表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『心を閉ざした未亡人受付嬢は、大型犬系年下冒険者に溺愛される』  作者: 菫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/13

第4話 不在と不安

第4話 不在と不安



 ルークがギルドに姿を見せなくなって、三日。


 遠征だろうと、最初は思っていた。


 五日。


 七日。


 十日。


 胸の奥が、静かに軋みはじめる。


     ◇


「北方深層迷宮で、死傷者多数だ」


 その言葉が耳に入った瞬間、ペン先が止まった。


 北方深層迷宮。


 ルークが向かった場所だ。


「Bランク以上が巻き込まれたらしい」


「若いのもいたとか」


 呼吸が浅くなる。


 受付嬢として、表情は崩さない。


 だが、耳は勝手に噂を拾う。


     ◇


 夕刻。


 暫定報告書が届く。


 負傷者多数。


 死亡者確認中。


 そして――


「生死不明」


 その欄に、彼の名前があった。


 ルーク・ハイド。


 視界が歪む。


 “死亡”ではない。


 だが、“生存”でもない。


 あの日の記憶が蘇る。


 死亡証明書。


 冷たい指。


 遺体安置室の匂い。


 やめて。


 心が悲鳴を上げる。


     ◇


 ギルド内は騒然としていた。


「深層で変異種が出たらしい」


「救援は出せないのか」


「まだ内部が安定していない」


 レティシアは静かに書類を整える。


「続報が入り次第、掲示します」


 完璧な声。


 だが、胸の奥は崩れかけている。


 祈ることしかできない自分が、悔しい。


 冒険者ではない。


 戦えない。


 ただ、待つだけ。


     ◇


 夜。


 一人になった途端、張りつめていた糸が切れた。


「……お願い」


 机に伏せる。


「無事でいて……」


 強くなると言った。


 約束すると言った。


 Aランクになったら、と。


 まだ、答えていない。


 何も。


 もし。


 このまま帰ってこなかったら。


 想像した瞬間、呼吸が止まる。


 ――嫌。


 それだけは。


 もう、あんな朝は嫌だ。


 名前だけが残る世界は嫌だ。


 胸の奥で、はっきりと自覚する。


 好きだ。


 彼が。


 失いたくない。


 誰よりも。


     ◇


 翌朝。


 続報が入る。


「深層に取り残された者がいる」


「救助は困難」


 変異サラマンダー出現。


 炎熱域。


 救援班編成中。


 その言葉を聞いた瞬間、レティシアは立ち上がっていた。


「……同行許可を」


 周囲が凍りつく。


「正気か」


 振り向けば、父――ギルド長。


「ただの受付嬢だぞ、お前は」


「分かっています」


 震える手を握りしめる。


「ですが、回復薬の管理と運搬は私が最適です」


 理屈を並べる。


 本音は言えない。


 助けたい、などと。


「私が行きます」


 父は長く沈黙した。


 やがて低く言う。


「……自己責任だ」


父の言葉に、レティシアは静かに一礼した。


 その足で向かったのは、ギルド地下の保管庫だった。


 薄暗い石造りの通路を進み、奥の鉄扉を開ける。


 取り出したのは、小さな水晶瓶。


 淡く金色に輝く液体が、静かに揺れている。


 ――特級回復薬。


 王都の錬金術師から極秘に取り寄せた、超希少品。

 四肢欠損ですら繋ぎ止めると噂される、奇跡の霊薬。


 その代価は、彼女の全財産。


 亡き夫が遺した補償金も、これまで蓄えた給金も、すべて。


 本来なら、老後のための備えだった金。


 けれど今、その価値はただ一つ。


「……生きていてくれれば、それでいい」


 瓶を胸に抱きしめる。


 もう、何も惜しくはなかった。



 初めて、自分から踏み出す。


 祈るだけでは終われない。


 失いたくないなら、動くしかない。


     ◇


 大量の回復薬を抱えながら、思う。


 もし間に合わなかったら。


 もし、遅かったら。


 怖い。


 足が震える。


 それでも止まらない。


 もう、隠さない。


 認める。


 私は。


 ルークを失いたくない。


 愛している。





 その想いを胸に、彼女はダンジョンへ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