Act.8『はじめてのダンジョン探索』
スキル『隠密』を常時発動させながら『遁行』と『跳躍』で移動して、浅葱駅前のゲートを見下ろせるビルの屋上に着地する。
地上は瓦礫の山が先日来た時より少し減り、何やら作業している人達はいたが重機はまだ入っておらず、相変わらずプレイヤーの姿も見当たらなかった。
それどころか、ゲートを囲うように赤い三角コーンが置かれ、工事現場でよく見る黒と黄色の縞模様のバーがかけられて封鎖されている。
他のプレイヤーの人々は何をしているのか?
まさか誰もダンジョンに入っていないのか?
気になることは色々あるが、今それを知る術はない。
とにかく一度ダンジョンに入ってみようと、まずはゲートの前へ降り立ってみて、囲いとゲートの間にそこそこの隙間があり、薄く扉を開けて身体を滑り込ませればいけそうだ、と目算する。
次に、瓦礫の山を崩して物音を立てないよう、慎重に近くのお店に入って、三軒目でようやく目当てのキッチンタイマーを発見。
それを拝借してナビに結界を展開してもらい、内部の音が外に漏れないことを確認してから、まだ使えるかどうかを試した。
キッチンタイマーは無事鳴ったので、三分後にもう一度鳴るようセットすると、ナビに『結界』を解除させて素早くゲートの前へ移動。
待つこと数分、生活音のない奇妙な静寂の地にけたたましい音が鳴り響き、周りの人々が一斉にそちらに注目する。
その瞬間、カチャッと小さな音を立ててゲートの壮麗な扉を薄く開き、できるだけ静かにその隙間へ身体を滑り込ませると、内側からそっと扉を閉めた。
よし。ひとまずダンジョンへのステルス侵入は成功。
……たぶん。
さて、次は。
「ナビ、ここを『転送』地点として登録して」
他のプレイヤーと衝突したりしないよう、ゲートの扉前から少し離れた位置に立って言う。
私がどんな動きをしようとぴたりとついてくるナビが答えた。
「〈了解しました、Rx。当機のサポート機能『転送』の一つ目の地点を、Rxの現在地に設定しました〉」
これでもうゲートを通らずに、どこからでも直接ダンジョンに入れるようになった。
ん、と頷いて、手に持ったライフルをいつでも撃てるよう構え直し、アイテムボックスから傀儡の一号を出して命令。
「先に進んで。分かれ道か先の見えない曲り道があったら止まって」
黒ウサギはどこまで理解しているのか分からない顔で私を見上げ、命令の言葉を聞き終えると洞窟の一本道をピョンピョン跳ねて進みはじめた。
スキル『隠密』で姿を隠した私の代りにモンスターをおびき寄せる、囮役だ。
その後ろを足早に追いながら、私は『心眼』でトラップやモンスターの急襲を警戒する。
他のダンジョンのことは知らないが、浅葱駅前のゲートから入ったダンジョンは、広い一本道の洞窟みたいな感じのところだった。
それも壁が青緑色に淡く光る鍾乳洞で、上と下に鍾乳石が林立し、道のように開けた中央の空間以外、見通しが悪い。
景色としては美しいが、モンスターの跋扈するダンジョンであることを考えると、あまりその美しさを気にしていられない。
と警戒していると、さっそく鍾乳石の影からモンスターが飛び出してきて、道の真ん中をピョンピョン進む黒ウサギに襲いかかる。
しかし最初から警戒して武器を構え、飛び出してくる前から『心眼』でその動きを把握していたので、慌てず騒がず、ライフル一発で仕留めた。
小型犬くらいの大きさのネズミっぽいモンスターは、ドロップアイテムが無かったので名前が分からないまま、わずかなEだけ残して砕け散るように消える。
一方、襲われそうになった黒ウサギは、何事もなかったかのようにピョンピョン先に進んでいく。
なるほど、性格「従順」というのはこういうところか、と内心で納得して、私もまた足早に後を追った。
***
途中からナビに一時間ごとに知らせるよう頼み、一時間進んで十分休憩する、というパターンで進んだ。
プレイヤー装備中だから疲労感はないのだが、休憩をとって五感を休めてやらないと、長時間の緊張状態に置かれた体が感覚過敏に陥るような気がしたのだ。
