■ 信頼の試練 ―― 崩れ落ちた瞬間
■ 信頼の試練 ―― 崩れ落ちた瞬間
それは、突然だった。
王都郊外で発生した魔物暴走。
本来ならBランク案件。
だが群れの中に、上位種が混ざっていた。
討伐に向かったのは、Aランクとなったルーク率いる混成部隊。
報告は順調だった。
途中までは。
――緊急搬送。
その一報がギルドに届いた瞬間、空気が凍りついた。
「重傷者一名。意識混濁」
名前を聞いたとき。
私は、一瞬だけ呼吸を忘れた。
それでも。
立ち上がる足は震えなかった。
受付嬢としてではなく。
恋人としてでもなく。
今は、冷静でいなければならない。
搬送室の扉が開く。
血の匂い。
担架の上。
ルークの胸部には、深い裂傷。
防具が裂け、赤黒い血が滲んでいる。
「……治癒班を、早く」
声は冷静だった。
けれど、指先は白くなるほど握りしめている。
彼の瞼が、わずかに動く。
「……レティ、シア……さん」
呼ばれた瞬間。
胸が崩れそうになる。
「ここにいるわ」
すぐ傍へ。
手を握る。
冷たい。
「無茶はしないって約束したでしょう」
怒っているような声になる。
そうでもしないと、泣きそうだった。
「無茶……して、ません……」
息が浅い。
「仲間、守っただけです……」
胸が痛む。
ああ、この人は。
本当に、こういう人だ。
治癒魔法が施される。
傷はゆっくり塞がっていく。
でも出血量が多い。
油断はできない。
私は彼の手を離さない。
逃げない。
目も逸らさない。
「聞いて、ルーク」
意識が揺れる彼へ、はっきりと言う。
「私はあなたを縛らない」
彼の瞳が、かすかに動く。
「でもね」
握る手に力を込める。
「生きて帰る努力は、義務よ」
涙は流さない。
今はまだ。
「守るために死ぬのは、美談じゃない」
彼の指が、かすかに動く。
「あなたが生きている未来ごと、守りなさい」
それが、私の願い。
彼は薄く笑った。
「……はい」
小さな返事。
「あなたと……未来、見るんで……」
そのまま意識が落ちる。
治癒班が頷く。
「峠は越えました」
その言葉で、初めて力が抜けた。
膝が揺れる。
でも倒れない。
彼が目を覚ますまで、ここにいる。
数日後
窓から光が差す病室。
目を開けた彼は、少し驚いた顔をした。
「……ずっと、いたんですか」
「ええ」
「寝てないのでは」
「寝たわ」
「嘘ですね」
「受付嬢は嘘も上手いのよ」
彼は苦笑する。
少し痩せた顔。
でも、生きている。
「レティシアさん」
「なに」
「俺、無茶しましたか」
真剣な目。
私は少し考えてから答える。
「……少しだけ」
「すみません」
「でも」
椅子から立ち上がり、彼の額に触れる。
「あなたは逃げなかった」
「はい」
「それを誇りに思う」
彼の瞳が揺れる。
「でも次は」
「はい」
「自分も守りなさい」
沈黙。
そして、ゆっくり頷く。
「あなたのために?」
「違うわ」
少し微笑む。
「私と一緒に生きるために」
彼の目が潤む。
それを見て、ようやく私も泣いた。
怖かった。
本当に、怖かった。
でも。
今は信じられる。
彼は強さだけでなく、帰ってくる意志を持っている。
それが“信頼”なのだと知った。
彼の手を握る。
今度は、温かい。
「退院したら」
彼が言う。
「少し、甘やかしてくれますか」
「状況によるわね」
「命がけでした」
「減点一」
「厳しい……」
でも、笑っている。
私も笑う。
試練は終わった。
恐怖は消えない。
でも。
それ以上に――
信じる力が、育っていた。




