大魔王になります3
砂丘が城を出てからは酷い日々が続いた。
人族と獣人族の戦争は、勇者達が戦争に参加したことで激化した。数で勝る人族が、魔法や兵器を駆使して獣人を圧倒し始め、それでも倒せない獣人の幹部が現われると、異世界から召喚された勇者達が幹部を討伐する。次第に獣人達の数は減っていき、獣人族も事の重大性に頭を悩ませ始めた。
「どうするのだ!このままでは普人族に負けてしまうぞ!」
獣人族の幹部、黒猫族ジャガーが叫ぶ。
「わかっておる。しかし、奴らの兵器は巧妙に作られていて、ワシらでは作ることもできぬ」
対して獣人族軍師フクロウ族族長ヨルノクが言葉を返す。人族の事を獣人達は弱者として、普人族と蔑んできた。しかし、戦争が始まると、どこからか発明した兵器を使って、普人族が獣人族に対抗してきたのだ。さらに異世界より召喚した者達によって、多くの幹部が倒されていった。
ここに顔を揃えた幹部も五人と、かなり数を減らしている。他にも五人の幹部がいるが、それぞれ最前線を支えているので参加できるのはこの数しかいないのだ。
「どうするつもりかな獣王?」
ヨルノクが中央に座る獣王、銀狼族シルバーに話を振る。
「このまま無闇に戦いを挑んでも犠牲を出すばかりだ。アース大陸中央まで後退しつつ、前線にも指示を出すしかあるまい」
「それは……仕方ないでしょうな。それで、誰に殿をまかせますかな」
後退をしようにも前線を支える指揮官が居なければ後退もできない。
「鬼人族の者と、竜王に頼もうと思う」
「本気ですか、どちらも獣人ですらない。我々の戦いに力を貸してくれた方々ですぞ」
獣王の発言に今まで黙って聞いていた。赤猿族族長が言葉を発する。
「仕方あるまい。これ以上獣人を減らさないためにも、他の種族に犠牲になってもらわねばならぬ」
獣王の決断に幹部達も黙るしかなかった。最後の幹部、白熊族ベアールが席を立つ。
「どこに行くのだベアール」
獣王の言葉にベアールは足を止める。
「友を見捨てることはできぬ、この作戦は確かに彼らに伝えよう。但し、我も殿に残る。獣人が誰もいないのではカッコも付くまい」
ベアールはわかっていた。自分がこうして言葉を発しなければ、獣王自ら殿を務めようとしていたことを……獣王とはそういう男なのだ。
「すまぬ」
ベアールの気持ちは、獣王にも届いていた。ベアールの気遣いを汲み、獣王は後退の指揮をすることにした。一人でも多くの獣人を生かすために奔走した。
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前線のとある戦場。鬼人族はある決断をしようとしていた。それは鬼人族に伝わる怪物の封印を解き放つものだった。その怪物は七つの頭を持ち、強力な魔法を使うという伝承がある。鬼人族の先祖が命を賭して封印した怪物を、解き放ち普人族にぶつけようと考えたのだ。
「本当によろしいのですか、若」
鬼人族の青年が封印の祠の前にきていた。その青年に壮年の鬼人族が声をかける。
「仕方あるまい。もう我々だけでは戦いにならぬ。今は獣人達が逃げるため、少しでも時間を稼いでやりたい」
「それは我々鬼人族が滅んでもですか」
壮年の鬼人は悔しさが滲む声で、青年に言葉をかけた。
「ああ。我は決めたのだ。獣人族のため、いや誰かのために役に立てるのならば、意味のある死なのではないかとな」
「若の言葉、しかとお受けしました。どうか若は祠の外でお待ちください」
「弁慶はどうするのだ」
「私が封印を解きます」
「すまぬ」
「何を仰います。ワシは若付きになれて幸せでしたぞ」
弁慶と呼ばれた鬼人は、本当に嬉しそうに笑った。若と呼ばれた鬼人も弁慶に笑顔で応えた。二人は今生の別れを笑顔で済ませ、互いを想い合った。若が祠の外まで避難すると、すぐに地響きが起こった。それはだんだん大きくなり、山一つを崩してしまうのではないだろうかと思えるほどに大きくなった。
若は祠の外にある岩に隠れていた。そして祠から出てきた怪物を見て、若は腰を抜かしそうになる。己にも役目がある、気持ちを奮い立たせ足を叩いて立ち上がる。急いで距離を取り、魔法を放った。
若は鬼人族と人のハーフなので、少しだけ魔法を使うことができる。巨大な怪物は突然魔法を放たれて、目覚めるには十分な衝撃を受けた。
「こっちだ!化け物、私が相手だ」
若は魔法を放つと猛スピードで逃げの一手を取った。怪物も攻撃をしてきた相手を逃がすわけにはいかない。二人の追いかけっこは一日中続いた。そしてボロボロになった若が、最後にたどり着いたのは、人族と獣人族が戦う戦場が見える丘の上だった。
丘の上から若は勢いよく、戦場の真ん中に飛び降りる。化け物も若を追いかけるように戦場へと降り立った。そこには多くの獣人が苦しみ撤退するところで、そして普人族が勝ち鬨を挙げようとしているところだった。
事は若が考えた通り上手くいった。巨大な化け物は自分を攻撃した者を探したが、化け物の姿を見た普人族は怯えて化け物に魔法を放ってしまったのだ。化け物は追いかけていた男の事など忘れて、そこに存在する人々を誰彼かまわず蹂躙し始めた。
人が作った兵器は化け物に通じず、魔法師一人の魔法では化け物に傷をつけることはできても、すぐに回復してしまう。
若と呼ばれた鬼人は飛び降りた衝撃で両足が折れて、身動きができない状態でガッツポーズを取る。
「やったぞ。俺は目的を果たしぞ。弁慶」
若は自分の言葉を聞いている者などいないと思っていた。
「あんた良くやったな」
フードを深く被った男が、大の字に倒れている若に話しかける。
「なんだお前は?」
「俺か?俺は世捨て人だ」
「世捨て人?」
「この世界に絶望して、世を捨てた者だよ」
「その世捨て人が、どうしてこんな戦場にいるんだ」
「あんたの働きを見ていた。そしてあんたに協力したいと思ったんだ」
「協力?」
「ああ。あんたが望むなら傷を治すことも、あんたを強くすることもできる。どうだ?協力を求めるか」
「俺は、俺の目的は果たした。もう思い残すことはない」
フードの男の申し出は、若には遅すぎる申し出だった。
「本当にそうか?あんたには家族はいないのか?友人は?助けたいと思う者は?同胞は今も戦っているのだろう。見捨てるのか」
世捨て人が言う言葉に若は動揺する。若は、若と言われているのには理由がある。
「俺は、俺は王族なんだぞ。同胞を見捨てない」
「そうか、あんたは王か」
「世捨て人とやら、まだ先程の言葉は生きているか」
「先程の言葉?」
「俺を治して、強くしてくれるって言っただろ」
「あんたが望むならな」
白い肌に黒い髪、額に角を生やした鬼人の青年は、フードを被った怪しい世捨て人の手を取った。
生きるために、同胞を助けるために。
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