勇者が居座ったので絶賛不幸中の妹殿下の話
とある魔人領のとある魔王城にそれはそれは不憫な王妹が一人いました。
彼女は力も強く(当代二位の実力者)性格は真面目、顔は幼さが強いがそれでも可愛らしい。
地位も能力も性格も容姿も全てが揃った女性なのですが彼女は不憫でした。
それもこれも最強最悪な魔王様の妹として生まれてしまったからです。
兄である魔王とそう時を置かずに誕生した彼女の人生は産声を上げた瞬間から魔王(兄)が巻き起こしやらかした騒動の後始末をすることに終始していました。
「………ちょっとは自重しろぉ!!馬鹿兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
涙目で罵り、駆けずり回って事態収拾に努める妹君に恋に目覚めることは当然なく、背景にあの魔王がいるので周囲の男共は一切近寄っては来なかったのです。
そんなこんなで絶賛婚期を逃している妹君でしたが更なる不幸が彼女を襲います。
その不幸を持ち込んだのはもちろん彼女の兄たる魔王。好き勝手し放題だった彼が人間のお姫様を浚った挙句、駆け落ちなどをしてしまったために勇者が選定されてしまったのです。
「弱い奴が僕の前に這い蹲るのは自明の理だよ」
魔王並みに性格がねじ切れ、たちの悪い勇者は魔王城を襲撃し、色々あった末に妹君の元に居座ってしまったのでした。
今日も魔王城では御年十三歳の勇者と苦労性の妹君の攻防戦が開始されているようです。
勇者襲来という大惨事から一週間。妹君の身辺は相変わらず慌しいが問題のいくつかは解決され、そして巨大な問題が浮上していた。
「はぁ…………」
カリカリと書類に目を通し、サインをしている妹君の口からため息が零れる。魔王が駆け落ちしてからの人間領からの不穏な空気や魔人領での内乱や侵略の気配は消え、あの頃に比べれば遥かに落ち着いたのだが城内はむしろあの頃よりぴりぴりしている。
人間領からの姫の返還要求は消えた。返還せねば戦争も止む無しという勢いだった彼らが黙ったのは何故か?それは………。
その理由を思い浮かべた妹君はものすごくいや~~~なものを思い出したかのごとく顔を顰め、ペンを持つ手の力がぎりりと軋ました。
「シリル様、こちらの書類を………ぶふぉ!!」
妹君に新たに書類を差し出そうとした部下が振り向いた途端、鼻を押さえつつぶっ倒れた。ドクドクとその鼻からは赤い血が流れている。
呆然とそれを見ていた妹君だったがはっと己の格好に目をやり肩を震わせた。
「またやりやがったわね!!あのエロガキ!!」
全身を真っ赤に染まるほどの羞恥を感じているシリルの服装はいつもの肌を完全に隠す厚着ではない。いつもの服は綺麗サッパリ消え去り、代わりに彼女の予想外に立派な胸を強調するかのように逆三角形の切り込みが入った上衣にぎりぎりまで短くされたスカート。白い足はヒールの高いブーツに包まれ、長い黒髪は赤い大きなリボンでツインテールに纏められ、肩の震えにあわせて揺れていた。
彼女は知る由もないがこの姿は異世界で人気のアニメキャラを模したもので異様なまでに似合っていた。いつもは分厚い衣服に隠されていた長い手足や意外なほどのスタイルの良さがどのような服装であろうと妙に似合うように見せてしまう。この姿でかの世界で毎年夏に行われるとある祭典に参加すれば人気者間違いなしの格好であった。
そんなこと知らないこの世界の住人からすればこんな格好破廉恥以外の何者でもなかった。
特に、肌の露出を嫌う妹君にとって拷問以外の何者でもない。
「この!馬鹿勇者がぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
即座に転移して勇者の元に怒鳴り込んだ妹君を驚くでもなく出迎えた勇者は魔人側に用意させた部屋で最高級の紅茶を楽しみながらまるで自室で寛ぐかのごとく堂々としていた。
小さな身体に似合わない高貴な空気を纏う子供はしかし、歴代一位の実力を誇る最年少勇者。
にっこり笑う姿は天使。だけどその麗しの容姿で吐き出す言葉は魔王並みのエゲツなさだということは魔王城ではもう、常識である。
人間達は一体どういう子育てをしているのだと魔人達の間では驚愕と共に囁かれていた。
「おや。シリル。シーツなんて無粋なものに包まってどうしたの?」
分かっているくせにそんなことを言うかこの悪魔は!!
妹君の米神に青筋が盛大に浮かぶ。邪気がない笑顔を浮かべる妹君の視線はどす黒く今にも射殺しそうであった。
「そんな無粋なものは取ってしまおうね」
ぱちんと彼が指を鳴らせば窓も開いてないのに突風が吹き、狙い済ましたように妹君が纏うシーツを奪い去っていく。
風の精霊を使役したのだと分かったときにはシーツは奪われ、隠したいほど羞恥の塊である格好がさらされた。
勇者、女神の加護を自分の私利私欲のために使いまくりである。
「ひゃ!!」
「うん、今回もよく似合っているね。相変わらず女神の趣味はいい」
「良くない!!むしろど~~いう趣味しているの!!」
「あはは。嫌がる様を上から目線で見物するのは楽しいなぁ~~~」
「悪趣味!!悪趣味!!悪趣味だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!いいから元の服に戻しなさいよ!!」
顔を真っ赤にしてそう要求する妹君に勇者は頬杖を吐くとふぅとあからさまなため息を吐いて見せた。
駄々っ子を見る目が更にこちらの苛立ちを煽ってくれる。
イラ、っとする。殴りたい。だけど殴れない。だって向こうの方が圧倒的に強い上に外見だけは幼い子供なのだ。
殴ったりしたらこちらの方が教育機関等に訴えられそうである。
「あれあれ?そんなこと、言っていいの?一体誰のおかげで戦争回避できていると思っているの?それに君達側の失態も見逃してあげている僕に楯突くの?」
そんなこと言える立場?と優しく諭され、妹君はぐっと言葉を飲み込むしかない。
「僕が監視の名目でこの城に滞在しているから人間領側は静観しているんだよ?魔王とあの姉の行方を見失った君達の失態を黙ってもあげてもいる………もう一度聞くよ。僕にそんなこと、言っていいの?」
うめき声すら出てこない。弱みを握られ過ぎている。
そう、勇者来襲のあの日、別名恐怖のお仕置き初発動日………散々お仕置き(とい言う名の辱め衣装)を受け、魔王と姫君の駆け落ちを吐かされた挙句魔王の居場所まで案内させられたのだが………。
「あははは。見事にも抜けの空だね」
何を悟ったのか容赦なく雲隠れしやがった兄の所業。逃げるか普通。逃げるか普通。この状況で逃げたら残された私らがどいうなるか無駄に頭がいいんだからわかんだろ!!(注意:わかっていて逃げたと思われます)
生贄(後始末)決定の妹君がその場に崩れ落ちてどんどんと地面を叩いた。
(あの馬鹿あの馬鹿あの馬鹿あの馬鹿兄貴~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!)
何を企んでいるのかわからないが魔王の捜索を至急にすることで戦争回避に一役買ってくれた勇者は何をするでもなく優雅に主よりも主らしく魔王城に居座った。
妹君の受難の人生はまだまだ続く。
「私の平穏どこ~~~~~!!」
恐らく当分訪れない。