閑話 その他の勇者達29
開戦を目前に控えたセントセルス神興国軍はソクラテス港街から海を見ていた。神興国軍の中心にいるコウガは笑っていた。
宣戦布告を受けたバンガロウ王国は、セントセルス神興国軍を迎え撃つ構えを見せた。さらに左右に見えるシーサイド王国、リバーサイド王国の両国に、不穏な動きがあると連絡が入っている。
このまま海に出れば挟撃されて三方向から攻められるかもしれない。それでも神興国軍が誇る軍艦で圧倒できなくはないが、相手に更なる秘策があっては勝てないかもしれない。コウガが選んだのは、隊を三つに分けて、両サイドの島を同時攻略するというものだった。
「どうですか、皆さん。決断の時です」
コウガはセントセルス神興国軍として集まった聖騎士達に作戦を伝えた。
「それでは不意打ちにならないか?我々はあくまでバンガロウ王国へ警告しにいくだけだ。戦闘をしに行くわけではない。この大軍勢もアースへ乗り込むためのものなのだぞ?」
聖騎士たちの中には未だにバンガロウ王国と戦争をしようと思っていない者もいる。
「甘いですよ。あいつらは亜人共と交流を持っているのです。徹底的に駆逐しなくては」
それに対して熱狂的な信者となったコウガは興奮していた。そんな様子に会議に集まった聖騎士達の半分は困惑した顔をしている。もう半分は、すでにコウガの作戦に賛同しているのだ。
「それでシーサイド及びリバーサイドに攻撃をしかけるのは構わない。それは相手に悟られないために何か作戦はあるのか?」
聖騎士の中でも、重鎮の一人がコウガの作戦を支持するように話を促す。
「それも、これから説明しますよ」
コウガは重鎮に頭を下げる。説明を聞いたセントセルス聖騎士達は、兵を六万、二万、二万と三部隊に分ける事に同意を示した。
反対派は本当にうまく行くのかと不安に思っていたが、反対派だけで纏めた六万もの軍勢が残ること、それぞれの部隊を指揮するのは、コウガと筆頭聖騎士であるテリーということなので、責任は二人になすりつけられると判断したのだ。
コウガは反対派の心を上手く利用し、自身の作戦を支持するように伝えたのだ。 それぞれの思惑の下、コウガの作戦は合意に至った。
「上手くいったな、コウガ」
「ああ、テリー。後はお前の二万と、俺の二万で左右から両方の島を一気に叩くぞ」
「反対派の奴らは俺達に手柄を取られて、忌々しい思いをするだろうな」
「そうか?反対派の奴らが相手にするのはバンガロウだぞ。しかも、六万の軍勢を残してだぞ。今頃俺達の事を馬鹿にしてるんじゃないか?」
コウガは素直なテリーの言葉を聞いて、相手が思っていることを伝えてやる。
「そうなのか?」
「テリー、お前はもう少し人の事を疑った方がいいぞ」
「そんなもんか、俺にはわからん」
コウガは反対派の考えを読んだ上で六万を残したのだ。それに対してテリーは実力はあるのだが、人の上に立つには経験の足らない男だとコウガは思っている。
それでもこのテリーがいたからこそ、二万もの兵を三分割する作戦を思いつき、今の結果を得ることができた。
正面から堂々と行っても勝てるかもしれないが、念には念を入れなければならない。聖女様のためにコウガは失敗するわけにはいかないのだ。
コウガの心に失敗する事を許さない自分がいる。戦闘開始前夜テリーと酒を酌み交わし、コウガは眠りについた。
朝早く目を覚ましたコウガは港に行く。港にはコウガが指揮する二万の軍勢を乗せる船が停まっていた。
「うん?こんな時間に誰だ?これは軍の船だぞ」
「ああ。わかっている。君は?」
「はぁ~?俺はこの船の整備師だ。この船は俺がいなくちゃ動かねぇよ」
整備士を名乗った男は、愛おしそうに船を撫でる。
「そうか。君が整備長のオノノスか」
「なんで俺の事を知っているんだ」
「今日この船の艦長を務める聖騎士コウガだ」
「なっ!これは失礼しました。艦長殿」
「いいさ。俺は小さなことにはこだわらない。この船が今日最高の仕事をしてくれれば問題ない」
「それはまかせてくんなせい。最高の仕上がりになってますぜ」
オノノスの言葉にコウガは頷き、船へと乗り込む。
「オノノス、船は君の方が詳しい。俺の事を助けてほしい」
「ははは。艦長殿は変わった方ですな。聖騎士様方は誰もが偉そうで、俺らなんかに助けてほしいなんて言いませんよ」
「そうかもしれないな。でも、君達の働きがあるから戦えるのだろう?」
「ははは、本当に面白い人だ。俺はあんたを気に入ったよ。最高の船の旅を、艦長殿にプレゼントすることを誓いますよ」
「頼む」
コウガは素直にオノノスに頭を下げた。
「変わってるな~」
コウガが去った後、オノノスは船に乗る者全てにこの話をした。殆どが半信半疑で聞いていたが、いざ出陣の時間になり、二万の軍が二十隻の船に分けられることになり、コウガは皆に語りかけた。
「我々の戦いを聖女様に捧げるために、みんなの力を借りたい。俺は海では未熟だ。それでも戦には勝ちたい。そのために君達一人一人の力がいる。この聖騎士コウガに協力してほしい」
二万人の前でコウガは頭を下げた。それは下級階級の者達にとっても、同じ聖騎士達にとっても衝撃的な出来事であった。またコウガという男が、他の者にとって英雄になるだけの素質を持った者だと示した瞬間でもあった。
「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」
コウガの演説を聞いた兵士達は歓声を上げた。その歓声は港中に広がり、出陣の合図になった。
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