死にたがりの僕が見つけた生きる理由。
死にたい。
もう、死にたい。
いつ頃からかそう思うようになっていた。
そして、いつでも死ねる場所を探して辿り着いたのが、この高校の屋上だった。
寒い冬の時期にここに来るような物好きは僕の他には誰一人としておらず、高い場所から慣れ親しんだ街の様子を眺めて時間を潰していた。
いじめられているからここに居るわけではない。
理由と言えるようなはっきりとしたものは何一つなく、強いて答えられるものは、ただ何となくとだけだった。
ただ、トイレに行きたくなるのと同じように。
ただ、ご飯を食べたくなるのと同じように。
僕にとってはそのような、普通に日常の中に侵食している感情の一つだった。
生きていく上で、必然的に求めてしまう生理的欲求と何一つ変わらないものだった。
なぜ、死に引かれているのかは僕自信もよくはわかっていない。
どうしてそこまで魅了されているのか考えてみた時、思い浮かんだ答えは、一つだった。
それは、死というのは一度きりしか味わう事のできない経験だからだ。
一生の中で一度きりしか味わう事のできないそれは、とても魅力的で、気がついた時には僕の事を魅了して止まなかった。
いくつもの死線を掻い潜って来た人は、生きていることが奇跡だ、これほどの幸福はないと語るだろうが、僕が今こうして生きていることも奇跡と言う点では相違ないと思う。
幾度も線路の中へと飛び込もうかと考えた。
刃物を見てはそれを手首に滑らせたらどうなるのかと、幾度も考えた。
だが、それらは全て考える段階で留められていた。
実行できなかったのは勇気がなくて、怖じけ付いたかじゃないのか言われそうだが、はっきり言って、わからない。
線路の中に飛び込もうと考えたとき、回りにいる人に迷惑が及んでしまうと思い、動かそうとしていた足が止まってしまった。
刃を手首に滑らそうとした時も、後処理が大変そうだな、と思い、皮膚に触れた冷たさがそれ以上食い込む事がなかった。
結局僕には自分、と言うものがないからだだと思う。
回りの視線が気になってしまうから、躊躇いが生まれ、実行に移せないでいるのだろう。
今も、この目の前にあるフェンスを越えようと考えるだけで、行動には移せていなかった。
学校で飛び降りなんかが起きたら、いじめがあったんじゃないか、とか要らぬ事で騒がれそうで、学校に迷惑がかかってしまいそうで、実行できなかった。
高さは僕の身長より50センチほど高いが、その気になれば簡単に乗り越える事のできてしまう小さな障害。
それよりも大きな障害となっているのが、他者からどう思われるか、と言うことだった。
死んでしまえば後の事など僕には関係ないのはわかっているのに、それでも他者の視線が気になり、枷となってしまう。
そんな僕が嫌で仕方がなかった。
だから、たまには反発をしてみようとフェンスに手を掛けてみた。
ギシッ、と小さく音を立てて軋む。
次に足をフェンスに掛け、地から身体を浮かした。
再び、フェンスが小さな音を立てて軋む。
無我夢中に、一心不乱によじ登りフェンスの頂きにと辿り着き、腰を下ろして下界の様子を見下ろした。
フェンスの網目が消え、クリアになった世界は今まで見ていたものとは別のものに僕の瞳には写っていた。
通り抜ける風が冷たく肌を切るようなのに、なぜだか心地よかった。
一番高いところから見た街の景色はなぜだか綺麗に見えた。
そして、真下を見下ろした。
四階建ての校舎の屋上から見下ろす地面は思っていたよりも低く、飛び降りたとしてもほんの数瞬しか浮遊感を味わえないのは勿体ないと思い、ここから飛び降りるのは止めよう、と思った。
一度切りしか味わえないものなのだから、もっと特別な死に方がしたかった。
気持ちを改めたその時、引っ張られるような感覚と共に身体が傾いだ。
下を向いていた視線が街を捉え、空を見上げた。
小春日よりといっても差し支えのない、澄んだ青空が広がり、身体に浮遊感が襲いかかった。
そして、フェンスが視界に入ると同時に身体にかかった衝撃、痛みが背中から全身へと広がり、息ができなくなり、青く澄んだ空の色が、褪せ、暗く消え失せた。
消え行く意識の中でうっすらと思考が働く。
あぁ、死ぬってこういうことなんだ。
こんなにも痛くて、苦しくて、辛いものなんだ。
全然、快楽でも何でもないんだ。
どうして、こんなことになったのだろう。
そんな後悔だけが、薄く儚い意識を埋め尽くした。
そして、それすらも消えた。
……………………。
………………。
…………。
……。
。
なんで死のうとしていたのだろう。
今さらながらそう思っていた。
全てが今さらだった。
もう、手遅れだった。
そう思っていたはずなのに、消え去った意識が形を取り戻し、身体の中に甦った。
視線の先にあるものは青空でなければ、街の風景でもない。
あるものは見慣れない天井だった。
ここは……どこ?
