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2nd scene8 カム・バック page2

 靡木峠には、昨日の雨で思いっきり走れなかった、または走らなかったウサを晴らすために。前日より多目の台数の車が思い思いに走っていた。

 昨日のように、あくびをするような車はいない。

 みんな全開で、本気で走っている。

 ウェットでは怖くて踏めなかったアクセルも、ドライでなら思いっきり踏める。

 だから、貴志もRX-7を思いっきり走らせる、と思っていたが。

 路面がドライになっていても、やはりパワーアップした愛機を乗りこなすのは難しかった。

「うぉ……」

 走る、曲がる、止まる。

 この動作一つ一つの度に、貴志の口から空気と一緒に声が漏れる。

 雨では体験できなかったマシンのパワーが、今貴志にその猛威を振るう。

 アクセルを踏めば、より強烈なダッシュで前に引っ張られ。以前よりもスピードメーターの針の進みが早く、より高い速度を示してくれ。

 コーナーと一緒に恐怖も迫ってくる。

 そのスピードを殺す為に、以前よりも早く、かつ正確性を求められるブレーキングを強いられる。

 ハイパワー化による高出力とハイスピードを殺す為のブレーキは、ちょっとでも強く踏みすぎれば簡単にそのスピードを大きく削ぎ落としてくれる。

 ブレーキが効く、などと喜んでいるどころではない。

 かと言って、踏む力を弱めればRX-7はアウト側のガードレールや山肌と熱い口づけを交わそうとする。

 ブレーキを踏んでスピードは殺せても、恐怖までは殺せなかった。

 それをなんとか避けてコーナーを曲がろうとすれば、昨日やらかしたようなスピンを再現しそうになってしまう。

 パワーがスルーされるのはドライでも同じだった。

 少しでも余計な力を右足に加えれば、タイヤは空回りして身を削られる苦痛から悲鳴を上げる。

「ドライでもすべるのかよ……」

 タイヤが空回りする度に、思わず右足を引っ込めてしまいそうになってしまう。

「香澄ちゃんは、このパワーを乗りこなしていたのか……!」

 自分の愛機が香澄のコズミック-7と同等のパワーを得たことによって、初めてその凄さというものを噛みしめる。

 まったく恐ろしい、本当に恐ろしい。

 いくら完璧に何でもこなすように創られたアンドロイドとはいえ、ハイパワーを手なずけることの難しさを実感した貴志は、改めて香澄に舌を巻いていた。

 マリーさんがAIプログラムを手がけたアンドロイドが、あのモンスターを操っている。

 そう思うと背筋が凍りつきそうになり、また胸がうずきそうにもなり……。

 今ごろマリーさんはどうしてるんだろうか?

