大悪党になります7
ヘーゲル王はバンガロウ王国からの侵攻を受けて、国民に一つの号令を出した。
それは何とも恐ろしい命令だった。
ヘーゲル王国は連邦の中で、もっとも人口の多い国なのだ。
バンガロウ王国の人口が1万に対して、ヘーゲル王国の人口は10万。
バンガロウが最南端に対して、ヘーゲル王国は連邦の最北端に位置し連邦の中でも商業が発展しており、人も物も全てが揃っている。
民にしても少人数のバンガロウが攻めて来ても何を恐れることがあるという程度にしか思っていなかった。
しかし、王だけは違っていた。
王が出した命令は、全て民は非武装となり兵士の盾になることだった。
もし逆らう者が居たならば、その場で処刑してもかまわないと王が命令を出したのだ。
これには我関せずを貫いていた民も焦りを感じた。
民の代表として、商人ギルドマスター、冒険者ギルドマスター、教会のシスターがそれぞれ王に謁見を求めた。
しかし、その悉くを王は追い払い、元帥の死後新たな元帥に就任した、我が子である、皇太子のシュンクレイ・マルテス・ドグサ・ヘーゲルに処刑を一任した。
「息子よ。首尾はどうだ?」
「かなり抵抗している者がおりますが、兵士の数と暴力に圧倒されて鎮圧は近いと思われます父上」
「うむ、我が息子ながら素晴らしい手腕だ」
シュングレイはヘーゲルを尊敬し、父のようになりたいと常に考えていた。
それは暴君に憧れ、自分も暴君になりたいと宣言する行為だった。
「ありがたきお言葉」
そのため父の言葉は絶対であり、逆らう意味すら浮かんではこなかった。
この宣言により、バンガロウ侵攻はかなりの遅れと双方多大な被害を出すことになる。
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「どうなっているんだ」
ハッサンがシーサイド王国を経由して、ヘーゲル王国西海岸から上陸すると街の中には人が一人もいなくなっていた。
街は建物も船も置きっぱなしにされていて、負けを重ねて侵攻に備えて避難したのならわかるのだが、戦いもせずに人がいない状況に困惑することしかできなかった。
港がもぬけの殻では侵攻してくださいと言っているような気がして気味が悪かった
「分かりません。とにかくこの場を調べてみましょう」
ダンの提案により、罠がないか慎重に調べることになったが、何もみつけることはできなかった。
むしろ食料庫には食料があり、建物もそのまま残されているので雨風も凌げて行軍続きのバンガロウ兵には嬉しい休息がとれる。
ハッサンとダンは村長の家らしい一番大きな家を軍本部として使う事にした。
「それより本当にここが俺らが攻める港で間違いないんだな」
シーサイド王には隣の港を攻めてもらっている。
ハッサンは知らないが、シーサイド王もハッサンと同じような状況になっており、もぬけの殻の港に困惑していた。
「これは本当にどういうことだ?」
ハッサンが頭を捻ってもいい考えは思い浮かばないので、ダンに質問といて投げかける。
「考えられるのは、各個撃破を避けるために砦や門に集結させているか、あるいは本隊である私達が上陸する場所を特定されて、別働隊に対して攻撃を行うために戦力を集中させたのではないでしょうか」
「なるほどな、すでに防備を固めたか、アク達のとこに兵士を集結させて差し向けたかってことか。それはヤベーんじゃねぇのか」
「そうですな。相手の動きが迅速です。かなり切れ者の軍師がいるのかもしれません」
「とにかく今は近くの味方だ。シーサイド王に連絡を取ろう」
ハッサンが結論を出している頃、東と南から二手に別れて攻めることになった。
ドイル、リバーサイド王、アク、アース連合は苛烈な戦いを強いられていた。
ダンの読みは正しかった。
へーゲル王の指示により、本隊らしいハッサン達を避けて得体の知れぬアク達の別働隊にへーゲル王は兵を集結させた。
さらに民衆に対して出した号令により、民衆は兵の盾となり人の壁を作っている。
そのため、アクは民衆を殺すわけにはいかず、攻めあぐねていた。
「どうするのだマスターよ。リバーサイドの増援に向かったケルイからも指示を求める狼煙が上がっているぞ」
アクの頭はフル回転していた。
現状を打破する方法はないのか、敵軍3万プラス民衆の盾3万、数だけで言えば6万の軍勢に詰め寄られている。
アク達はリバーサイドの軍勢を入れても1万と少しなのだ。
港に上陸したまではよかったが、その後が悪かった。
ハッサン達同様に調査をしていたが、調査途中に軍勢が押し寄せてきたのだ。
現在は弓や槍の雨を降らされている。
こちらから反撃しようとしても人の壁により阻まれ、一方的な攻撃がすでに一時間以上も続いているのだ。
アクとヨナが前線に出て、防護壁を張ることで何とか被害を最小に抑えているが長くは持たない。
反撃に転じたいが、アクが防護壁を消してしまえば傷ついた者は確実に助からない。
リバーサイド王の下にはケルイと三龍人を使わせることで、なんとか持っていると連絡を受けている。
どうすれば・・・
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「ルー様、このままでよろしいのですか」
黒豹族のアンリがルーの前に膝をついて問いかける。
「アンリ・・・どうして」
アンリの行動に戸惑うルーにアンリは言葉を続ける。
「ルー様、私はずっとあなたを見守っていました。私はあなたの影、あなたの忠実なる僕です」
アンリの目は、いつものルーをからかうような表情は消え去り、真剣な目でルーを見つめていた。
「どういうことか説明をして」
アンリはルーの素性について知っていた。
ルーが獣王の血筋であり、銀狼族最後の生き残りだということを。アンリの父もお爺さんもずっと獣王を護る仕事をしていたのだ。
ルーが子供のとき、銀狼族の集落が人間の襲撃を受けて滅びを迎えた。
黒豹族も同じ襲撃を受けて滅びを迎えようとしていたが、アンリの父はルーを護り、そして支えになるようにと言い残してアンリに全てを託して逝った。
「そんなこと知らない。どうしてアンリが!それに今までどうして言ってくれなかったの」
ずっと孤独だと思ってきた。
しかし、自分を見守ってくれている人が傍にいた。
ルーにはそれだけで嬉しさが込み上げてくる。
「ルー様が成人するのを待っていました。成人した銀狼族は特殊な能力を授かります。ルー様にも心当たりがあるのではないですか」
ルーは成長と共に人体強化が他の獣人よりも優れていることに気付いていた。
そして、成人を迎えたルーは体の変化に気付いていた。
「血の力なの」
「そうです」
アンリが頷いたことで、ルーはある決意をする。
それは大切な人のために力を使うということ、前線でずっと戦い続けているアクは精神力をすり減らして皆を護っている。
ヨナもシーラもそんなアクと一緒に盾の役目をしている。
ならば自分はアクの剣になりたい。
「アンリ、力を貸してくれる?」
「もちろんです」
アンリが力強く頷く。
黒豹族にも銀狼族ほどではないが特殊な能力がある。
二人は互いの力を確かめ合い走り出す。
銀と黒の二つの閃光が戦場を駆け巡る・・・
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