駈込み訴え
申し上げます。申し上げます。
あの人は、酷い奴です。悪い奴です。ああ、忘れてください、今の言葉は嘘です。
あの人は、この世界を救う唯一の「勇者」です。気高くて、美しくて、誰よりも聖なるお方です。
私はあの人を愛していました。あの人のためなら、魔王の呪いだって喜んでこの身に受けた。
それなのに、あの人は、あの人は私を捨てたのです!
最初は二人だけの旅でした。
しがない村の教会で、彼が「世界を救う」と立ち上がったとき、その足元に跪ずいたのは私だけだった。
私の張る結界だけが彼を守り、私の放つ魔術だけが彼の剣を輝かせた。
あの頃、あの人は私のすべてだった。私だけが、あの人の孤独を知っていた。
それなのに、旅が続き、名声が高まるにつれ、あの人の周りには「仲間」とやらが増えていきました。
王国の聖女。龍族の戦士。獣人の暗殺者。
どいつもこいつも、あの人の輝きに群がるだけの、浅ましいハエどもです!
あの人は変わってしまった。誰にでも微笑み、どんな無力な民のためにも命を懸ける。
あの聖女が傷つけば、あんなに優しく抱きしめる。
……私には、そんな顔一度も見せてくれなかったのに!
私はあの人に言ったのです。
「もう十分でしょう。これ以上、仲間なんて増やさなくていい。世界なんてどうでもいい。私と二人だけで、あの静かな村に帰りましょう」と。
そうしたら、あの人は何と言ったと思います?
憐れむような、ひどく冷たい、あの澄んだ瞳で私を見て、こう呟いたのです。
「お前は、まだ世界の痛みがわからないのか」
…ああ、可笑しい! 痛みがわからない? わからないのはあの人のほうだ!
私の胸の、この引き裂かれるような痛みが、あの人には一向に見えていないのだ!
そして昨日、あの人は私をパーティーから追放しました。
「お前の魔力はもう、独善の闇に染まっている」と。
綺麗な言葉で私を追い出した。代わりに入ってきたのは、あの目障りな女騎士です。
だから私は、こうして魔王軍の出先機関へ駆け込んできたのです。
あの人の進軍ルートなら、すべて頭に入っています。次の渓谷で、待ち伏せをすれば一網打尽にできる。
あの人の弱点も、聖剣の輝きが鈍るタイミングも、全部私が教えてあげます。
金が欲しいわけじゃない。地位が欲しいわけでもない。
私はただ、あの人がボロボロになって、世界中から見放されて、私の結界の中でしか生きられなくなる姿が見たいだけなのです。
あの高慢な鼻をへし折り、私の足元で泣かせてやりたい。
さあ、兵を出してください。早く! 手遅れになっても知りませんよ。
……ああ、でも、もし、あの人を捕らえても、命だけは、命だけは助けてやってください……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
太宰治の「駈込み訴え」を異世界追放者にアレンジしてみました。もし面白いと思ってもらえたなら嬉しいです!