薄い意識の中、僅かに動く首を動かし辺りを見回す。
天井から下ろされた一枚の大布。それがカーテンであることを理解するのに一瞬の遅れがあった。
鼻をつく薬剤のような匂い、柔らかいベッドの上に寝かされていることに気がついて、ここが病院ではないか、と思った。
僕以外の誰もいない病室。そう思っていたが、近くで人の動く気配を感じ取った。
首だけを動かし、そちらを向くと、そこにいたのはどこかで見たことのある人物だった。
顔は見たことがあるけれど名前を思い出せない彼女。
ボーッと彼女を眺め続け、どこで見たのかようやく思い出せた。
彼女はクラスメイトだ。
けれど、なんでこんな場所にいるのだろうか?
腑に落ちない表情で彼女を見つめていたら、視線が重なり、僕が目を醒ましたことに気がついたようだった。
その瞬間、驚いたように目を見開き、みるみる内に瞳が赤く変わり、涙を流していた。
なんで彼女が泣いているのかわからなかったが、うわ言のように彼女が生きていてよかった、と呟いているのが聞こえて、僕が生きていることに安堵しているんだ、と理解した。
理解はしたけれど、理由が全くわからなかった。
「生きててよかった。本当によかった」
僕に語り掛けられるその言葉、だが、返す言葉を持たない僕はただ黙って聞くだけだった。
「あなたが屋上のフェンスの上に座って下を見ていたから、飛び降りるんじゃないかって思って、急いで引き下ろしたの」
彼女が、今に至るまでの経緯を話してくれた。
と言うことは彼女が、僕をこんな風にした張本人ということなのか。
「お願いだから、もう、自殺とか考えないで」
赤く張らした目で見つめられる。
そういえば自殺をしようと考えていたんだ、と思い返していた。
「その、勇気があるなら、別のことに使ってみてよ」
説教臭いことを言われたが、そんな考えは僕の中にはないもので、そんな考え方がるのかという衝撃が走った。
そうか、死にたいという気持ちを他のものにぶつけてみればいいんだ。
死ぬことと比べてみれば他のことなど、取るにならないような簡単なことじゃないか。
死ぬ気で取り組む、というのを実践してみればいいだけのことじゃないか。
そんなことに今さらながら気がつかされた。
「だから、私も勇気を振るって言いたいことがあるの」
そういわれ、彼女に今一度意識を集中させ、言葉が紡がれるのを待つ。
赤く晴れていた瞼はそのままで、それが顔全体に飛び火したかのように顔全体を赤くさせ、その言葉が僕に向けて紡がれる。
「あなたのことがずっと好きでした」
振るわれた勇気と共に、笑顔が僕に届くのだった。
どうも337(みみな)です。
この度は『死にたがりの僕が見つけた生きる理由』を読んで頂きありがとうございます。
今年もどうにか冬童話に参加することができました。
ちなみにこの小説を書き始めたのが今日のの11時50頃からでありまして、受付終了が今日の13時ということなので、本当に時間ギリギリの投稿です。
だから、間に合ってよかったの一言です。
ひとまず、あとがきはここまでにして、後で活動報告の方で何か語ろうと思います。
では、ありがとうございました。