第9話 おじさん異世界で初めて”仲間”を得る
「う…ん。」
どこか見覚えのある部屋のベッドで目を覚ました参賀。
(ここは?私は何で・・・、・・・!)
朧気な意識が徐々にはっきりとし始め、昨日の出来事を思い出したのかベッドから身を起こした。
「ひゃっ!」
太もも辺りから可愛らしい悲鳴が聞こえ、そちらに目を向けると寝ぼけ眼のティリオが参賀を見ている。
「蓮十郎さん!良かった…。なかなか目を覚まさないから、わたし…わたし…。」
参賀は言葉を詰まらせながら大粒の涙をこぼすティリオの頭を優しく撫でる。
(ずいぶんと心配をかけたみたいだな。)
「お、目が覚めたみたいだね。アンタが丸2日も眠っている間、その娘ずっと側に付きっきりだったんだ。ちゃんと礼を言っときなよ。」
スープの入った器を持ったアデラを見て、ここがアデラを看病するときに運び込んだリンクス亭の部屋だと気付く。参賀は前の時と逆転した立場におもわず苦笑した。
「アデラさ「アデラでいいよ。アンタのおかげで命拾いしたし、バリーの野郎からも自由になれたんだ。」
朗らかに笑うアデラの顔には昨日までの悲壮感は無かった。
「では、アデラ、コロッセオでの顛末を教えてくれないか。」
※
”2日前マドロットコロッセオ試合場”
デミオーガの首が地面に落ちると同時に、観客たちの怒鳴り声がアデラの耳に飛び込んでくる。
「ふざけんなぁ!こっちはデミオーガに賭けてたんだぞ!」
「俺はアデラが死ぬのを見に来たんだ!きっちりくたばれよ!」
罵詈雑言が飛び交うなか、司会者が運営スタッフから何やら耳打ちされていた。
「えー、今回の試合ですがアデラ側に不正の疑いがあるとのことで無効試合とさせていただきます!」
その信じられない言葉に流石に黙ってはいられなかったアデラが大声で抗議する。
「不正だと!ふざけるな!アタシはそんなことしていない!」
司会者を睨み付け身の潔白を主張するアデラだったが聞く耳を持とうとしない。
「いいや、不正があった。」
アデラが司会者に殴りかかろうとしたその時、試合場に入ってきたのはこのコロッセオの主バリー・マドロットだった。
「どこが不正だと言うんだ、ステータスが上がっているのはサンガ・・・魔物使いと契約したからだ!ジョブスキルの効果はルール違反ではないだろう!」
今までも剣士や武闘家のジョブスキルを使って戦っていた選手は大勢いたこのコロッセオで、魔物使いだけが除外されるのは理不尽と言わざるを得ない。
だがその訴えをバリーはあっさり否定した。
「確かに、このコロッセオでのジョブスキル使用は何の問題もない。貴様がデミオーガと互角に戦えていたことはルール内の出来事と判断しよう。しかしだ、途中のあれはなんだ?」
バリーの鋭い眼光がアデラを貫く。デミオーガの一撃をまともに受けた時のことを言っているのだろう。
「全力のデミオーガの一撃をまともに喰らって、何故肉体に何の損傷もない?違法な蘇生アイテムでも持ち込んだか?粉々になった状態から瞬時にあそこまで回復できるアイテムなど聞いたことはないが・・・。とにかく!あの状況は明らかに不自然すぎる!」
何故生き残れたかアデラ自身も見当がつかず、言い返すことが出来ずに口を噤んでしまった。
「ほら見ろ、心当たりがあるのだろう?詳しい調査は後程行うが、とにかくこの試合は「この試合はリザードマンの方の勝ちです。」
バリーの言葉を遮り、凛とした声が会場に響き渡った。
※
試合場で高らかに演説をする男の言葉を遮るように、”ネレイア・ランハスター”は宣言した。
「な、貴様は何の権限があってその様なことを!」
その宣言に怒りの声を浴びせる興行主バリーには、もう初めの紳士的な態度は残っていなかった。
「権限?権限でしたらありますわ。ワタクシはネレイア・ランハスター、このリドリアの街の治安維持を預かる冒険者ギルド”戦乙女の宿り木”を任されているのですから。」
戦乙女の宿り木と聞いて、バリーの顔色が変わった。
「ギルドマスターだと!馬鹿な貴様のような小娘が!?」
「まあ、若いのは否定しませんが、ギルドは実力至上主義ですの。」
目の前の女性ががギルドマスターだと分かったバリーは、威圧的な態度では分が悪いと感じたようで、媚びる様に丁寧な口調に変えた。
「・・・これは失礼しました、ネレイア様。しかし、いくら冒険者ギルドのマスターといえど、試合結果に口を出されるのはいかがと・・・。」
口調は変えたが視線に宿る敵意はそのままだ。
「貴方がリザードマンの方に理不尽な言いがかりをつけているからです。ワタクシは正しい結果を言ったまでですわ。」
