ウサギ、大地に立つ
天気はすこぶる悪かった。岩肌を削るような荒波が立ち、白い飛沫が飛び散る。石油のようにどす黒い海が岬の灯台を飲み込んでしまわないか心配だった。
僕はとある島の岬に建つ灯台に住んでいる。だが見張りのために灯台のライトを点灯したり、島を往来する船を見張っている訳でもない。ただ住んでいるだけだ。
灯台のてっぺんには僕の身長ぐらいの一等レンズが置いてある部屋があって、その部屋から螺旋階段で13段降りたところが僕の部屋だった。
部屋には壁を丸くくりぬいたような丸窓があり、僕は海が荒れると必ずと言っていいいほど窓に張り付いて外の荒波を見る癖があった。島のみんなは荒波を嫌っていたけれど、岬から出れない僕とって荒波は灯台ごと飲み込んで海に放り出してくれるんじゃないかと思わせてくれるものだった。
親友はそんな悲しく実現しないものに期待するなと僕を窘めた。
しかし、僕の荒波への期待は間違っていなかった。荒波は灯台を運んでくれなかったものの、僕の人生において最高の幸運を運んでくれたのである。
みゅんみゅんみゅん・・・・・・
へんてこな機械音が鳴り響く丸いフロアの真ん中に、全身が真っ白で、背が低く、丸い頭の二頭身の生物が集合している。集団の真ん中には若干のスペースができていて、二人の白い二頭身の生物が向かい合っていた。
二人のうち、部下らしき白い生物が敬礼をして言う。
「此度は海生惑星への調査を許可いただき、超越至極に存じます!」
「堅い言葉はよせ。この調査はいずれ君に頼もうと思っていたことだ。君自らが調査を申し出てくれて、我々は大変感謝している。海生惑星に降りても、協力してほしいことがあればいつでも連絡するのだぞ」
向かい合う上司らしき白い生物がそう言うと、部下は気をさらに引き締めたかのように再び敬礼した。
「ははっ」
すると、二人を囲っていた集団の中から小柄な二頭身が出てきて大きな白い粘土の塊のようなものを差し出す。
「これをお召ください」
部下は両手で差し出された”塊”に一礼すると、”塊”を丁寧に受け取り、二つに分けて底が丸みを帯びた円錐を作った。そして、それらを頭頂部にくっつける。頭に二つの大きな耳がついた部下を見て、上司が言った。
「さ、三二号よ、それはもしや、、」
「そうです。海生惑星で繁殖している最もかわいい生物、兎形目ウサギ科の“ウサギ”でございます!!」
「ほう。やはりウサギか。書物では見たことがあったが実物は見たことない。そんな耳をしていたのか」
「見たことなくても仕方ありません。なんせ海生惑星以外にはいない生物ですから」
「なるほど。それでは君は海生惑星では“ウサギ”として生活していくのだな」
「左様でございます」
「名はどうする」
「ウサギは、海生惑星のある言語で“ラビット”とも呼ばれます。それに由来して“ラビ”と名乗るつもりです」
「よかろう。では”ラビ”よ。この調査にはわが社の命運、否、わが種族の未来がかかっていると言っても過言ではない。君の無事と良い調査結果を持ち帰れるように願おう。健闘を祈っているぞ」
「はっ」
ラビは改めてかしこまったように上司へ敬礼した。
上司はラビの敬礼に関心したように頷くと、後ろを振りむき、奥のマシン前に待機している白い生物たちに向けて片手をあげた。それに反応して、マシン前の白い生物の一人ががマシンのスイッチを押した。
するとラビの足元の床がゆがみ始め、床に小さな穴ができた。穴はゆっくりと広がっていき、数十メートルしたの青い海が見えたころ、ラビは敬礼で直立したまま穴から落ちた。
宇宙船から直立したまま海に落ちていくラビであったが、海面にぶつかる直前でめいっぱい空気を吸い込んで、体を膨らませた。ラビは三日間、風船のように体を振らませたまま海の上を漂い続け、四日目に沈みかけの戦艦を見つけた。ラビは戦艦の周辺に散らばった船舶の一部であったであろう鉄板を集めた。
ラビは大きく耳を広げて集めた鉄板と沈みかけの戦艦、そして自分の身体を包み込んた。そしてこの星に来る前に軍から配布された資料を思い出しながら、耳を広げて作った空間の中で鉄板を素手でプレスや切断して部品を作り、目から出るビームで沈みかけの戦艦にくっつけた。
一日が過ぎたごろ、ラビが大きく広げた耳をたたむと元通りになったであろう戦艦が現れた。
「さすがのおいらだぜえ。初めてにはなかなかの傑作ができちまった」
ラビは海に浮かびながら誇らしげに戦艦を見上げると、耳を伸ばして甲板に乗り、操舵室へ向かう。
ニンゲン用の操縦桿はラビの背では届かなったので、ラビは耳を伸ばして操縦した。沈みかけの戦艦であったがエンジン部分は何とか無事のようで、無事出航した。
しかし、出航して3時間後に戦艦は出航してからどこからか爆撃を受けて粉々になってしまう。
「おいらの戦艦がーーー!!」
