保健室とフライドチキン
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「――どうかね、容態は?」
「手は尽くしました。あとは、本人の気力次第かと」
……え?
「――そうか。最善を頼む。これほどの勇気の持ち主は失いたくない」
な、何……?
「ええ、もちろんですとも。事故の甚大さは、彼の身体がすべてを物語っていました。その経緯も――執刀した私が一番理解しています」
ふぁ!?
「まさか、こんなことになるとはな……まだ若いのに。いや、若さ故か」
はあああああああ!?
ちょっと待って!?
何!? マジ何!?
え、僕、死ぬの!?
本当に死んじゃうの!?
――そう、他人事のように響く会話で、僕の意識は一気に現実に引き戻された。
戸惑い、恐怖、混乱……いやもう、錯乱状態。
「おお、目覚めたようだ! 大丈夫かね!?」
「気分はどう? どこか痛む?」
死にたくない!!
嫌だ!!
まだ絶対に死にたくない!!
助けて!!
お願い、お願いだから!!
僕はまだ何もしてないんだ!!
止まらない思考が、脳を拘束する。
九九の二の段すら答えられそうにない。
とにかく、息が苦しい。
喉を掻きむしりたかった。
「様子がおかしいぞ!? 何が起こっているんだね!?」
「ご心配なく。ただのパニックです」
そのとき、右腕にチクリとした痛みが走った。
直後、スッと――まるで魔法のように――心が落ち着いていく。
あれだけ埋め尽くしていた恐怖が、音もなく霧のように消えていった。
安堵。
静寂。
ああ、深呼吸ができる。
LEDの灯りが白々しい。
ベージュのカーテンで仕切られた空間。
僕は、病院のベッドに横たわっていた。
「ふむ、どうやら安心したらしい」
「当然です。■■■■を打ちましたから」
「君、それは……?」
「はい、俗に言う麻薬ですね」
おや? とようやく気づく。
白衣の女性と初老の男性――どちらも、なんだか見覚えがある。
白衣の女性が、僕の右目にペンライトをかざした。
眩しい。
白衣の女性は、白いスーツの下に明らかにTシャツを重ね着していた。
さっきまで医者じゃなくてフェスにいたような軽やかさだ。
「意識は明瞭ね。ここがどこかわかる?」
あれ、この人……保健の先生じゃなかったっけ?
学ラン派に人気の、ちょっと年上の美人先生じゃなかったっけ?
「よかった、うん、本当によかった……」
初老の男性が、僕の右手を両手で強く握りしめた。
――この人、校長先生だ。
挨拶が長くて、フライドチキンが似合いそうなおじさんだ。
「君……ありがとう。本当にありがとう!」
「言葉じゃ言い尽くせない。君は……君は、人類の未来を救ったんだ!!」
「ありがとう! 私の猫を助けてくれて《・》!!!」
――え?
何言ってんのこのおじさん??
でも、涙まで流してる姿を見て、
僕は――
僕はようやく、あの事故のことを、鮮明に思い出した――。