ある日/one day
初投稿です。
トイレから戻ると、机の上に財布が二つあった。とりあえず中抜きしたら、案の定持ち主にバレて呼び出された。
「盗んだ金返せよ」
そう言ったのは明智。根元に地毛が見えているタイプの金髪だ。そして、自分の意見を信じて疑わないバカだ。後ろにもニ、三人のバカが付いて来ていた。
バカは人の話を聞かないので、少しでも何か言うと突っかかってくる。賢い俺は、盗まれたという額を分け与えてやることにした。決して暴力に怯えた訳ではない。
「いくら?」
「二万円」
盛りやがったなクソ野郎。僕が盗んだのは8000円だ。イラッとした僕は、入ったら死ぬ家に金髪のゴミ共を誘導して閉じ込めた。翌日、彼らは学校に来なかった。
「――――」
コンピューター部の部室は仮想空間にある。理由は顧問がミーハーだからだ。
数十年前、心理空間に関する研究がノーベル賞を受賞したのが、全ての始まりだった。気付けば仮想空間に移す技術が実用化され、VR機器が世に溢れた。それに合わせて、部室もいつの間にかそうなっていた。
「――、――――」
当然ながら他の部活は現実の部室を使っている。顧問はこのためだけにエンジニアの資格を取ったらしいが、VRは治安がクソと風評も相まって、世間からの仮想部室の評価は低い。今年も新入部員はいなかったらしい。
「タルタル。聞いてるのか?」
自分のハンドルネームに反応して声の方に目を向けると、128×128のドット絵を3Dにしたような、背の低い少女のアバターが立っていた。
「すみません。聞いてませんでした」
「しょうがないなあ」
彼のハンドルネームは「フォオド」。見ての通りネカマだ。一応コンピューター部の部長だが、俺は一度も現実で会った事が無い。
「――って訳」
「なるほど。またゲームを買ったんですね。これで何故予算が下りるんだか」
「結構前にあったじゃん。子供にプログラミングを学ばせようっていう親のエゴの塊みたいなやつ。あれと一緒だよ」
プログラミング教室に何か恨みでもあるのか?
「でもここ、小学校じゃなくて高校なんですよねえ」
「せやな」
顧問が校長脅してる説がさらに強固になったな。
で、今回の僕の仕事は、ゲームの起動キーを製作して、リンクする事。
起動キーというのは、その名の通りプログラムを起動するためのキーであり、言うなれば電源ボタンだ。誤起動を防ぐ効果もあるため、プログラムの起動には通常これが用いられる。
起動キーにも種類があるが、今回のはオブジェクトタイプ。主に触れることを起動条件にするものだ。しかし、今回は事前に準備してあったので、一から作る必要は無い。多分問題ないが、一応確認しておこう。
「これでいいですか?」
「ん-。ん? なにこれ」
「何って正十六胞体ですよ」
僕が持って来たのは土台と、ガラス球に入った浮遊する正十六胞体だった。スノードームの様な形状と言えば分かりやすいか。因みに僕が作ったのはガラス球と土台の方で、正十六胞体はネットからとって来た。
「四次元の物持ってくるなよ。え? これ安定してんの? 前回の砂時計みたいに急に爆発しない?」
「しません。そのためのガラス球です」
「イマイチ信用できないが、まあいいか。インストールは済んでるから繋いじゃって。ファイル名はnewgだから」
newgameくらい面倒臭がらず書けよ。
ファイルに手を伸ばし、視覚化されてコードの束になった回路と回線とを手に取る。それを適当に抽象化してガラスに接続したらリンク作業は終了。そして、起動条件をアバターとの接触に。ついでに十分後に有効化されるように設定した。これで完成。
僕は会議室の後ろの方にある、沢山の起動キーが置かれている棚にそれを運んだ。ガラスに触れないように土台を持ち、そっと棚の中段に置く。よし。
「出来たよー」
『わーい』
作業するふりをして、僕たちの話に聞き耳を立てていた奴らが一斉に棚に群がった。会議室が広くて助かった。
「それにしても、こんなに人気だとは」
「新しい会社の全くの新作だが、CMのクオリティが高かったからね。みんな期待してるんだよ」
面白くするのは不可能と言われたジャンル、VRMMOの最新作だからな。それもそうか。
「それはそうと、今回は本当に問題ないんだな?」
「大丈夫です。でもエンジンが違う所為で、ガラスと胞体が強く衝突するとめり込みます。するとバグって荒ぶるんですよね。まあ激しく振らない限りそんなこと起きないから平気ですよ」
騒がしい会議室が一瞬で静まり返った。民衆の中心はクトゥルフめいたアバター。高々と掲げられたその手には、半分くらい胞体がはみ出したガラス球が。
あっ。
予測不能な場所に次々と瞬間移動する頂点と、伸びてテクスチャが荒くなった辺が部屋を襲う。それが通過したオブジェクトは等しく荒ぶり自壊を始めた。部屋自体が荒ぶるまで後十秒ってとこか。
「Oh Jesus」
「部長、来ますよ」
「ああ、分かってるさ」
「きっと。また会えますよね?」
「会えるに決まってるだろ? だって、『俺たちの冒険はここからだ』ぜ」
起動キーである部長のセリフが発せられた途端、部屋は白い光に包まれた。その発生源は部長の身体。それが爆発すると同時に衝撃波が部室を駆け抜け、塵も残さず消滅させた。張り詰めた空気を、ワンテンポ遅れて爆音が切り裂いた。
ここまで、か。
Now Loading…………
会議室で目を覚ます。今回もリブートコマンドは正常に作動したらしい。
「あのさあ」
「僕は悪くない。振った奴が悪いです」
僕はクトゥルフっぽい外見の奴を引っ掴んで名前を確認した。名前は「枯らす天狗」。クソカラスはまたアバターを変えたらしい。
「こいつを処刑しましょう」
「処刑するのは良いんだけど、俺が言いたいのは、起動キーまでの繋げが不自然すぎるってこと」
確かに。別れを瞬間的に演出するのはやはり難しい。次からは別の路線で行こう。
斯くしてクソカラスは追放され、彼が人狼でないことが分かった。ついでに、会議中にうっかり出た別の起動キーの所為で、部室は爆発して数日間使えなくなった。
モラルなんて無い