■ ルーク視点 ―― 初めて抱きしめた夜
■ ルーク視点 ―― 初めて抱きしめた夜
正直に言うと。
Aランク昇格よりも、サラマンダー討伐よりも、今のほうが緊張している。
目の前には、俺の恋人。
レティシアさん。
いつもは受付カウンターの向こう側に立っている人が、今日は同じソファに座っている。
それだけで心臓がうるさい。
「……そんなに緊張しなくても、取って食べたりしないわ」
くすりと笑う。
その余裕が、さらに俺を追い詰める。
「いや、あの、緊張しますよ……」
「Aランク冒険者が?」
「あなたの前ではEランク以下です」
言った瞬間、彼女が吹き出す。
ああ、好きだ。
こうやって笑ってくれるのが嬉しい。
少し沈黙が落ちる。
夜の静けさ。
ランプの灯りが、彼女の横顔を柔らかく照らしている。
綺麗だと思う。
何度見ても、慣れない。
「……ルーク」
「はい」
「あなた、今日はやけに静かね」
そりゃそうだ。
だって今日は。
彼女の家に、初めて招かれている。
理由は「昇格祝いの食事」だったけど、正直それどころじゃない。
ふと、彼女の指先が俺の袖に触れた。
「怪我、もう痛まない?」
「全然。むしろ元気です」
「無茶は?」
「しません」
「……本当に?」
心配そうな目。
ああ、この人は本当に心配性だ。
俺のためにダンジョンまで来た人だ。
その指先を、そっと握る。
「レティシアさん」
「……なに」
「抱きしめても、いいですか」
言った瞬間、自分で顔が熱くなる。
彼女の目が、わずかに見開かれた。
逃げない。
でも、少しだけ息を止める。
「……恋人、なのでしょう?」
「はい」
「なら、いちいち許可を取らなくてもいいわ」
そう言いながらも、耳が赤い。
可愛い。
もう無理だ。
ゆっくりと腕を回す。
壊れ物みたいに、そっと。
彼女の体は、思っていたより華奢だった。
でも温かい。
ふわりと、甘い匂いがする。
鼓動が伝わる距離。
俺の心臓とうるさいくらい張り合っている。
「……ルーク」
「はい」
「力が強い」
「すみません!」
慌てて少し緩める。
彼女は小さく息を吐いて、俺の胸に額を預けた。
それだけで、理性が危うい。
「安心するわね」
ぽつりと落ちる声。
「あなたに抱きしめられると」
喉が鳴る。
「俺もです」
本当は、もっと近づきたい。
もっと触れたい。
でも。
彼女は一度、大切な人を失っている。
焦らせたくない。
怖がらせたくない。
だから。
「……キス、してもいいですか」
また聞いてしまう。
彼女がくすっと笑う。
「本当に素直ね」
「あなた限定です」
少しだけ、顔を上げる。
距離が縮まる。
彼女の睫毛が震える。
あと少し。
触れる――
「……今日は、ここまで」
人差し指で、唇を止められた。
完全に固まる俺。
彼女は悪戯っぽく笑う。
「焦らないで。時間はたくさんあるわ」
「……はい」
「それとも、待てない?」
挑発だ。
絶対わざとだ。
「待てます」
「偉いわ」
今度は彼女から、そっと。
頬に触れるだけのキス。
一瞬。
でも、爆発するには十分だった。
「……レティシアさん」
「なに?」
「俺、多分今、世界一幸せです」
彼女は一瞬驚いて、それから柔らかく笑った。
「大げさね」
「本気です」
もう一度、抱きしめる。
今度は優しく。
失わないように。
壊さないように。
この人を守れる強さを、これからも手に入れ続ける。
腕の中の温もりを感じながら、俺は静かに誓った。
――次は、唇まで。
でもそれは、もう少し先の話。




