君とお揃いの新しい指輪
[君とお揃いの指輪]
分かっていた。人間を愛そうが自分よりも先に死んでしまうことは……。
分かっていた。彼女が死んでしまうことは。
だけど彼女を愛さずにはいられなかった。
俺は分かっていて"後悔”という飴を舐めた。
彼女のシワシワになった手を優しく握った。
その優しい手を握っていた時、手に硬いものが当たった。
その手に目をやると昔買った指輪がはまっていた。俺の首からかけられている物と同じ物。
よく手入れされていたのだろう。安物の指輪だったが、キラキラと光っていた。
俺のやつは少し色褪せている。
目に入ったもう片っぽの手はグーに握られていた。その手をゆっくりと傷つけないように開ける。
その中には公園で渡したミニカーがあった。禿げた塗装にでこぼこになったタイヤ。かつての赤さはもう感じない。だけど彼女は待っていてくれたのだ。
警察に捕まった後、沢山の話を聞いた。
人間の世界のこと。食べ物のこと。数えきれないことを聞いた。教えてもらった。
その中でも覚えているのは数少ない。
その中で、記憶に深く残っているものがある。昔話だ。よく警察官が話してくれた。その中でも『かぐや姫』という話が特に好きだった。
月に帰ってしまう女の子の話。
彼女にもう会うことはできないのだろうか?
あの笑顔はもう見ることができないのだろうか?
彼女が書いた遺書。
その封筒の中には指輪が二つと短冊が一つ入っている。
指輪には付箋で結婚用と書いてあった。銀のシンプルな指輪。そして短冊。あの夜に書いたものだ。そこには彼女の字体で
"彼と結婚式をしたい”
と書かれている。
指輪をゆっくりとはめて俺はこう呟いた。
その声は震えていただろう。掠れていただろう。
遅くなってすまなかった。
"君を愛しています”
どんな姿になっていても。
立ち去った彼の左手には薬指にはキラリと光る指輪がはまっていた。
そして彼女の死体の左手の親指には指輪が光っていたとか。
「ただいま」
月明かりの夜、彼の姿は月に飲み込まれた。
大きな満月に。
〈数年後〉
オレンジの空にまだらに雲が散っている時間。
ある墓地に一人の麗しい男が歩いている。
こんな場所にいるとは思わない服装。白いタキシードだ。片手には大きな花束。
そしてその男はある墓の前で足を止めた。
「待たせてすまなかった。やっと準備ができたんだ」
と優しく微笑み声をかけると、花束を置き前に座り込んだ。少しの深呼吸の後、男は口を開いた。
「俺と結婚してくれますか?」
風で揺れる葉が音を鳴らし、男の髪を揺らす。綺麗な髪が夕焼けに打たれ美しく光っている。
男は暫く静かに泣いた後、墓を後にした。どんどん小さくなる背中は夕日を背負い振り向くことは決してなかった。そんな男の手には相変わらず指輪が一つはまっている。
墓にはマーガレットと沈丁花の花束が置かれていた。
こちらで『何年振りかのただいまを』は完結とさせて頂きます。
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