ヒーロー改造、勝手に完了しました
僕は観念していた。もう無駄な抵抗はやめた。
なぜなら、保健のお姉さんが、
「これから先の▽▽▽▽▽は、貴方への請求になるわ。当然、末端価格で」
と注射器片手にニヤリと笑ったからだ。この人は、絶対にマッド・ドクターだ。
これ以上関わりたくはなかった。でも――無理らしい。
だから僕は、深く考えるのをやめた。誰かが言ってた。「考えたら負けだ」って。
「君が交通事故で瀕死だったのは事実だ。そして、その命を救ったのは彼女というのも事実だ」
僕は保健のお姉さんから真新しい制服を受け取り、いそいそと着替えた。足元はふらついたが、トランクス一丁ってわけにもいかないし。
ちなみに僕はトランクス派だ。ボクサーはどうも馴染まない。
「まったく同じ下着も用意できるけど、それは私の本業じゃないの。高くつくわよ?」
うわ、ガメツい。学校関係者って、こんなもんなのか。
なんか大人の汚さを学んでしまった気がする。
「――ついて来たまえ」
校長に促され、僕はその後を追う。……本当に、ここ保健室だったらしい。
窓の外には月。うん、お前はいいよな。気楽で。
思わず溜め息を吐こうとした瞬間、口の中で歯ががりっと音を立てた。
砂利が入ってた。しかも、けっこうな量の。
「えーと、まだよく状況が飲み込めてないんですが……とにかく、ありがとうございました」
「何、気にすることはない。君は私の猫を助け、命を落としかけた。我々はその命を助けた――それだけのことだ」
校長はずんずんと渡り廊下を進む。人気はない。夜の学校って、こんなにも静かだったんだな。
「さっきの映像だと、僕かなりヤバかったですよね? でも、なんというか……全然実感がないというか。身体も全然普通だし」
僕の隣を歩くお姉さんが、ちらりと僕の顔を見た。今さらだけど、やっぱり綺麗な人だ。
「普通の一流なら、騒ぎになってたでしょうね。でも私は“極一流”だから。無免許だけど。
あれくらいの手術、大したことないわ」
……無免許なのに、なんでそんなに自信満々なんだこの人。
「――それよりもむしろ、改造手術の方が大変だったわ。金額的には、損したくらいよ」
「改造手術? あ、あの……戦隊ヒーローって、なんなんですか? 正直、事故とのつながりがわからないというか……」
「それについては私が説明しよう」
気づけば、中庭にいた。
月光の下、アジサイが咲き乱れている。お前ら、いいよな。咲いてるだけでよくて。
校長は、学園創設者の胸像の前に立った。
並ぶその姿は――似てる。というか、瓜二つ。
……この学園、創立百五十年だったよな?
「家路くん、君は英雄を知っているかね?」
「え、ええと……織田信長とか、ナポレオンとか、ジャンヌ・ダルクとか、ですか?」
「その通り。貢献した者としては、マザー・テレサやキング牧師も含まれる。
では問う。英雄は、生まれ持った資質か? それとも、結果論としての評価か?」
「いや、それは……難しいっす」
「結構、結構。知ったかぶりするよりよほどいい。
英雄は二通りいる。偶然称賛された者と、生まれながらにしてなる者だ。これを――“英雄理論”という」
「それ、学問なんですか?」
「私が適当に名付けた」
こいつ……。
「私は後者の“生まれつきの英雄”について研究した。世界を旅し、神話や童話までも紐解き、調査を重ねた。その結果――
平和の先駆者の体内には、ある特定の物質が多量に含まれていた。私はそれを“Hi”と名付けた。科学史に載っていない、未知の元素だ」
もうなんか、ツッコミ入れる気力もない。
「そして気づいた。人為的に、英雄を造れるかもしれないと!
凡人にHiを大量投与すれば、英雄になる可能性があると!」
なるほど。話が見えてきた。
このオヤジ――トンデモないことをしやがった。
でも、ひとつだけ納得できない。
……なぜ、僕なのか。
「いやー、ちょうどタイミングよく死にかけてたし? しかも、騒がれたくないし? いざとなれば闇に葬ればいいし? 金もあるし?」
「いやいやいやいやいや!! 待ってください! おかしいでしょ!!」
「あら、興奮してるわね。▽▽▽▽▽、打っとく?」
「ちょ、それはやめてください!!」
僕は反射的に身構えた。お姉さんの注射器、ほんと怖い。
「だったら校長先生、あなたがやればよかったじゃないですか。英雄大好きなんでしょ?」
「だって気持ち悪いし」
「このクソオヤジィ!!」
「ダメよ家路くん、その手を離しなさい。暴力は最後の手段よ。……確かに、私もここまで非人間な人は診たことないけど」
「あんたもだよ!! 僕に何したかわかってる!?」
「私だって、本当は人体実験なんてしたくなかったわ。無免許だし。でも――お金には逆らえないんだもん」
「だもん、じゃないですってば!!」
もう、二人ともその場に正座してほしい。
説教タイムだ。道徳とは何か、倫理とは何か。全力で問い詰めたい。
「……まあまあ、家路くん。落ち着こう。せっかく英雄になれたんだ。戦隊ヒーローだぞ?」
誰が立っていいって言ったよ!!
「そうよ。いいじゃない、ヒーロー。黄色だけど」
黄色って言うな!!
「うんうん。話はお茶でも飲みながらにしようじゃないか。実は――君たちヒーローのために、特別な基地を用意した」
勝手に進めるな!! あと、猫をそろそろ解放してやれ!!
……と言いかけた、その時。
校長が胸像の額をデコピンした瞬間――ズゴゴゴゴゴ……と地響きが響き、目の前に地下への階段が出現した。
……中庭なのに。なにこれ。すごい。
「さあ、来たまえ! ここは君たちの第二の家になる!
オランジーナとハーゲンダッツもあるぞ!」
「……あ、行きます」