第5.5話 最後の一撃(ルーク視点)
第5.5話 最後の一撃(ルーク視点)
クエストは完了していた。
指定魔物の討伐、素材の回収、負傷者なし。
予想以上に順調で、正直拍子抜けするほどだった。
「今日は祝いだな」
仲間が笑う。
俺も肩の力を抜いて、剣を背に収めた。
出口へ向かう帰路。
空気は重いが、足取りは軽い。
ギルドに戻れば報告だ。
あの人に胸を張って言える。
――ちゃんとやれました、って。
その時だった。
足元が、わずかに震えた。
「……地震?」
違う。
振動は、下からだった。
次の瞬間。
岩盤が爆ぜる。
爆音。
熱風。
視界を埋める赤。
地面を突き破って現れたのは――
巨大な変異サラマンダーだった。
本来この階層にいるはずのない、異常個体。
鱗は溶岩のように赤く、呼吸のたびに火の粉を撒き散らす。
「冗談だろ……」
クエストは終わったはずだ。
帰るだけだったはずだ。
なのに。
最悪は、帰り道で待っていた。
撤退判断は早かった。
だが、別パーティが叫ぶ。
「今なら討てる!」
手柄を焦った突撃。
そして。
火炎が弾けた。
悲鳴。
焼ける匂い。
状況は一瞬で地獄に変わる。
「後衛、下がれ!」
ここから先は、もう選択肢がなかった。
――戦うしかない。
熱い。
肺が焼ける。
視界が赤く滲む。
巨大な変異サラマンダーが咆哮し、火炎が渦を巻いた。
撤退は間に合わなかった。
別パーティが突撃し、状況は最悪に傾いた。
「後衛、下がれ!」
叫びながら、自分でも驚くほど冷静だと思った。
怖くないわけじゃない。
足は震えている。
だが――逃げるわけにはいかなかった。
仲間がいる。
守らなきゃならない。
そして。
(あの人に、格好悪いところは見せられない)
ギルドで見たレティシアの笑顔が浮かぶ。
心配そうに見上げてくれた瞳。
送り出すときの、あの小さなため息。
あれが、妙に胸に残っている。
火炎が弾けた。
仲間が吹き飛ぶ。
血が舞う。
焦げた匂いが広がる。
「くそっ……!」
剣を握り直す。
腕が重い。
もう何度斬りつけたか分からない。
だが鱗は硬い。
深くは入らない。
それでも削る。
少しずつ。
確実に。
「あと少しだ!」
誰かが叫ぶ。
本当に、あと少しだった。
その瞬間。
サラマンダーが狂ったように咆哮した。
嫌な予感。
「散開――」
言い終わる前に、爆炎が弾けた。
全方位の熱波。
視界が白く染まる。
衝撃が体を叩きつける。
地面に転がり、呼吸が止まる。
肺に空気が入らない。
視界が揺れる。
耳鳴り。
仲間が倒れている。
動かない。
血。
焼け跡。
最悪だ。
それでも。
(まだだ)
立て。
立て。
立て。
膝が笑う。
剣を支えに、どうにか体を起こす。
サラマンダーも満身創痍だ。
だが、まだ立っている。
ここで倒れたら終わる。
(こんなところで、死ねるか)
頭に浮かぶのは、レティシアだった。
笑顔。
怒った顔。
呆れたような視線。
そして、ほんの少しだけ見せた、寂しそうな横顔。
(あの人は、きっとまた一人になる)
それだけは嫌だった。
理由はうまく言えない。
でも。
(俺が隣に立ちたい)
守られる側じゃなくて。
守る側になりたい。
剣を握る手に、力を込める。
「うああああああああ!!」
踏み込む。
熱が皮膚を焼く。
それでも止まらない。
鱗の隙間を狙う。
心臓部へ。
渾身。
全力。
最後の一撃。
剣が、深く突き刺さった。
咆哮。
地響き。
巨体が崩れる。
勝った。
だが。
同時に、体の力が抜ける。
膝が地面につく。
剣を手放さないよう、必死に握る。
視界が暗くなる。
仲間は――生きているか?
声が出ない。
呼吸が浅い。
血が流れているのが分かる。
(やばいな……)
苦笑が浮かぶ。
死ぬのか?
ここで?
いや。
嫌だ。
まだ、言っていない。
何も。
(好きだって、言ってないだろ)
頭がぼんやりする。
遠くで、足音が聞こえた気がした。
幻聴かもしれない。
でも。
聞き慣れた声が、響く。
「ルーク!!」
心臓が、強く跳ねた。
(来るな……危ない……)
声にならない。
視界の端に、金色の髪が見えた気がする。
泣きそうな顔。
必死にこちらへ走ってくる姿。
ああ。
(来てくれたんだ)
安心が、胸に広がる。
もう少し。
もう少しだけ。
意識を保て。
言いたいことがある。
伝えたいことがある。
だが。
限界だった。
視界が暗闇に沈む。
最後に思ったのは――
(死ねない。あの人の隣に立つまで)
そして、意識が落ちた。