ネレイアの言葉に納得いかないバリーは尚も食い下がる。
「しかし、このアデラはデミオーガの渾身の一撃を喰らっても平気でした。いくら魔物使いと契約していてもそれはおかしい、確実に何か不正を働いた筈です。」
ネレイアは溜息をつきながら、バリーに対して説明を始めた。
「リザードマンの方、アデラさんでしたわね。アデラさんが生き残ったのは魔物使いのジョブスキルの効果ですわ。」
「?ジョブスキルは使い魔の能力強化でしょう?このスキルにあの状況を生き残れる効果は・・・。」
「いいえ、アデラさんが契約なさった魔物使いの方のジョブスキルはおそらく、”使い魔の致命傷無効”ダメージを肩代わりして死を回避させるスキルですわ。リスクの高さは来賓席で倒れてらっしゃる魔物使いさんを見ればお分かりでしょう?その危険さ故選ばれることがないので知らないのも無理ありませんわね。」
自身が不正と断じた根本を覆されたバリーは何も言い返すことが出来ずに口をパクパクと開閉している。
「そうしますとステータスの謎が残りますけど。まあ、ステータスアップ系のアイテムは禁止されておりませんので問題ないですわね?それでは今回ワタクシがこちらに伺った本当の用事を済ませるとしましょうかしら。」
ネレイアはそこまで言うと表情を引き締めてバリーに向き直った。
「バリー・マドロット。貴方をデミモンスターの違法取引で検挙しますわ。証拠は試合場のデミオーガで十分ですわね?観客の皆様も動かないでくださいまし、このコロッセオは既にギルドメンバーが包囲しておりますわ!」
デミモンスターの取り引きは特例を除いて原則禁止されている。このバリーという興行師は危険度の高いデミオーガを違法に取引し、あまつさえ試合と称して闘技者を虐殺させていた。これだけ罪が重なれば厳罰となるだろう。
「さ、バリー・マドロット、行きますわよ。」
「ふざけるな!小娘がぁー!!」
ネレイアがバリーを連行しようと近づくと、追い詰められて逆上したバリーが隠し持っていた短剣で襲い掛かった。
「あえ?ぎゃぁぁぁ!!」
しかしその凶刃がネレイアに届くことはなかった。
「愚かですわね。」
ネレイアはレイピアでバリーの短剣を持つ腕を斬り落とした。斬られた腕を押えて地面を転がりまわるバリー。抵抗する余力も残っていないだろうこの哀れな興行師を部下に任せ、麗しのギルドマスターは試合場を後にした。
※
「というわけで、バリーはしょっ引かれて、アタシは晴れて自由の身って訳だ。」
アデラは語り終わると先ほどまでのにこやかな表情を引き締め参賀に向かって問いかけた。
「なあ、サンガ。アンタなんで”使い魔の致命傷無効”なんてスキル選んだ?一部って言っても元は致命傷になるぐらいのダメージだ辛くないわけがない。使い魔のためになんでそんな事を、魔物使いにとって使い魔なんてただの道具なんだろ?」
この世界の魔物使いにとってアデラの言う事は当たり前である。しかしその当たり前は参賀には受け入れられないものだった。
「他の魔物使いがどうかは知らない。でも私にとって仲間になった存在を失うこと以上に辛いことはないんだ。それを避けらるならこの程度の痛みどうと言う事はないよ。」
これは彼の本心だ。彼は失うことが何より怖い、失うのが怖いから極力人と関わらないように、親しくない人間には年下でも敬語で接する、これは他人との距離を縮めないようにするための彼の処世術だった。そんな彼だからこそ一度心を許した人を失うのが狂ってしまうほど怖い、失わないためなら自分を犠牲にしても構わない。これが”参賀蓮十郎”という中年男性だ。
「なぁ、使い魔の解除の事だけど、別にもっと後でもいいぞ?」
アデラが参賀から目を逸らしながら言う。
「え?でも、私と契約したままではせっかく手に入れた自由も・・・。」
「いいんだよ!アンタは他の魔物使いと違う、アタシらを仲間だと言ってくれる。そんなアンタならそばにいるのも悪くないって思ったんだ!」
参賀が言いかけるとアデラは碧い顔を赤く染めて怒るように言い放った。アデラの真剣な思いが伝わる、その思いに応えるように参賀は力強く頷いた。
「分かった。アデラこれからよろしく頼む。」
参賀はこの時異世界に来て初めて”使い魔”ではなく”仲間”手に入れたのだった。
アデラさんパーティ正式加入です。初仲間をリザードマンにしたのは完全に私の趣味です。トカゲの顔ってよく見ると結構かわいいので好きなんですよ。
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それではこれからもおっさんゾンビMをよろしくお願いします。