幕開け
悪夢たちが慈善活動を始めて半年が経った。人の噂も七十五日とはよく言ったもので、悪夢たちの行動を見てこちらに害なしと判断した者から
「好きにしたらいいかもね」
という穏健な意見が増え始めた。悪夢たちも魔界のSNSで自分達の活動や趣味を共有するようになり、交流の輪が広がり始めている。
実に良い傾向だ。
ミカエラはセルジュの懐でSNSを見ながら微笑んだ。
「ご機嫌だね。イメージアップ作戦、上手く行ってるもんねえ」
「ああ。悪夢たちも自分たちのことを発信していて、実に素晴らしい」
魔界の街では悪夢が開店したカフェが流行り、悪夢主体のスラムへの慈善活動が続く。悪夢と王国民の恋愛結婚も明かされ始めた。
当初は心配していたアダムも、今ではすっかり二人の関係を認め、門限を守る限りは自由にさせている。むしろセルジュを
「お前、ようやく腰を落ち着けれられるのか」
とからかっているくらいだ。セルジュは照れ臭そうに肯定を返した。ミカエラは肯定してくれるのが嬉しくて、アダムの前であることも忘れて頬にキスをした。
街に残る差別も、元老院の対立もいまだ無くなりはしない。冷たい視線が消えることはない。
だが、世論は確実に変わって行った。悪夢は被差別者からマイノリティへ変わり始め、歴史研究者や悪夢研究者たちも声を上げ出した。
黎明だ。
この国の未来は近いうちに、真の意味での統一が待っている。誰もがそう予感していた。
二回目のヴァルプルギスの夜、パートナーにセルジュを連れて参加した時、誰もが二人を歓迎した。遠巻きにしてヒソヒソと陰口を叩く者もいたが、周囲に白い目で見られてからは口を噤んだ。
差別に対する論文はアデーレもミカエラも、テーマはいかに差別をなくすか、から価値観は変化するのか、に変わっている。それらを興味深く聞き、皆が拍手をした。
セルジュを避けるものはもういない。いつの日にか彼は攻撃魔法や呪詛を固めた装備を外した。今つけているアクセサリーは人間界で作られた、なんの効力も持たないものばかりだ。もう生卵も、鉢植えも、攻撃魔法も、彼を襲わない。
「セルジュおにいさん! 」
「なんでしょう、レディ」
ちいさな子どもが駆け寄ってくる。一人の大人としてきちんと扱う挨拶に、子どもは見惚れた後、ハッとして拙いカーテシーをした。それから、綺麗にラッピングされた花をセルジュに渡す。
「この子、セルジュさんのファンなんです」
「ライブの映像を見てから一目惚れしてしまったようで」
両親に温かく見守られ、子どもは頬を染めもじもじとしながら、セルジュを見た。
「おなは、だいじにしてね」
「もちろん、レディ」
セルジュは花に魔法をかけ、ラペルピンがわりにした。
「ここで花を咲かせるよ、いいかな?」
「うん! 」
ぱぁっ、と顔を明るくした子どもは母親の背に隠れ、手を振って去って行った。
「人気ラッパー様は子どもの心も掴むか」
「嬉しいね」
ミカエラに小突かれセルジュは頬を染めた。純粋に人から好かれることに慣れていないらしい。
「これからお前は、こうやって人に愛されていくんだ。自然と慣れるさ」
「うん、そうだね。そうだといいな」
ブロッケン山に爽やかな夜風が吹く。
華やかなパーティーを抜け出し、二人は風に乗ってセルジュの家に帰った。
もう大丈夫。あのパーティーに参加した悪夢たちも安心して談笑できるだろう。何かあってもアデーレやドミニクたちが対応するはずだ。
夜の街に穏やかな灯りが灯る。セルジュとミカエラはキスをして、街を見下ろす。
「もう大丈夫だな」
「うん……全部君のおかげだよ、ミカエラ」
「お前達が自主的に動いたからさ、私はきっかけを作ったにすぎない」
「それでもさ、ありがとう」
二人は夜空を行く。右手薬指に、そろいの指輪を輝かせながら。
誰もが恐れた夜に安寧が訪れる。
もう誰も、悪夢は見ない。




