商人ギルドに登録してから追々聞いていくよ」
「さようですか。ではアク様に女神の祝福が訪れるのをお祈りしています」
「ありがとう。あと商人ギルドの場所を教えてくれるとありがたい……」
「そうでしたな。出掛ける時に声を頂ければ供をつけましょう」
エビスの承諾を得て、部屋を出る。エビスも暇ではない、一日空けたと言っても無理矢理なのだろう。それなら聞きたいことを聞いて、長時間拘束するのは悪いと思ったアクなりの配慮だった。
昼食も好きに食べていいという話だったので、使用人たちが使う食堂で昼食をとり、部屋で準備を整えてから裏扉の前に来ると、セシリアが立っていた。
「お待ちしておりました、アク様」
セシリアは昨日の呆けた感じがなくなり、エビス似な丸顔と赤い髪、少女から女性に変わる境目のふくよかさが彼女の魅力を引き出している。見た目よりも動きやすそうな服装に、ブーツを履いた格好でアクを待っていた。
「セシリアが案内してくれるのか?」
「はい」
ヒマワリのような明るく人懐っこい笑顔で返事をする。なるほど、愛嬌のある可愛らしい笑顔だ。確かに向けられて悪い気はしないな。
「アク様。改めて父のこと、私のことを助けて頂きありがとうございました」
「昨日散々ここの連中にも言われたからもういいさ」
「ですが、私は助かったときに呆けてしまっていて、ちゃんとお礼が言えていませんでしたので」
「律儀なことだ。そんなことより案内してくれるんだろ、行こうか」
「はい」
セシリアは本当に嬉しそうに返事をする。セシリアは今年15歳になり、結婚話も出ているらしい。これだけの愛嬌があるのなら、貰い手はいくらでもいるだろう。
「アク様、着きましたよ」
「早いんだな」
「うちの商店はメインストリートですから、どこに行くにも便利なんです」
そういって胸を張るが、胸はまだまだ発展途上で控えめなものだ。こういう仕草はエビス似だなと可笑しくなる。
「そうだな」
「アク様、何か違う事を考えていませんでした?なんだか失礼なことを」
「……いや、別に考えてないよ」
鋭いセシリアに、内心を言い当てられてドキドキしてしまう。何とか誤魔化して中へ入るように促す。
「ふ~ん、いいですけどね」
ジーと俺の目を見つめてくる。少し膨れているのがまた可愛らしい。もし妹がいたらこんな感じかな。
「まぁまぁとにかく入ろう」
目線を逸らしたのはアクの方が早かった、話を逸らそうと早足になる。
「やっぱり考えてたんですね、もう知りません」
怒っているという感じで動かなくなったセシリアを宥める。宥めて商人ギルドに入るのに10分ほど問答をしたが、何とか帰りに甘い物を買うことで許してもらえた。さすがは商人の娘、タダでは転ばない。
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