死神になります12
ハッサンはリバーサイドが負けた時に、アクから授けられた策を本当に実行しなければならないか考えた。アクは犠牲を出すのを極力嫌う。しかし、必要な犠牲は厭わない。
ハッサンもそれはわかっているが、女王を見捨てることが本当に必要なことなのか、この作戦を実行していいのか最後まで悩んだ。だが、相手の数は三倍以上いるのだ。自分にそれを打ち砕く策はない。
「反撃の開始だ。野郎ども行くぞ」
ハッサンは自分を奮い立たせるように顔を上げた。アクの策はリバーサイドの港に火を放ち、港を海に沈めるというものだった。もちろんリバーサイドの港に残っている味方を道連れに、敵を焼き殺す策は非情である。海に逃げ込んでも逃げ場がないようにドイルには先回りして、ある物を海に撒いてもらっている。
相手も女王の命令を無視して、兵士のみでこんな作戦を採ってくるとは思わないだろうという。一国の王の命を囮にした作戦だった。
「ダン。最後の大仕事だ」
ハッサンはダンにバンガロウ兵二千人を全て与えて、仕掛けを起動させるために行動に移らせた。さらにハッサン自身は五千人の兵を連れて港を見下ろす丘に陣を敷く。
「何のつもりだ。こんな事をすれば姉さまは本当に殺されてしまうぞ」
「そのつもりだ。俺は死んでくれと頼んだ。そしてあいつはそれを受け入れた」
「なっ!私はそんな話聞いていないぞ」
「だからこそ、あそこには最小の兵士しか残っていないんだ」
「そんな!」
アマンダは初めて聞く作戦の内容に驚愕する。アマンダが打ちひしがれている間にハッサンは号令をかける。号令が上がるとリバーサイドを包み込むように炎の柱が上がった。
三百六十度、海からも、山からも、リバーサイドの港を包み込むように炎は上がる。海に滞在していた船を飲み込み、大爆発を引き起こしていく。さらに港を炎が包み込もうとした瞬間、炎がその猛威を止めた。
「なっ!何が起きているんだ」
ハッサンは突然止まった炎に驚いて港を見る。そこには青い光が立ち上がっていた。青い光は港に入港している船を守り、炎が港に入ろうとするのを塞き止めていた。
「なんだあの光は」
ハッサンは何が起きているのかわからずに体を乗り出す。泣き崩れていたアマンダも顔を上げる。巨大に膨れ上がっていた炎は、まるで壁に当たったように動かない。止まったまま巨大だった炎は小さく沈静化していく。倒せたのは船にして半分、兵にして1万、確かに大打撃を与えることはできた。
しかし得体の知れない力が炎を消してしまう。あまりにも不可思議な光景にハッサンは言葉を失った。
そんなハッサンを責めるように、アマンダがハッサンに視線を送り、これからどうするのか訴えてきていた。
ハッサンはアクからまだ策をいくつか言い渡されてはいるが、あの青い不思議な光に効くのだろうか、そして本当にバンガロウから援軍が来るのだろうか、自身の中で生まれた不安、疑問はハッサンの中で勝手に膨れ上がり、判断を鈍らせた。
そしてハッサンはアクの策を忘れ、シンプルな考えに至った。
確かめればいい、青い光の正体を自分自身で、アクからは絶対に相手と接触するなと言われていた。接触するときは援軍が届いてからだとも言われていた。しかし、ハッサンは頭で考えるのが得意ではなかった。体で感じるタイプなのだ。
「全軍、突撃!」
ハッサンの声が号令となり、小高い丘に布陣していた五千人が駆け下りる。仲間を救うため、不思議に思えた光景も不気味だと思った思いも全て忘れて走りだした。
ハッサンは勝利を信じて、五千人の兵が流れ込んでいく姿にダン、ドイルも応じる様に左右から兵を突撃させる。七千に及ぶ兵が港に流れ込もうとした。
しかし、先程の炎同様に青い光が壁となって港に入る兵達を弾き返す。青い光の正体は水の柱だった。
水の柱は高圧水流となり地面から吹き出し、壁となって行く手を阻んでいるのだ。
触れた者は体を切られ、四肢を失う者が続出した。最悪の場合は死んだ者もいた。
「これが青い光の正体か」
ハッサンは自分に打つ手がないことを悟る。魔法によって作られたウォーターウォール、同じだけの質量をぶつければ消すこともできるかもしれないが、それは極大魔法で召喚した炎以上の力があることが証明されていた。それだけの魔法を使える者がここにはいない。極大魔法もアクの策で作り上げたものなのだ。ハッサンの力では風穴を開ける事すらできない。
「どうすればいいんだ」
ハッサンの叫びを聞いて、仲間の全滅を予想して誰もがウォーターウォールの前で絶望した。
ーーーーーーーーーーーーーー
時間は少し遡り、ハッサンがダンと合流して作戦を実行するため動いている間に、十五人の兵士がテリーによって殺されていた。テリーはグリンダの目の前で若い者から命を奪っていった。
グリンダに罰を与え、絶望を植え付けるためにだ。
「残念だ女王、どうやらお前は捨てられたらしいな」
「最初から我は死ぬつもりだった。せめて仲間を嬲り殺した貴様を道連れに死んでやる」
グリンダは呪うようにテリーを睨み付けた。グリンダの叫びが通じたように港を覆うように炎の柱が上がった。港を包むように炎が上がってもテリーは冷静だった。テリーの体から青い光が溢れだし、青い光は大きな壁となって炎を受け止めた。
「貴様は本当の化け物か」
グリンダはハッサンに伝えられていた策が完成したと思った。しかし、現実は残酷なものだ。アクがグリンダの命をもって実行しようとした策を、テリーは正面から打ち砕いたのだ。
「一人ではない。俺には水の神がついている」
グリンダは知らない。この世界には精霊と呼ばれる存在がいることを、精霊は魔力の素質がある者に更なる力を与える。
「ポセイドン、更なる力を」
テリーの声に応えるように水の柱は強さを増して炎を消してしまう。
「これでお前たちの策は潰えた。そして残念なお知らせだ。ここにいる者達は負けを認めてはいないことがわかった。君達は我々に反抗した報いを受けてもらわねばならない」
テリーはそういうとグリンダから見える範囲にいた兵士の首を刎ね飛ばした。
「貴様っ!!!」
グリンダは一人残されて叫ぶことしかできない。
「これは報いだ。罪を犯した者には罰は与えなければならない。セントセルスの教えだ。あとは壁の向こうにいる者を全て殺してからお前を殺す。それでこの戦いは終わる」
冷たい、どこまでも冷たい目でテリーはグリンダに最後通告をした。
「そんなことはさせない。私がお前を倒せば全て終わる」
「それも一つだがお前には無理だ」
テリーがそういうとグリンダは意識を失った。
「気が付いたときには全てが終わっている」
テリーはウォーターウォールを更に拡大して、一気に生きている者を殲滅するため力を込める。だがいくら力を込めても、ウォーターウォールはそれ以上動かなかった。
「やり過ぎだ。バカ」
いつの間にかテリーの前に一人の男が立っていた。何処から現れたかわからない、その男は剣を背中に二本、腰に二本の剣を四本持っていた。
男は体から黄色い光を発生させて、テリーの前に対峙していた。
いつも読んで頂きありがとうございます。