 ふと、走っているにもかかわらず、そんなことを考えてしまった。

「馬鹿! それどころじゃないだろ!!」

 目の前にコーナーが迫っている、慌ててブレーキを踏む。

 RX-7は前のめりになって、フロントタイヤがロックされる。

「しまった!」

 ロックされたフロントタイヤから煙幕のように白煙が上がる。

 摩擦でタイヤ表面が削られる。

「くそ」

 一旦ブレーキから右足を離し、また踏みなおす。

 ロックから解除されたフロントタイヤは、再びタイヤとしての役割を得て回りだす。

 そして今度は、右足の力加減に気をつけて、タイヤがロックしないようにブレーキを踏む。

 RX-7はなんとか減速してくれて、コーナーも曲がってくれた。

 間一髪、冷や汗もののブレーキングだった。

「やばかった…」

 これはいけないと、貴志はクールダウンの為にRX-7を飛ばさずに普通に走らせて。西側駐車場に一旦停めることにした。

 どうしても、RX-7の変わりように戸惑いっぱなしでのぼせ気味のようだ。

 少し休んで頭を冷やして、またやり直しだ。

 まだ香澄は来ていないから、いいだろう、と。

 西側駐車場に着けば、智之がいた。

 貴志は智之を見つけると、智之の方へと向かう。

 ターボタイマーが効いて、しばらくはエンジンがかかったまま時間が経つと自動的に止まる。

 その間、RX-7は満足に走れなかったフラストレーションを愚痴るようにつぶやくようにさえずっている。

 貴志は後ろ髪を引かれる思いだった。

 一体どうして自分はここまで香澄を追うんだろう、と。

「よう、今日も来たんだな」

 智之が貴志に声をかける。

「ああ、まあね」

「FCの調子はどうだ?」

「凄く良いよ。良すぎて怖いくらいだよ」

 貴志は苦笑しながらRX-7の方を一瞬見た。

 怖い、本当に怖い。

 怖かった。

 RX-7が、そのパワーが、パワーが絞り出すスピードが。

「昨日一晩中いたんだろ? 今日も来てるとは思わなかったよ」

「言わなかったかな、香澄ちゃんドイツに帰るんだってさ。それまで毎晩走るって。だからオレも合わせて走らないと……」

「え、そうなのか…」

 智之は寝耳に水と目を丸くする。

「ああ、ドイツ在住で。一時帰国してたんだってさ」

「そうだったのか…、知らなかったなあ。でも、だからってそこまでしなくてもさ」

「オレもそう思うよ。ホントは眠たくてしかたないんだけどさ」

 と、ふと夜景を見つめる。

 夜景は散りばめられた宝石のようにきらめき、海と山に囲まれた地形のために東西にのびていて、まるで天の川のようだ。

 その中に、マリーがいると思うとなんだかやるせなくなってくる。

 同時に、まだ来ぬ香澄がこの中にいると思うと変に体の中の細胞だかDNAだかがざわざわと騒ぎ出して、ほっとくと体の中がこそばゆい。

 少し物思いにふけっていると、RX-7のターボタイマーが効いてエンジンが止まった。

 香澄が来るまでの一休み。

 RX-7は今は物言わぬ無機質な固体として、パワーを全て封印されて静かにたたずんでいる。

「やっぱり、ほっとけないよな。香澄ちゃんは」

 物言わぬRX-7に代わるように貴志はつぶやいた。

 智之も何を言っていいかわからない。

 昨日、貴志たちが自分の手の届かない、うんと向こうまで行こうとしているのを見た。

 あの、バイクでヘボだった貴志が、ここまで車で走るとはどうして想像出来たろうか。

 タダでさえ速かったのに、もっと速く走るためにRX-7をチューニングしてパワーアップさせて、のめりこみ具合が半端じゃない。

 もちろん使った金も半端ではないだろう、香澄が帰った後でもその使った金は生き続けることが出来るだろうか?

 余計なことかもしれないが、気になるところだった。

「それじゃあ。また一っ走りしてくるよ」

 と、貴志はRX-7へと向かう。

 智之は、RX-7へと向かう貴志の背中が陽炎のようにゆらぎ、大きくなったり小さくなったりを繰り返しているように見えた。

 貴志を見送り、さて自分は帰ろうかと思いシルビアの方へと向かっている最中。

 ふと何かが聞こえたような気がした。

「え、まさか……」

 智之は音のする方向を向いて耳をすませてみてみれば。

 間違いない、天まで突き抜けそうな甲高いNAサウンド。

 天を突き抜け、自分までもが貫かれそうなサウンド。

 3.2リッターV6V-TECのサウンド。

 赤い魔女の駆る、赤いNSX。

「あの女も来たのか……」

 智之はごくっと唾を飲み込んだ、これは今夜もただでは済みそうも無い。

 そう思うと、これ以上ここにいるのが怖くなって、早く峠を去ろうと思うものの。

 それでも足を踏みとどめて、どうなるのか見たいという矛盾した気持ちがあった。

 怖いもの見たさ、とでも言おうか。

 そうしているうちに音は徐々に大きくなってゆき、腹にまで響きだす。

 他の走り屋たちも同じようにしている。

 NSXは向こう側のコーナーを過ぎ、ヘッドライトが前の道路を照らす。

 皆の目がヘッドライトの灯りに釘付けになる。

 同時に、耳をつんざく大音響が駐車場一体に響きわたった。

 と、思ったら。

 何を思ったかNSXは減速し、音も小さくなる。

 どうやら駐車場に停まるつもりらしい。

 智之をはじめ、他の連中も黙ってそれを待ち受けている。

 NSXはその姿を現し、控え目に駐車場に入ってくる。

「え、ふたり」

 智之はNSXの中に人影がふたつあるのを見逃さなかった。

 まさか男でも連れてきたんじゃあるまいと、NSXの様子を伺っていれば。

 運転席のドアが開いた、あの女が出てくる、と思ったのに。

「え、え、え、え。りゅ、龍?」

 智之たちはNSXの運転席から出てきたドライバーを見て目を丸くしている。

 どうして龍がNSXに?

