黄色い彼は、20%ガンジー
二畳ほどの空間。先ほどの作戦コンソール室とは大違いで、白々しい蛍光灯に、丸いパイプ椅子。そして中央には場違いなほど巨大な空気清浄機。
ここは休憩室じゃない。僕は知っている。こういうのを──喫煙室って言うんだ。
「え~、いいじゃない。若いくせに細かいことうるさいわね。ダメんなったら肺ごと交換すればいいでしょ?」
「それ、先生が言うと洒落になりませんよ」
「うるさい。お前も嫌煙ヒステリーか」
僕の顔に紫煙を吹きかけてくるこのお姉さん。イラッとしたけど、白衣の女性とタバコって組み合わせ、ありかもしれない……と思ってしまった自分がいた。
Bさんからもらったオランジーナとハーゲンダッツのせいだ。僕は寛大だった。
「すまんすまん。喫煙者は彼女とAさんだけなんだがな。喫煙者にも五分の魂、大目に見てやってくれ」
いいっすよ。レアチーズケーキ味、大好きっすし。
「さあ、今度は君の番じゃ。なんでも訊いてくれ。答えよう。……無論、先ほど交通事故に遭って、死にかけて、手術を受けて、改造されて、いきなり秘密基地に連れてこられたばかり。混乱どころか、発狂しててもおかしくはない」
「そこは私の腕の見せ所ですね。□□□□□の匙加減、中毒ギリギリ。こんな芸当をやってみせるのは私ぐらいですよ」
そう言って、彼女は二本目のタバコに火をつけた。
「どうだ、家路くん? 何か訊きたいことはあるかね?」
やっとのこと。ようやく。
でも……これは現実なのか。夢なのか。
僕にはもう何が真実なのかすら分からない。
だけど、ヒーローって、いつも瀕死の状態から始まるじゃないか。テレビでもそうだった気がする。
……まさか、マジで僕、ヒーローになっちゃったのか?
地球はヤバい状況なんじゃないか?
人類の危機とか、そういうアレなんじゃ?
とりあえず、オランジーナを飲み干す。アイスも綺麗にいただく。
頭の中を整理しながら、言う。
「――校長先生がヒーローに夢中なことはわかりました。僕が事故に遭ったことも。保健の先生に助けられたことも。このとんでもなくすごい基地のことも。でも……納得できないことがあります」
「なぜ、僕が戦隊ヒーローなんですか? なぜ、僕が黄色なんですか?」
校長はにっこりと微笑んだ。
まるで「待ってました」とでも言うように。
「まずは戦隊ヒーローについて説明しよう。どうして一人ではなく、三人でもなく、五人なのか。これは憶測の域を出ないが、人類が“5”という数字に因果深いからとしか言えん。
手の指が五本、五体、五大元素に五行思想。統計学的にも、ヒーローの多くが五人組だったようだな。安定しやすい数字らしい」
「それよりも家路くん。君に“Hi”の話をしただろう? 覚えているかね?」
「えーと……ヒーローが持ってる成分でしたっけ?」
「正確には、“平和への先駆者”に含まれる謎の元素だ。君も作戦コンソールで見たはず。実は私は、地球上でHiの観測に成功している。その意味がわかるかね?」
「つまり……地球にいる“平和への先駆者”の数がわかる、ですか?」
「正解だ。その結果、地球には4人のHi保持者がいることがわかった。そして、なんと──そのうち3人がこの町の住人なんだ!」
「これは偶然かね!? 私はそうは思えなかった。だが同時に、こうも思った。
“……足りない”」
「世界に存在する平和への先駆者は、たったの4人。
だがヒーローは、5人でなければならない。
ヒーローが4人だったことは、歴史上一度もないのだ!!」
校長の言葉に、お姉さんが補足する。
