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『心を閉ざした未亡人受付嬢は、大型犬系年下冒険者に溺愛される』  作者: 菫


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■ レティシア視点 ―― 初めて抱きしめられた夜

■ レティシア視点 ―― 初めて抱きしめられた夜



 どうして私は、こんなにも落ち着かないのかしら。


 自分の家。見慣れた部屋。いつものソファ。


 違うのは、隣に彼がいることだけ。


 ルーク。


 Aランク冒険者。

 そして――私の恋人。


 その事実を思うだけで、胸の奥がくすぐったくなる。


「そんなに緊張しなくても、取って食べたりしないわ」


 からかうように言ってみせる。


 本当は、私のほうが落ち着いていないのに。


 彼は正直に顔を赤くして言った。


「あなたの前ではEランク以下です」


 思わず笑ってしまう。


 ああ、ずるい。


 こういうところが、好きなのだ。


 沈黙が落ちる。


 静かな夜。


 ランプの灯りが揺れる。


 彼が隣にいるだけで、空気が違う。


 温度がある。


 生きている鼓動が、すぐ近くにある。


 ――また失ったら。


 一瞬、胸をよぎる影。


 駄目よ、と自分に言い聞かせる。


 この人は違う。


 私はもう、過去に縛られないと決めたのだから。


「怪我、もう痛まない?」


 つい、確認してしまう。


 彼は笑って「元気です」と答える。


 その言葉に、ほっと息が抜ける。


 そのまま袖に触れた指先を、そっと握られた。


 心臓が跳ねる。


「抱きしめても、いいですか」


 律儀に許可を取るところが、彼らしい。


 恋人なのに。


「……恋人なのでしょう?」


 少し意地悪に言う。


 本当は。


 ――抱きしめてほしい。


 そう思っているくせに。


 彼の腕が、そっと回る。


 驚くほど優しい力。


 まるで壊れ物を扱うみたいに。


 温かい。


 強い。


 でも怖くない。


 胸板に額を預けると、鼓動が伝わる。


 早い。


 きっと私と同じくらい。


「安心するわね」


 思わず漏れた本音。


 抱きしめられているのに、守られているのは私のほうみたい。


 あの日、ダンジョンで動かない彼を抱きしめたときの恐怖が、嘘のように溶けていく。


 生きている。


 ここにいる。


 私の腕の中ではなく、私を抱きしめる腕として。


「……キス、してもいいですか」


 また許可を取る。


 本当に、真っ直ぐ。


 少し顔を上げると、彼の瞳が近い。


 熱を帯びている。


 あと少しで触れる距離。


 唇が近づく。


 心臓が、壊れそうなくらい鳴る。


 ――怖い?


 いいえ。


 違う。


 これは、期待。


 でも。


 私はまだ、ほんの少しだけ臆病だ。


「……今日は、ここまで」


 唇を指で止める。


 彼が固まる。


 その反応が可笑しくて、愛おしい。


「焦らないで。時間はたくさんあるわ」


 本当は、私自身に言い聞かせている。


 急がなくていい。


 失う前提で愛さなくていい。


 未来は、続くのだから。


「待てます」


 即答。


 その答えに、胸がじんわり温かくなる。


 だから、ご褒美。


 そっと、彼の頬にキスを落とす。


 一瞬。


 でも、彼は世界が終わったみたいな顔をする。


「俺、多分今、世界一幸せです」


 真顔で言うから、困る。


「大げさね」


 そう言いながら、胸が熱くなる。


 こんなふうに、真っ直ぐに想われる日がまた来るなんて。


 思っていなかった。


 彼がもう一度、優しく抱きしめる。


 今度は少しだけ、私からも腕を回す。


 温もりを確かめるように。


 失わないように。


 ――私は、この人と歩いていく。


 怖くても。


 不安でも。


 それでも。


 彼の胸に耳を押し当てながら、そっと目を閉じる。


 鼓動が、子守唄みたいに響く。


 今夜はきっと、よく眠れる。


 隣に、未来がいるから。





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