 すると、隣は。

「おー、今夜も来てるねえ。走るパイロンが」

 と、嫌味を言いながら出てきたではないか。

 もちろん、あの女、彩女だった。

 龍はそれには何も言わず、久しぶりに来る峠の駐車場を見回していた。

「源!」

 誰かが龍に声をかける、かなり興奮しているみたいだ。

 それを聞いて、龍はその男の方に向き直る。

 男は、龍がクラッシュしたのを見た、と言っていた走り屋だった。

 それこそ、幽霊でも見たかのように狼狽しながらなのがよくわかる。

「あー、はいはい。まずマネージャー通してもらわないと」

 と、彩女が前に立ちはだかる。

「なにフザけたこと言ってるんだよ」

 龍は呆れたように彩女に言った。

 男は立ちはだかった彩女にも狼狽しながらも、龍に詰め寄ろうとしている。

「お前、どうしてNSXなんかに乗ってるんだ?」

「なんかに、なんて失礼ね。NSX捕まえてさ」

「う……。そ、そんなことはどうでもいい。とにかく、これは一体どういう事なんだ? それを聞きたいんだよ」

「だってさ。龍」

 龍は溜息をついた。

 周りは騒然としている。

 視線が妙に痛かった。

 まったく、なんでこんなことになっちまったんだか。

「成り行きでな。こうなっちまった」

 としか言えなかった。

 他にどんな言いようがあるというのか。

 智之までもが、自分を睨みつけるように見ている。

 彩女ともども、自分も嫌われ者になりそうだ。

 彩女はこの状況を見て、薄ら笑いを浮かべた。

「さあさあお立会い!」

 薄ら笑いを浮かべた、と思ったら。突然声を張り上げて周りに叫びだした。

「これから龍があたしのNSXで走るから。よーく目をかっぽじって見てるんだよ!」

 周りは彩女の突然の言動に驚いている。彩女はまるで見世物小屋の客寄せのように声を張り上げる。

「せっかく良いウデを持ってるのに、どこかの悪い女のせいで車を潰しちゃったけど、今夜からまた走り出すからね。楽しみにしてなよ!」

 自分の事を悪い女呼ばわりして、楽しみにしてなよ、とは。

 彩女の言葉を聞いて思わず頭を抑えてしまった。

「彩女さん。もういいから、黙っててくれ」

 龍は恥ずかしそうに彩女に言った。

 ホントに恥ずかしい。

 これじゃなんかのイベントの呼び込みみたいじゃないか、別にイベントでもなんでもないのに。

 周りの連中は唖然としている。

 それもそうだろう、龍はNSXでやって来て、何の説明も無いままに女は突然訳のわからない事を叫びだす。

 それに触発されて、誰かが声を上げた。

「NSXに乗るって、どういうことだよ! 自分で香澄ちゃんに勝てないからって、龍を引っ張り出すなんて卑怯じゃないか。走り屋なら自分で勝負しろよ!」

 激しく怒気を含んだ声、しかしというかなんというか、やっぱり彩女は動じない。

 それどころか、いまだに含み笑いを続けている。

「おやおや、ここにやきもち焼きさんがひとりいるようだね」

 と、平然と言ってのける。

 もちろん、それに黙っていられるわけも無く。

「ふざけるな! なんでオレがやきもちなんて焼かなきゃいけないんだ。だいたい、NSXでスピンするようなヘタクソのクセに!」

 今にもキレそうな声、彩女もさすがにこれには。

「ならさ、あんたが乗ってみるかい? 香澄ちゃんを追いかけてくれるかい? 出来る!?」

 と、激しく言い返す、さらに。

「速いヤツに車を託して何が悪い! そんなに言うなら、あんたがやってみたらどうだい。あんたが龍より速く走ることができりゃ、あたしはいつでも乗り換えてやってもいいんだよ!!」

 とまで言ってのける。

「だいたい今まで散々ギャラリー決め込んどいて、生意気に口出しするんじゃないよ。そう思うなら、どうしてあんたは香澄ちゃんを追わないの、どうして!」

 怒りの形相すさまじく、彩女は毎度お馴染みの般若のような形相でまくしたてる。

 こうなったらもう誰にも止められない。

 彩女が血走った目で周囲を見渡せば、誰もが彩女から目をそらし、目が合わないようにする。

 あからさまに呆れたように溜息をつく。

「どうしたの? 何にも言い返せないの? まったく……」

「もういいだろう。その辺でやめとけって」

 龍は困ったような顔で彩女を制した。

 あまりにもバツが悪すぎて、みんなと顔合わせが出来ない。

 気が強いのも、困りものだと思わずにはいられなかった。

 すると、RX-7のロータリーサウンドが耳に飛び込んできた。

 貴志が戻ってきているのだ。

「ロータリーの音、貴志のヤツ来てたのか」

 そのロータリーサウンドを良く聞けば、以前聞いた13BTとは違う音だった。

 これが何を意味するのか、考えるまでも無かった。

「そのようだね」

 彩女も落ち着きを取り戻し、龍に笑いかけた。

 龍は何も言わず、頷いて、そのままNSXに乗り込む。

 周りはそれを固唾を飲んで見守る。

 ふたりがNSXに乗り込むと、NSXは威嚇の雄叫びを声高に叫び、猛り、その叫びは峠中にこだまする。

 智之はそれを黙って見守る事しか出来なかった。

 龍がNSXに乗っていることも、誰かが彩女に食って掛かったときも、もう自分たちははるか後方に追いやられてしまっていると思っていた。

 だから、彩女が龍にNSXを乗せているのが、少しだけわかったような気がした。


scene8 カム・バック 了

scene9 ハウリング に続く

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