交差点で会いましょう
放課後のことだった。
僕は化学の実験器具の片づけを手伝っていて、独り遅くなってしまった。
夕焼けに染まる教室。女子たちのグループが盛り上がっている。
僕は「また明日」と軽く挨拶し、リュックを背負って生徒玄関へ向かった。
廊下でラケットを小脇に抱えた女子とすれ違う。……いい匂いがした。
階段の踊り場では、アイドルのカードを交換し合ってる男子たち。……悪い匂いがした。
生徒指導室の前では、なぜか足早になる。
そして、なんとなく振り返る。あそこは嫌いだ。
遅刻届を出すたびに、いちいち難癖をつけられる気がして、胸糞が悪い。
下駄箱でスニーカーを引っ張り出す。
傘立ての近くでは、カップルがイチャイチャ。……あれ、あの子は百田じゃないか?
また彼氏変わったのか。相変わらず、モテてますなー。
――はぁ。
玄関の前には、夕焼け色のグラウンドが広がっている。
運動部の連中が、部活の残り香のような汗を撒き散らしながら走っていた。
同じ“汗”でも、女子と男子じゃ流す成分が違うと思う。
女子はフルーツとかスイーツとか。男子はハラミとかメンチカツとか。
たぶん、そういう感じの成分比率。
そういえば、小腹が空いていた。
商店街の牛肉コロッケでも買って帰ろう。
僕は学園前の交差点で、信号の「停止」ボタンを押す。
信号は赤。国道の交差点だから、なかなか青にならない。
本庄によれば、ここの信号待ちで声をかけると、恋が実るらしい。
「気のある子と一緒に渡ると、絶対うまくいく」って。
でも――それ、嘘だよな。
信号待ちの女子は、大体誰かと一緒にいるし、たとえ一人でも、周囲の目がある。
彼女が“完全にノーマーク”になるタイミングを狙って行動すればいい。
……が、それを毎日ストーキングするようになったら、それはもう“恋愛”じゃなくて“事件”だ。
つまり――
やっぱりさっさと連絡先を交換したほうがいいんだよ。
そもそも僕にも、ここで一緒に信号待ちしてくれる女子がいればよかった。
百田と付き合いたい。百田はきっと、エロい。だから僕も、エロくなりたい。ノデアル化粧品。
――と、考えていたそのとき。
僕は“それ”を目撃した。
道路の向こう側から、猫が走ってくる。
魚をくわえて、ものすごく嬉しそうに。
おお、都市伝説で語られるような光景だ……とか、思ってる場合じゃない。
赤信号。それは車が突っ込んでくるタイミングという意味で――
猫の前方、トラックが突進してくる。
猫は立ちすくんだまま、魚をくわえたまま、目をキラキラさせて――
次の瞬間、僕の身体は勝手に動いていた。
理由なんて、わからない。
ただ、自然に動いていた。
猫を抱きかかえた。
――魚、生臭っ!
視界の端に、バンパーが迫る。
クラクション。ブレーキ音。
アスファルトを引き裂くようなタイヤの悲鳴。
そして――
そこから先の記憶は、ない。