「そのイレギュラーは、とても不安定。敗北の兆しでもあるの。
つまり──世界が悪に斃れるかもしれない、ってことよ」
「だから、私は決意した。悪魔になろうと。
人工的に、平和への先駆者をつくると」
「そして、君が事故に遭った。私は“これが運命だ”と確信した。
ためらいなく、金に糸目をつけず、五人目のヒーローを造った。世界のために」
「……まあ、はい、わかりました。釈然とはしないけど。でも、えーと、僕の身体に何をしたんです?」
「実はな。私はつい先日までインドに行っておった。Hiの強い反応を受けて、な。
そこで私は、とある平和への先駆者の“残滓”を採集することに成功した」
「そこから先は、私が話しましょう」
保健の先生が、灰皿にタバコを押しつける。
フィルターにうっすらピンクの口紅がついていて、意味もなくドキッとした。
「私は瀕死の君を救うため、あらゆる手段を使った。論文7~8本書けるような大手術よ。そして──君の身体に、大量のHiを投与・合成・移植・結合した」
「それが、校長が持ち帰ったHiです」
「そして君は、今この瞬間も、そのHiに浸食されている。
君は、初の人工ヒーローとなる。インド産の」
……言い方。
「……えーと、ちなみに。誰のHiですか? その“平和への先駆者”って、誰です?」
「ガンジーだ」
「……え?」
「マハトマ・ガンジー」
「えぇぇぇぇ!?」
「インド独立の英雄、“非暴力・非服従”の──」
「知ってますよ!! 存じ上げてますとも!! でも!! ガンジーですか!?!?」
「そう、ガンジー」
「マジガンジー!?」
「マジガンジー。彼の皮膚、遺骨、衣類、書物、糸車、眼鏡──Hiが検出されたものは全部、君の身体に移植した」
「具体的には、指紋は全部ガンジーに。睫毛もそう。
筋繊維には糸車の糸を埋め込んだし、脳内にはカレー粉を──」
「やめてえええ!! いやいやいやいや!!」
「ちなみにその歯もガンジー」
「ッッッ!!」
「貴方の身体の約二割は、ガンジーからできている」
──ガーンガーンガーンガーンジー。
なんて言ってる場合か!! いや、今じゃなきゃ言えない!!
ガンジーは尊敬してるよ!
でも「俺の身体、20%ガンジーなんだぜ☆」って合コンで言える!?
言えないだろ!?
「……だから黄色なんですか。ガンジーで、インドで、カレーで、黄色……」
僕が恨めしげに見つめると、校長はケロッとした顔で言った。
「違うよ。ただ黄色が余ってただけだよ」
「……余ってた?」
「そう。他の色は揃ってたけど、黄色だけいなかった。
君だった(笑)」
「貴方は残りモノで黄色(笑)」
──ふざけやがってこの大人ども!!
かわいい男子をおもちゃにしやがって!!
ブン殴ってやる!!
……と、逆上しかけたとき。
「ちーす」
Aさんが入ってきた。紙巻きタバコを器用にくわえながら、いつもの調子で。
「黄色、聞いたろうが、お前のHiはまだ“不活性”だ。その力も、まだ開花しきってない。
敵には十分、気をつけろよ。Hiってのは、悪を引き寄せる“撒き餌”みたいなもんだからな。お前はもう、一般人じゃねえ。世界を守るヒーローなんだ」
「えっ、それって大事なことじゃないですか!?」
慌てて振り返ると、校長と先生は無言で目を逸らす。
口笛吹いたり、むせたりしてるし、もう!!
「まあまあ、そんなに気にすんな。
俺たちが、ちゃんとバックアップしてやっからよ」
Aさんはタバコをくわえたまま、僕の肩をぽんと叩いた。
その手が、ちょっとだけあったかかった。
「じゃ、俺、定時なんで帰りまーす」
はやっ!
