君は待っていた
[君は待っていた]
時間が経ちすぎて色褪せて走れなくなったミニカーが部屋の隅に置かれている。
静かに日光に照らされながらまだ生きたいと粘っているようだった。
惚れてはいけないと分かっていた。
分からない。だけど多分ね、あの人は人間じゃ無かったの。
ご飯を食べてはくれないし、日光の下は歩けないし。夕陽は平気なようだけど……。
だけど私は彼を本当に愛していた。
私達は付き合う事になって、数年後私達は婚約をした。
どうやって付き合ったかって?
彼が告白してきてくれた。
夕陽に照らされながら頬を染めていた。
だけどロマンチックな所じゃなくて近所の公園それも彼が乗りたいといったブランコの上。〈キィ、キィ〉と鈍い音をたてるブランコに並んで座っていた時だった。
何を渡せばいいか分からなかったのか、その時にミニカーをくれた。夕陽のように真っ赤なミニカーだった。
光を反射してピカピカと光るミニカーはかなりの高級品なのが見て取れるくらい豪華だった。
なんでこれなの? って聞いたら、
"公園で男の子が喋っていてた”って返ってきて笑いを堪えるのが大変だったけ?
その後に二人で指輪を買いに行って、お揃いの指輪を買った。二人ともそんなにお金がなかったから、安物だったけど。お店が閉まる前に行かなきゃだから大変だった。
それからは一緒に遊んだ。
彼が日にあたれないから遊園地とかは無理だったけど、私は楽しかった。
でも暫くして彼は警察に連れてかれた。
やっぱり吸血鬼だったんですって。
この世界において吸血鬼は一度逮捕される存在。
人間界を知るために。
いつかは釈放される。だけどいつかはわからない。
彼は警察に連れてかれる前まで私を愛していると言ってくれた。
そして最後に聞いた彼の声は、"まだ何処かで会いましょう”だった。ここの記憶ははっきりと覚えている。
七月七日の夜八時を回った時。
生憎の雨だったが、何故か空は輝いて見えた。織姫様と彦星様が一年に一回会える日。
そんな日の雨はきっと二人の涙なんだろうねと彼と話していた。
因みに願い事は教えなかった。
笑いながらスイカを食べる、そんな幸せはあっさりと終わりを告げる。
元々硝子の板の上に乗っていた幸せだから、いつかは壊れるだろう。だけど壊れないものだと勝手に思い込んでいた。
その出来事から彼は帰ってはこない。
"またいつか会いましょう”なんて曖昧な言葉を残した彼に少しの恨みを覚える。
なんてったて私はもう死んでしまう。
病気じゃない、寿命だ。
この長い人生私は引っ越しをしなかった。
彼との思い出と共に死にたかったから。
私は震える手でペンを持ち、遺書を書いた。
ちゃんと書けているかも分からないが、私はそれで十分だった。
私の目に張った水の膜が壊れ紙に落ちる。
便箋を封筒に入れ、枕元に置く。
手に異物を包み、私はその場に倒れ込んだ。
窓から差し込んだ月明かりがある昔話を思い出さした。私の最後のステージを照らすかのような満月。
私の記憶はそこで途切れている。
その後、彼女の家のドアが〈ガチャリ〉と大きな音をたて開いた。荒い呼吸音と共にバタバタと慌ただしい足音。そして手にミニカーを包み倒れ込んだ彼女を見た瞬間そしてそこに立っていた人影はこう呟いた。
「あぁ、遅かった……か」
肩で息をする彼のやるせなく、絶望したかのような声はどんどん掠れて小さくなっていく。
静かな部屋にその声だけが響く。
そんな彼の涙は一晩中流れ続けた。
もう枯れて出なくなろうとも、泣き続けた。少ない彼女への償いとして。
そんな彼の姿は昔と変わらず美しいものだった。
"拝啓 私の愛した吸血鬼へ”
「お帰りなさい」