ノーブラと戦隊ヒーローと私
ふわふわと、まるで巨乳様のお胸の上に寝転んでいるみたいだ。触ったことはない。いつか揉みたい。そう、目の前の保健のお姉さんとか頗るいい感じなんです。白衣に赤のタートルネックとか超ソソられます。
――せめてノーブラであれ。と、希っていた。
なのに、僕の思考をズタズタに裂くように、某フライドチキンのおじさんみたいな顔が、にゅっと視界に割り込んでくる。
「君、聞こえるかね? 確か、家路くんと言ったか?」
僕は露骨に嫌な顔をしたつもりだった。おじさんは怪訝そうに首をかしげた。かわいくない。
「薬の影響で朦朧としています。が、聞こえています」
僕は、オヤジの影になって見えにくくなったお姉さんがこっそり全裸にならないかなーと思いつつ、漠然と「なんか喋ってんなー」と聞き流していた。
「……ふむ。ならば逆に好都合だな。今のうちに話してしまおうか」
「果たして彼が、それを受け入れるでしょうか?」
「とりあえず、報告だけでもしておかねばならん。正確には事後報告になるが、事が事だ。遅いより早い方がいいだろう」
おや? と少しだけ気になった。が、それよりも学園の女子を全員体育館に集めて、一斉に二重縄跳びをする妄想の方が楽しかった。みんなタンクトップにホットパンツ。僕は壇上でカウント係。「はい! 1! 2! 3! もっと跳べ! もっと激しく!」
――違うんだ。こんなの僕じゃないんです。全部、■■■■■のせいなんです。
「恍惚とした表情を浮かべているな。いや、こんな状況だからこそ言っておくべきか。家路くん、君は“戦隊ヒーロー”という言葉を知っているかな? いいんだよ、答えなくても私は続けるから」
戦隊ヒーロー? 五人組のヒーロー?
五人組ヒロインのコスプレンジャーの動画なら視ました、最近。制服の銀行員さん、音楽教師、CA、スポーツジムのインストラクター、無職。の五人が悪の男優とくんずほぐれつってました。
「そうだろう! さすが男の子だな! 彼ら戦隊ヒーローは実在する。私はそれを発見したんだ。
どうやって? その気持ちはわかる。だが物事は順序立てて考えなければならない。順序立てればバカでもわかる話だ。
まず、君は戦隊ヒーローをテレビで観ていて、違和感を感じたことはなかったか?
ないはずはない。言葉にできなくても、はるか無意識の内に、誰もが考えうることだ。それはだな――
事件は必ず、戦隊ヒーローの近所で起こる、だ」
いや、今さら!? ていうか、そこ!?
「人類を上回る冷酷な頭脳と圧倒的な力を持つ悪の組織が、なぜ国会議事堂を乗っ取らない?
ホワイトハウスも、バッキンガム宮殿もスルーして、なぜ“幼稚園”なんだ!? なぜ、魚屋の大将を誘拐する!?」
……説得力があるのかないのか、微妙だな。
「私は思うのだ。悪の組織は、戦隊ヒーローの傍にいなければならないのだ!
つまり、戦隊ヒーローの存在こそが、悪を引き寄せる!!」
ここでようやく、僕の意識は醒めてくる。
猫を抱っこしながら顔を真っ赤にして語るオヤジ。――やべえ。いよいよ胡散臭ぇ。
「――あの、僕、もういいっすか?」
「わかるかね? その先の“必然の仮定”を! 数学でいう“仮定法”だ! I wish I were a bird!
もし、戦隊ヒーローがいなかったら――この世界はどうなる?
悪の組織はいなくなるか? 違う! 世界を見たまえ!
汚職政治家! 銭ゲバ社長! 詐欺師に殺人犯! 態度の悪いコンビニ店員! ぼったくりスナックのママ!
戦争、紛争、死体遺棄! この世界は“悪”で溢れている!!」
隣で保健の先生が真顔で頷いてる。あんたらも、わりとその一味よ?
「だからこそ! この世界には“戦隊ヒーロー”が必要なのだ!!
悪を吸い寄せ、集約し、集中させる磁石のような存在――
それが、戦隊ヒーロー!!」
ドン引きとは、こういう現場に立ち会うことを言うんだな。
僕は静かに、全力で逃げる準備をした。
が、するん――と急に全身から力が抜ける。さっきまでとは違う、強烈な脱力感。
「▲▲▲▲を打ったわ。貴方はしばらく動けない。校長先生の話、最後まで聞かなきゃ」
――最悪の胸騒ぎ。
これは、ヤバいやつだ。
絶対に、次の言葉で絶望する。
たとえ嘘でも関係ない。僕は、それを“受け入れざるをえない”だろう。
オヤジが、猫を抱いたまま、ゆっくりとこちらに振り返る。
その顔に浮かんだ、無邪気な笑顔が――一番、恐ろしかった。
「家路くん。君には、戦隊ヒーローになってもらった。
黄色だ。
この町のために、頑張ってくれたまえ」