「うむ。お疲れさま。また明日もよろしくな」
「校長、今日の私って残業手当つきます?」
──ああ、もう。
大人なんて、信じられない。
二畳ほどの空間。先ほどの作戦コンソール室とは大違いで、白々しい蛍光灯に、丸いパイプ椅子。そして中央には場違いなほど巨大な空気清浄機。
ここは休憩室じゃない。僕は知っている。こういうのを──喫煙室って言うんだ。
「え~、いいじゃない。若いくせに細かいことうるさいわね。ダメんなったら肺ごと交換すればいいでしょ?」
「それ、先生が言うと洒落になりませんよ」
「うるさい。お前も嫌煙ヒステリーか」
僕の顔に紫煙を吹きかけてくるこのお姉さん。イラッとしたけど、白衣の女性とタバコって組み合わせ、ありかもしれない……と思ってしまった自分がいた。
Bさんからもらったオランジーナとハーゲンダッツのせいだ。僕は寛大だった。
「すまんすまん。喫煙者は彼女とAさんだけなんだがな。喫煙者にも五分の魂、大目に見てやってくれ」
いいっすよ。レアチーズケーキ味、大好きっすし。
「さあ、今度は君の番じゃ。なんでも訊いてくれ。答えよう。……無論、先ほど交通事故に遭って、死にかけて、手術を受けて、改造されて、いきなり秘密基地に連れてこられたばかり。混乱どころか、発狂しててもおかしくはない」
「そこは私の腕の見せ所ですね。□□□□□の匙加減、中毒ギリギリ。こんな芸当をやってみせるのは私ぐらいですよ」
そう言って、彼女は二本目のタバコに火をつけた。
「どうだ、家路くん? 何か訊きたいことはあるかね?」
やっとのこと。ようやく。
でも……これは現実なのか。夢なのか。
僕にはもう何が真実なのかすら分からない。
だけど、ヒーローって、いつも瀕死の状態から始まるじゃないか。テレビでもそうだった気がする。
……まさか、マジで僕、ヒーローになっちゃったのか?
地球はヤバい状況なんじゃないか?
人類の危機とか、そういうアレなんじゃ?
とりあえず、オランジーナを飲み干す。アイスも綺麗にいただく。
頭の中を整理しながら、言う。
「――校長先生がヒーローに夢中なことはわかりました。僕が事故に遭ったことも。保健の先生に助けられたことも。このとんでもなくすごい基地のことも。でも……納得できないことがあります」
「なぜ、僕が戦隊ヒーローなんですか? なぜ、僕が黄色なんですか?」
校長はにっこりと微笑んだ。
まるで「待ってました」とでも言うように。
「まずは戦隊ヒーローについて説明しよう。どうして一人ではなく、三人でもなく、五人なのか。これは憶測の域を出ないが、人類が“5”という数字に因果深いからとしか言えん。
手の指が五本、五体、五大元素に五行思想。統計学的にも、ヒーローの多くが五人組だったようだな。安定しやすい数字らしい」
「それよりも家路くん。君に“Hi”の話をしただろう? 覚えているかね?」
「えーと……ヒーローが持ってる成分でしたっけ?」
「正確には、“平和への先駆者”に含まれる謎の元素だ。君も作戦コンソールで見たはず。実は私は、地球上でHiの観測に成功している。その意味がわかるかね?」
「つまり……地球にいる“平和への先駆者”の数がわかる、ですか?」
「正解だ。その結果、地球には4人のHi保持者がいることがわかった。そして、なんと──そのうち3人がこの町の住人なんだ!」
「これは偶然かね!? 私はそうは思えなかった。だが同時に、こうも思った。
“……足りない”」
「世界に存在する平和への先駆者は、たったの4人。
だがヒーローは、5人でなければならない。
ヒーローが4人だったことは、歴史上一度もないのだ!!」
校長の言葉に、お姉さんが補足する。
「そのイレギュラーは、とても不安定。敗北の兆しでもあるの。
