第7話 Aランク昇格、再告白、そして選んだ未来
第7話 Aランク昇格、再告白、そして選んだ未来
ギルドの広間は、かつてない熱気に包まれていた。
依頼掲示板の前には黒山の人だかり。酒場スペースからも冒険者たちが顔を出し、二階の回廊にまで見物人が並んでいる。
ざわめきと期待が渦を巻く中、中央の壇上に立つのはギルド長――レティシアの父だった。
その隣に、真新しいマントを羽織った青年が立っている。
ルーク・ハイド。
数週間前までEランクだった若き冒険者。
ダンジョンでの変異サラマンダー討伐。その功績は都市中に知れ渡っていた。
父が杖で床を打つ。
広間が静まり返る。
「本日、このギルドにおいて――異例の昇格者が誕生した」
重々しい声が響く。
「Eランクより始まり、Bランクを飛び越え、特例審査を経て――」
一瞬の間。
「ルーク・ハイドを、Aランクと認定する!」
歓声が爆発した。
拍手。口笛。杯を打ち鳴らす音。
空気が震える。
その喧騒の中で、レティシアは受付カウンターの奥からその光景を見つめていた。
胸の奥が熱い。
あの日、焼け焦げたダンジョンで見た背中。
血に濡れながら、それでも立ち上がろうとした姿。
「あなたの隣に立つ」と言った、あの真っ直ぐな瞳。
全部が、ここへ繋がっている。
ルークは一歩前に出る。
傷は癒えたが、右腕にはまだ包帯が巻かれている。
それでも、背筋は伸び、視線は揺れない。
「今回の功績は単独のものではない」
父が続ける。
「仲間を守り、撤退判断を優先し、それでも最後まで立ち続けた。その精神を評価する」
ざわめきが再び広がる。
Aランクとは、単に強さだけではない。
判断力、責任、覚悟。
命を預けられる存在であること。
それを、彼は証明した。
父の視線が、ゆっくりとレティシアへ向く。
ほんのわずかな、父としての表情。
――どうだ。
そう問われている気がした。
レティシアは、小さく頷いた。
ルークが視線を巡らせる。
そして、迷わず彼女を見つけた。
広間のざわめきが、遠のく。
彼は壇上から降り、真っ直ぐ歩いてくる。
一歩一歩が、あの日の誓いの続きを刻むように。
「レティシア」
名を呼ばれるだけで、心臓が跳ねる。
周囲の視線が集まるのも構わず、彼は彼女の前で止まった。
「俺、Aランクになりました」
少しだけ照れくさそうに、それでも誇らしく笑う。
「これで、あなたに並べます」
あの日、焼け焦げたダンジョンで言った言葉。
“守られる側じゃなくて、守れる男になる”。
それを、彼は現実にした。
レティシアの目に、涙が滲む。
「……ええ。ちゃんと、並んでるわ」
広間がどよめく。
ルークは深く息を吸った。
そして、周囲に向き直る。
「皆さんの前で、言わせてください」
静寂が落ちる。
「俺は、あのダンジョンで一度死にかけました」
ざわめき。
「でも、生きて戻れたのは――守りたい人がいたからです」
視線が、再びレティシアへ。
「あなたが泣きながら『死なないで』って言ってくれたから」
頬が熱くなる。
あの告白を、こんな大勢の前で蒸し返すなんて。
「だから今度は、俺から言わせてください」
一歩、距離を詰める。
「レティシア。俺は、あなたが好きです」
はっきりと。
迷いなく。
「一生、あなたの隣に立ちます。あなたが怖い時は支えて、笑う時は一緒に笑う。守るだけじゃなく、並んで歩く」
それは“騎士”ではなく、“伴侶”の言葉だった。
「俺と、人生を一緒に歩いてください」
広間が、息を呑む。
レティシアの胸に去来するのは、過去の記憶。
愛した人を失った日。
冷たい現実。
もう二度と、こんな痛みは味わいたくないと思った。
だから心を閉ざした。
でも。
この青年は、無理やりこじ開けたのではない。
何度も転び、傷つき、それでも隣に立とうと手を伸ばしてきた。
――この人となら。
震える息を整える。
「……ルーク」
声が、少しだけ掠れる。
「私は、怖いの」
正直な言葉。
「また失うのが」
広間が静まる。
ルークは、逃げない。
「それでも、いいです」
即答だった。
「俺は死なない。あなたを一人にしない。約束します」
あの日と同じ瞳。
でも、今はAランクの誇りが宿っている。
レティシアは涙を拭う。
「……ずるいわ」
「はい」
「本当に、馬鹿」
「はい」
広間に小さな笑いが広がる。
彼女は一歩前に出た。
「私も、あなたが好き」
はっきりと。
「今度は逃げない。あなたと一緒に未来を選ぶ」
歓声が爆発する。
ルークが、そっと彼女の手を取る。
力強く、温かい。
「約束だ」
「ええ。必ず、生きて帰ること」
「あなたの隣で、年を取るまで」
周囲が囃し立てる中、彼はそっと額に口づけた。
短く、でも確かな誓い。
レティシアは微笑む。
もう、恐怖に縛られてはいない。
愛することは怖い。
それでも。
それ以上に、共に生きることは温かい。
父が咳払いを一つ。
「……公私混同はほどほどにな」
広間に笑いが起きる。
「だが、Aランクとして、そして一人の男として――責任を果たせ」
「はい!」
力強い返事。
手を繋いだまま、二人は並んで立つ。
誰もが祝福する中で。
未亡人だった受付嬢は、もう一度恋をした。
そして今度は、守られるだけではない。
共に戦い、共に笑い、共に生きる未来を、自分の意志で選んだ。
若きAランク冒険者は、その隣で誓う。
もう二度と、この手を離さないと。
ギルドの鐘が鳴る。
新たな英雄の誕生を告げる音。
そしてそれは同時に――
二人の新しい物語の始まりでもあった。
ハッピーエンド。
けれど、ここからが本当の“物語”だ。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
本編はここで一区切りとなります。
この後は後日談となるエピローグをお届けします。
もう少しだけ、ふたりの物語にお付き合いいただけましたら嬉しいです。




