scene9 アクロス・ザ・ランニングウェイ page2
峠の山々に響き渡るマシンのサウンド。それはまるで、モンスターの遠吠えのようで、聞くものの心に食らいつくようだった。
いや、モンスターそのものかもしれなかった。
最強のロータリーエンジン、トリプルローターを搭載する、コズミック-7。
それを駆るのは、人工知能を搭載したアンドロイド。
優は言った。
車もドライバーも最高傑作、と。
そのモンスターを追う、龍と貴志。
モンスターを、モンスターとわかった上で、追いかけていた。
モンスターだからこそ、追いかけていた。
そのモンスターを追いかけて、その向こう側に、何があるんだろう。そんなことは、考えなかった。
ただ、追った。
香澄を追った。
そして香澄は追われた。
香澄が香澄であるがゆえに。
三台のマシンが靡木峠の峠道を突っ走る。
ヘッドライトで闇を切り開き、そのマシンサウンドで静寂を引き裂き。
ヘッドライトの届かないコーナーの向こうを、香澄はつくりものの黒い瞳じっと見据える。
アクセルを踏めば、コズミック-7が叫ぶ。叫ばせている。
「……」
龍は愛機MR2を鞭打ち、大きく息を吐いた。
背中からの声、龍をけしかける。
香澄はちらっとミラーをのぞいた。
ミラーにはMR2のヘッドライトがいっぱいにうつって、占領されている。
その後ろに、ちらっちらっと見え隠れする貴志のRX-7のヘッドライト。
一番後ろのRX-7はまるでスケートリンクを滑走するようにタイヤをスライドさせて走っている。しかしそれで速い。
それもまた貴志だった。
「単車のときは遅かったのにな……」
そんな自分が不思議でもあった。
「てか、はえぇ……」
いまはそれどころじゃない。貴志はブラウンの瞳にMR2のナンバープレートをうつし、アクセルを踏んだ。
前の二人も速い。ぼやぼやしてると置いていかれてしまいそうで、RX-7を速く、速く走らせようとする。そうすればするほど、RX-7は激し身じろぎしているようだ。
「しぶてーやろーだ」
龍はまた大きく息を吐いた。身体の中になにかが溜まりこんで、それを吐き出しているようだった。
それはいうなれば、気合、それとも根性ともいおうか。
「こればっかりはてめーにゃねーだろ」
香澄に向かって、ぽそっとつぶいやいた。
コズミック-7の、自家製のCOSMIC-7のエンブレムを黒い瞳にうつしだして、アクセルを踏んだ。
そうこうしているうちに、東側の駐車場に着き、折り返し走り出す。そこにいた走り屋たちも、何がどうなのかさっぱりわからず、ただ三台を見送るしかなかった。
香澄は、龍は、貴志は走りつづけた。
何度も何度も、峠を往復した。
ヘッドライトの届かない、闇の向こう側へと、向かって。
その向こうに、何かがあるような、ないような、いややっぱりあるような、そんな気がして。
アクセルを踏んだ。
「走ってるんだね」
ぽそっとつぶやいた。そのつぶやきはコズミック-7のサウンドにかき消される。
吹き飛ぶ景色。それをつつみこむような、サウンド。
どこまでも突き抜けそうな、天空を包み込む夜空すら突き抜けそうな、サウンドだった。
それは心の中にまで突き抜けて、響き渡った。
響き渡って、心が動いた。心が動いて、身体が動いた。
そこに感傷の入り込む余地などなく、ただひたすらに、ドライバーにアクセルを踏めと命令してくる。
ふと、ふと、思った。
パーツって何だろう。
ミラーをのぞいた。
いままで何度ミラーをのぞいたことか。
「龍も貴志も走ってるんだね」
走っている。だからミラーに写っている。
「パーツかあ……」
それを思ったとき、ふっと笑った。
つくりものの黒い瞳がパーツを求め、コーナーの向こうを、闇の向こうを見つめて。