つまり──世界が悪に斃れるかもしれない、ってことよ」
「だから、私は決意した。悪魔になろうと。
人工的に、平和への先駆者をつくると」
「そして、君が事故に遭った。私は“これが運命だ”と確信した。
ためらいなく、金に糸目をつけず、五人目のヒーローを造った。世界のために」
「……まあ、はい、わかりました。釈然とはしないけど。でも、えーと、僕の身体に何をしたんです?」
「実はな。私はつい先日までインドに行っておった。Hiの強い反応を受けて、な。
そこで私は、とある平和への先駆者の“残滓”を採集することに成功した」
「そこから先は、私が話しましょう」
保健の先生が、灰皿にタバコを押しつける。
フィルターにうっすらピンクの口紅がついていて、意味もなくドキッとした。
「私は瀕死の君を救うため、あらゆる手段を使った。論文7~8本書けるような大手術よ。そして──君の身体に、大量のHiを投与・合成・移植・結合した」
「それが、校長が持ち帰ったHiです」
「そして君は、今この瞬間も、そのHiに浸食されている。
君は、初の人工ヒーローとなる。インド産の」
……言い方。
「……えーと、ちなみに。誰のHiですか? その“平和への先駆者”って、誰です?」
「ガンジーだ」
「……え?」
「マハトマ・ガンジー」
「えぇぇぇぇ!?」
「インド独立の英雄、“非暴力・非服従”の──」
「知ってますよ!! 存じ上げてますとも!! でも!! ガンジーですか!?!?」
「そう、ガンジー」
「マジガンジー!?」
「マジガンジー。彼の皮膚、遺骨、衣類、書物、糸車、眼鏡──Hiが検出されたものは全部、君の身体に移植した」
「具体的には、指紋は全部ガンジーに。睫毛もそう。
筋繊維には糸車の糸を埋め込んだし、脳内にはカレー粉を──」
「やめてえええ!! いやいやいやいや!!」
「ちなみにその歯もガンジー」
「ッッッ!!」
「貴方の身体の約二割は、ガンジーからできている」
──ガーンガーンガーンガーンジー。
なんて言ってる場合か!! いや、今じゃなきゃ言えない!!
ガンジーは尊敬してるよ!
でも「俺の身体、20%ガンジーなんだぜ☆」って合コンで言える!?
言えないだろ!?
「……だから黄色なんですか。ガンジーで、インドで、カレーで、黄色……」
僕が恨めしげに見つめると、校長はケロッとした顔で言った。
「違うよ。ただ黄色が余ってただけだよ」
「……余ってた?」
「そう。他の色は揃ってたけど、黄色だけいなかった。
君だった(笑)」
「貴方は残りモノで黄色(笑)」
──ふざけやがってこの大人ども!!
かわいい男子をおもちゃにしやがって!!
ブン殴ってやる!!
……と、逆上しかけたとき。
「ちーす」
Aさんが入ってきた。紙巻きタバコを器用にくわえながら、いつもの調子で。
「黄色、聞いたろうが、お前のHiはまだ“不活性”だ。その力も、まだ開花しきってない。
敵には十分、気をつけろよ。Hiってのは、悪を引き寄せる“撒き餌”みたいなもんだからな。お前はもう、一般人じゃねえ。世界を守るヒーローなんだ」
「えっ、それって大事なことじゃないですか!?」
慌てて振り返ると、校長と先生は無言で目を逸らす。
口笛吹いたり、むせたりしてるし、もう!!
「まあまあ、そんなに気にすんな。
俺たちが、ちゃんとバックアップしてやっからよ」
Aさんはタバコをくわえたまま、僕の肩をぽんと叩いた。
その手が、ちょっとだけあったかかった。
「じゃ、俺、定時なんで帰りまーす」
はやっ!
「うむ。お疲れさま。また明日もよろしくな」
「校長、今日の私って残業手当つきます?」
──ああ、もう。
大人なんて、信じられない。
助けて、ガンジー。ヒーズ・マイ・ヒーロー・イン・マイ・ボディ。