わたしの話 16
バサバサ、という音がどこか遠くに聞こえる。それが、わたしが家計簿を落としてしまった音だということに気が付くのに、随分と時間を要した。
落としてしまった家計簿から、クリップで留められたレシートやメモが外れてしまっている。それらを拾おうとして、随分と手が震えていることに気が付いた。
なんとか一枚、拾ったのはガソリンスタンドのレシート。
――混海駅前の商店街の近くにある、ガソリンスタンドの。
駅の方を商店街の入り口だとするなら、出口側に当たるところの、信号を一つ越えたところにあるガソリンスタンド。
少し遠いけれど、あそこのクレジットカードを作ったから、といつも大体このガソリンスタンドで給油している。多分、クレジットカードだけが理由じゃないだろうけど。
三年前に閉店してしまった、混海駅前商店街にある喜多日部という洋菓子店の菓子が、母は好きだった。知り合いの親がやっている、という店らしく、ガソリンスタンドの給油をした後に、ちょっとしたお菓子を買って帰るのが、母の習慣だった。お菓子を買うだけではなく、店員である知人の顔を見に行く、という意味もあったかもしれない。
三年前、店長が亡くなり、そのまま奥さん一人では経営ができない、いい歳だし、と店を畳んでしまってから、随分とさみしそうにしていたのを覚えている。
「――……ッ」
わたしは家計簿を拾い、乱暴にページをめくる。2020年のものだけでなく、喜多日部がなくなる三年前――2022年より前のものは全て。
どこのページにも、ガソリンスタンドの金額と、洋菓子の金額が決まってセットに書かれていた。洋菓子の内容に多少の差異はあるものの。
でも――これだけは、記載されていない。よりにもよって、事件があった日、事件が起こったであろう時間帯にあるものだけが。
まるで、家族の誰かに家計簿を見せるときが来ても、外して隠せるようにしているかのように。
「あ……」
わたしは部長に送ってもらったリンクの一つにある、主婦が書いたであろうブログの記事を思い出し、ポケットからスマホを取り出して読み直す。
「二十時過ぎ……洋菓子店の前……」
母が焼き菓子を買ったレシートの時刻も二十時過ぎ。混海駅前の商店街に、あの頃、洋菓子店は喜多日部しかなかったはず。
このブログの書き手が、果たして二十時何分を指して『二十時過ぎ』と書いたのかは分からないが、高確率で母と同じタイミングで、喜多日部の近くにいる。
いや――もしかして、喜多日部の前に優羽ちゃんが立っていたのって、中で母が買い物をしていたから……?