香澄は、アクセルを踏んだ。
scene9 アクロス・ザ・ランニングウェイ 了
metallic girl エピローグ
他の走り屋達は帰ったり、三台の走りを見届けるために残る者とに分かれてきた。
でも残る者も徐々に少なくなってゆく。
もうどれくらい走っただろうか。
峠には殆ど人が残っていない。
たまに、まだ走っているよあいつら、という声が聞こえる。
眠そうにあくびをする者が続出してきた。
そこで、やっと三人は走るのを止め、西側駐車場に車を停めた。
ガソリンが少なくなってきたのだ。
それではもう走れない、仕方ない。
やっと走り終えた香澄と龍と貴志は顔を合わせた。
龍はいつもの気の強そうな顔をしている、貴志はいつもの人のよさそうな顔をしている。が、やはり物申すと言った感じだった。
それもそうだろう。
何か言おうとして、龍が口を開きかけた、その時。
ふたりを前にして、香澄は笑った。初めて、峠で笑った。
龍と貴志は、少し驚いた。走り終えた香澄が笑うなんて、初めて見た。
その驚きがことのほか大きく、最初何を言おうとしてたか、忘れてしまったほどだ。
貴志などは、その笑顔に照れて顔を赤くしているくらいだ。
呆気に取られるふたり。何と言って良いのかわからない。そんなふたりを前に、香澄は言った。
「またここに来るよ」
数日後。
マリーはリビングルームのソファーに腰掛けて、自分の入れた紅茶をすすりながら物思いにふけっていた。
外は雨が降っている。
これでは、自転車で出かける事も出来ない。
灰色がかった空から、シャワーのように雨が降り注ぐ。
優は優で自分の部屋で読書にふけっている、呑気なものだと思いながら紅茶を口に含んだ。
紅茶の甘味と暖かさが体を内から温めてくれ、心を落ち着けてくれるものの。温かみがなくなると、また心に外と同じように灰色の雲がかかってしまいそうだった。
「マリー」
マリーを呼ぶ香澄の声が聞こえた。
「あら。どうしたの?」
「雨が降ると気持ちが沈むね」
と、言いながらマリーの隣に座った。
「わかるの? あなたに」
「うん、わかるよ。なんとなくだけど。こんな日は、FDは走らせられないから……」
「そう……」
コズミック-7を走られられないという言葉に、少し苦笑する気持ちを抑えつつ、つとめて優しく微笑んだ。
「まぁ。そんも日はあるわ。この地球上で暮らす以上はね」
「でも。これぐらいの雨なら、穏やかにすごせるからいいよね」
それを聞いてマリーは本当に優しく微笑んだ。
その時、重低音の効いた音がかすかに聞こえた。
車が一台やって来たようだった、その音はロータリーだった。
マリーと香澄はお互い顔を見合わせ、玄関に向かった。
するとインターホンが鳴った。
「はいはい。待ってくださいね」
と言いながらドアを開けると。そこには貴志と、その後ろに龍がいた。
「貴志、龍……。車は? FCの音しか聞こえなかったけど」
「いや、乗り合わせてきたんだよ」
と、香澄の質問にどことなく憮然と応える龍。
顔付きがそう思わせるのか、それを見て香澄はくすっと笑った。
「こんにちは。あの、今日、紅茶頂けますか?」
貴志がはにかみながら、ぎこちなさそうに、つとめて明るくそう言うと、龍も続いて。
「オレ、いや僕も、いいですか?」
と、同じように言った。
「まぁ、イハラさん、ミナモトさん。ええ、どうぞ。今二人で暇してたところなの」
マリーは迷わず、嬉嬉として二人を招き入れた。
今日の天気とうらはらに、マリーの心の中は澄み切った青空が広がった。
当然の事だった、ハンサムなボーイフレンドが二人も来てくれたのだから。
第1部 完
第2部 2ndに続く