保健室は蘇生の夢を見るか?
僕は――今、自分がどこにいるかを理解している。
置かれた状況も、きっと正確に把握している。
それでも、これはもう、テンプレ通りの質問だ。
否。口が勝手に動いた。名づけるなら――確認要求。
「……ここは、どこですか?」
もちろん、答えなんてわかってる。
僕は事故に遭って、病院に運ばれて、治療を受けた。
校長先生は学園の責任者として、保健の先生は付き添い。
両親は、たぶん入院手続きとか説明を聞いてて……。
でも――
「ここは保健室だよ」
「――は? 病院じゃないんすか?」
あわてて周囲を見回す。
確かに、病院にしては静かすぎる。
ベッドも小さいし、看護師の気配もない。
「公道とはいえ、学園前で事故なんて世間体が悪いだろう?」
――何言ってんだ、このオヤジ。
「心配いらん。君は内臓破裂に頭蓋骨骨折、全身打撲で重体だった。命が助かったのは奇跡だよ」
僕は両手のひらを見る。
指は、自由に動く。
足も、ちゃんと動く。
何言ってんだ、このオヤジ。
「あの、校長先生? ひょっとして……冗談ですよね? 僕、ピンピンしてますけど?」
「これを見たまえ。事故の瞬間と、その直後の映像だ」
校長がタブレットを起動。
映し出されたのは、学園前の交差点。
信号待ちをしているマヌケな後ろ姿――僕だ。
知ってる、この映像。
猫が走ってきて、トラックが迫って――
……グシャア。
僕が跳ね飛ばされ、トラックに踏まれ、引きずられている。
映像が切り替わる。手ブレの激しい手撮り映像。
血まみれのリュック、泥まみれのスニーカー。
ぐちゃぐちゃになった制服。
そして――担架に乗せられた、グロ画像そのものの僕。
白目をむいて、口が開き、生命の気配はどこにもない。
なぜ、これで僕は生きているのか。
「君はついていた。ラッキーだった。何せ我が校には、スーパードクターがいる」
――は?
「死者すら甦らせたという伝説の、ね」
保健の先生が、赤縁メガネを人差し指でクイッ。
「私がいなければ、あなたは死んでいた。むしろ、死んでいた。あなたは――私に生かされた」
――ええ!?
「……保健の先生が手術したんすか? 病院じゃなくて? 救急車もなしに!?」
「驚くのも無理はない。しかし、もう大丈夫だ。君はついていたんだ。ラッキーだった。何せ、我が校にはスーパードクターがいるんだよ、死者さえも生き返らたという伝説の。彼女の腕は、世界一といっても過言ではない」
保健の先生が、赤い縁眼鏡を人差し指で押し上げた。自慢気に。
「校長先生に感謝しなさい。この学園に偶然にも私が居合わせたことを幸運に思いなさい。医学界の奇跡と讃えられている私の手じゃなければ、君は死んでいた。いや、むしろ死んでいる。君は私に生かされた。ちなみに、無免許医です」
ええ!? はあ!?
保健の先生が手術したんすか!? 病院の救急外来とかじゃなくて!? 救急車とかじゃなくて!?
「驚くのも無理はない。しかし、もう大丈夫だ。彼女の腕前は世界一といっても過言ではない。――もっともそれに釣り合うだけの報酬が必要だったが、こちらは私が立て替えた。腹に背は変えられん」
「ネットで勉強しただけです」
「謙遜は君らしくない。報酬こそは君の技術を物語っている」
「いろいろ派手にやらかしたという噂は聞いている」
「実際、警察に捕まります」
「無免許だからな」
ちょっと待て! お願い! 待ってくれ!
話の流れがやばい!! どこまで本気!? 僕、騙されてる!?
「い、いかん! また興奮してきたようだ!」
「落ち着かせましょう。■■■■を打ちます」
「何だね、それは?」
「気分がスッキリする薬です。麻薬と呼ばれてます」
イヤアアアアア!! ダメェェェ!! やめてぇぇぇ!!
僕の意識は、再びしぼんでいく。
――でもその直前、校長の声が聞こえた。
「あ、そうそう、猫ちゃんは無事だよ。君のおかげだ。ありがとう」
猫を抱きしめて涙ぐむオヤジを、視界の端に残して、
僕は心の中で――最後の言葉をつぶやいた。
何言ってんだ、このオヤジ……!?