第5話 ダンジョン突入、絶体絶命
第5話 ダンジョン突入、絶体絶命
湿った空気が、肺にまとわりつく。
焦げた匂いが鼻を刺し、遠くで何かが軋む音が反響している。
レティシアは両腕いっぱいに回復薬を抱え、無理やり足を前へ出した。
Aランクパーティ同行の許可は取り付けた。受付嬢の立場を越えた強引な行動だと分かっている。それでも止まれなかった。
胸騒ぎが、消えない。
クエスト達成の報告が入った直後だった。
地鳴り。
悲鳴。
緊急信号。
巨大な変異サラマンダー出現――。
報せを聞いた瞬間、血の気が引いた。
(嫌な予感がする)
それが、今も消えない。
奥へ進むほど、空気が熱を帯びていく。
岩壁が黒く焦げ、ところどころ溶け落ちている。床には爪痕。爆ぜた跡。戦闘の凄まじさが生々しく残っていた。
「……ひどいな」
同行するAランクの戦士が低く呟く。
レティシアは返事をしない。
足が止まりそうになるたび、無理やり動かす。
やがて、広い空洞に出た。
そこで見た光景に、息が止まる。
地面が抉れている。
岩が崩れ、壁が溶け、中央には巨大な焼け跡。
その中心に――
黒く崩れ落ちた巨体。
変異サラマンダーの死骸だった。
討伐は、成功している。
だが。
周囲には倒れ伏す冒険者たちの姿。
立ち上がる者はいなかった。
「ルーク……?」
声が震える。
視界が揺れる。
瓦礫を越え、焦げた地面を踏みしめながら、彼女は必死に探す。
見覚えのある剣。
裂けたマント。
血に染まった布。
ひとつひとつが胸を締めつける。
(どこ……?)
呼吸が浅くなる。
嫌な想像が頭をよぎる。
その時。
崩れた岩陰に、剣が突き立てられているのが見えた。
見覚えのある柄。
見間違えるはずがない。
「……!」
足が勝手に動いた。
瓦礫を越える。
焦げた岩で手を切る。
そんなことはどうでもいい。
岩陰を回り込んだ、その瞬間。
時間が止まった。
膝をついたまま、動かない青年。
焼け焦げた服。
血に濡れた肩。
剣を支えに、崩れ落ちる寸前の姿勢。
顔はうつむき、表情は見えない。
「……ルーク?」
返事はない。
心臓が、嫌な音を立てる。
一歩。
また一歩。
近づく。
足が震える。
頭が真っ白になる。
呼吸が、うまくできない。
あと数歩。
彼の顔が見える位置まで来る。
血が、頬を伝っている。
目は、閉じられている。
「……嘘」
喉が、ひりつく。
まだ触れていない。
まだ確かめていない。
それなのに、最悪の未来が脳裏をよぎる。
抱えていた回復薬が、腕の中でかすかに鳴る。
間に合う。
間に合うはずだ。
そう信じたい。
震える足で、彼の正面に回る。
ようやく、真正面からその姿を見る。
血。
焼け焦げた跡。
呼吸は――
分からない。
分からない。
「ルーク……?」
かすれた声が、静まり返った空洞に吸い込まれる。
その瞬間。
彼の体が、かすかに揺れた。
崩れ落ちる。
「……!」
レティシアの目が見開かれる。
彼の名を叫ぼうとした、その直前。
物語は、そこで止まる。
レティシアは、ついにルークを見つけた。
だが――
生きているのかどうかは、まだ分からない。
静寂だけが、重く二人の間に横たわっていた。