ラビの種族は丈夫なので船がバラバラになるような爆撃でも身体は無事であった。
だが、精神には大打撃を受けたようで、
「もう!おいら、こんな人生嫌だーーー!!!」
心が折れたラビの手足はゆっくりと溶け、胴体に取り込まれていった。最終的に大きなウサギ耳がついているだけの白い塊になったラビの意識には絶望感だけが残ったまま海に漂っていた。
空はどんよりと曇り、大雨が降り出した。そのうち海は荒れ狂い暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き出す。ラビは荒波に飲まれては放りだされながら、ある島の海岸に投げだされた。
僕は急いで灯台の階段を降りて豪雨の中、外に出た。先ほど窓から外を観察していた時に、白い物体が黒い荒波から近くの砂浜へ放りだされるのを見たからである。途中、黒い波が幾度も押しては引いていくのを避けがら白い塊が放りだされた方へ向かって走った。
豪雨で視界が良くなく、白い塊の正体が皆目見当もつかないため、最初は距離を取りながら、少しずつ距離を縮めていった。少し近づいたところで、白い塊にはウサギのような大きくて長い耳がついていることに気づく。
僕はその辺の手軽な流木を手に取り、白い塊を突いた。すると塊がぐにゃりぐにゃりと動き始めて、ウサギ耳の付いた頭部と短い手足のついた胴体ができる。島の誰かが作った新しい製品かな?そんなことを思いながらもう少し距離を詰める。頭部には楕円を縦にしたような大きな目が二つ付いていて、目は開いたままだ。全く動かないので“それ”が生き物なのか物体なのか一目では分からない。僕はどちらかを見極めるためにもう一歩近づいた。
目は生き物のような輝きがあり、胸部は波打つように上下している。
生き物だ。
そう分かった途端、心拍数が上がり、呼吸が早くなった。これまで見てきた動物の構造とはあまりにもかけ離れている白い生き物に、僕の感情は恐怖と好奇心で乱されたが、見たことない生き物への興味が上回り、自ずと身体は動いた。
身体は冷たい豪雨に晒され、雨風に追いやられながらも一歩ずつ砂浜を踏みしめた。白い物体に近づき手をのばしたら触れそうな距離まで近づいた。その時、視界がぐにゃりとゆがみ、意に反して身体がゆっくりと倒れていった。
どうしても白い物体の正体を確かめたかった想いがあったのか、無意識に身体は白い物体の上に倒れこんだ。
「ぐへっ」
腹部に強い衝撃を感じてラビは目を覚ました。
豪雨で視界は良くない中、腹部に視線をやると黒いボールが乗っかっている。いや、黒いボールじゃない。黒いボールにより幅が広く長い胴体と手足かがついている。
ここまで考えたところでラビの頭の中に電流が走った。そして、故郷で培った海生惑星の知識から“それ”の正体を導き出す。ラビはその答えの興奮のあまり叫んだ。
「ニンゲンだ!」
顔全体にやわからいものを感じて僕は目を覚ました。咄嗟にやわからいものから距離をとり全体像をみる。いつものベットの上。そこには見覚えのない大きくて白いウサギのぬいぐるみが横たわっている。僕は考えなしに手を伸ばした。
その途端、昨日の記憶が駆け巡り、豪雨の中白い物体を探しに行って砂浜の上で倒れたことを思い出す。そして、浜辺から寝室までの記憶がないことに気づいた。どうやって、ここまで帰ってきたのか。ただ記憶がないだけかもしれないと思いながらも、もうひとつの可能性が頭に浮かぶ。同時にその可能性を証明するかのように、横たわっている白いぬいぐるみがこちらをむいたまま瞬きをした。
僕は驚いて、ベットの端で固まった。そして、そんな僕に追い打ちをかけるようにぬいぐるみは言った。
「おはよう。ニンゲン」
僕の意識はここで再び途切れた。
「ニンゲン!大丈夫か。ニンゲン!」
まどろみの中でかわいらしい声がする。それにふかふかした何かに体を抱えてもらっている。心地よい。
いや違う。ハッと目を覚ますと、目の前には先ほどの大きな二つの目がこちらをじっと みつめていた。
「大丈夫か?」
僕はまた意識が飛びそうになった。
「ニンゲン!おいらは危なくないぞ!安心しろ」
ぬいぐるみは安心させようとしているのか、大きな耳の片方で僕の体を支え、もう片方で頭をなでたりした。それでも怖くて僕は恐怖で呼吸は上がり、震えが収まらなかった。でも、いつまでたってもこうしてはいられない。僕は勇気を振り絞ってウサギを突き飛ばし、ベット横のサイドテーブルの引き出しから銃を取り出してウサギに向かって発砲した。
発砲音が灯台の中に鳴り響いた。硝煙のにおいが漂う室内で僕とウサギは微動だにしなかった。銃弾はウサギの真っ白で毛穴一つない肌に食い込むと、反動をつけて床に落ちた。
ウサギは少し寂しそうな顔をしていった。
「大丈夫だよ。おいらたちは慣れているからね」