市街地だった第一次侵攻の時と違い、ダンジョンで『心眼』を使うのは妙に疲れる。
気の流れが外とは違うし、嫌な気配がそこら中から漂い、たまにモンスターという実体をもって襲ってくるからまったく気が抜けない。
休憩中はナビに『結界』を展開してもらい、床に座って体を休め、感覚を閉じることに集中する。
そして十分経つと、また先に進む。
まだ序盤だからか、三時間ほど進んでもさほど強力なモンスターは出てこない。
たいてい『心眼』で襲ってくる前に発見し、遠距離からのライフル一発で仕留められている。
途中からモンスターの弱点が何となく分かるようになってきたので、スキル『鷹の目』のレベルが上がっているのかもしれない。
とまあ、それはいいとして。
問題はこのダンジョンである。
私は最初、黒ウサギに「先に進んで。分かれ道か先の見えない曲り道があったら止まって」と命令したのだが、このダンジョンには分かれ道は無数にあれど、行き止まりと先の見えない曲り道はなかった。
なので私はずっと分かれ道があったら右の道に進むよう指示しているのだが、いっこうに周囲の景色が変わらず、終わりが見えない。
ゲームのような自動マッピング機能もないし、正直なところ、帰る時はナビの『転送』だけが頼りである。
それでもどうにか先に進み続けるうちに、ライフル一発で仕留められないモンスターが出てくるようになった。
まあ、二発目で倒せるから黒ウサギに近寄らせることなく済んでいるのだが。
でもそうしたモンスターからは、たまに初めて見るアイテムがドロップするので、楽しい。
地道に歩いていくしかないみたいだし、楽しみがあるのは大事なことだ。
***
腕時計の短針が十二時に近くなってきた頃、入り口からずっと変わらない景色に飽きつつ探索を続けていると、急に道の横に出っ張りのようにひろがる空間に出くわし、そこに何かが置かれていた。
「一号、止まって。……ナビ、あれ何?」
黒ウサギを停止させ、その物体から少し離れた場所でナビに聞く。
ナビは淡々と答えた。
「〈宝箱です〉」
「マジですかぁ~」
思わず脱力してその場に崩れ落ちそうになったが、かろうじて耐えた。
「まさか一生のうちで一度でもマジもんの宝箱に出くわすとは、思いもせなんだ……」
ダンジョンっていうくらいだから、モンスターがいてトラップが仕掛けられているんだろう、とは予想していたが、まさか宝箱まであるとは思わなかった。
だってこれ現実だし。
ナビが侵略者って呼んだやつが造った空間だし。
まさかそんなところにプレイヤー側に有益なものが用意されてるなんて、普通は思わないでしょ??
「あっ……! 宝箱に擬態したモンスターの可能性……!」
驚きのあまり忘れていたが、そういえばなんかのゲームにそんなモンスターがいたはず。
『心眼』では判定できず、空間がそこだけ切り取られたかのように視える正体不明物に、警戒しつつ手を伸ばして蓋を開ける。
キィィィ……、カタン。
蝶番の軋む音を立てて宝箱は普通に開き。
――― 宝箱から『魔法書「氷魔法の素養」』取得
中にポツンと置かれていた豪華な装丁の青白い本を取り出すと、そんなアナウンスが視界の端を流れていく。
「……モンスターじゃなかった」
狐につままれたような気分である。
「……しかもなんか珍しそうなアイテムだし。どうやって使うんだ?」
まだちょっとポカンとしたまま、何の気なしに本を開いてみたら、急に重さが消えて本が青白い光の球体に変化し、私の身体に吸い込まれるようにして消えた。
――― アイテム『魔法書「氷魔法の素養」』使用
――― スキル『氷魔法』取得
またしても視界の端を流れていくアナウンス。
「……うん」
なんかちょっともう、気力がごっそり持っていかれたよね。
「ナビ、ここを『転送』地点として登録して」
「〈了解しました、Rx。当機のサポート機能『転送』の二つ目の地点を、Rxの現在地に設定しました〉」
「ん」
ナビと話している間に黒ウサギの動作をオフにして、アイテムボックスへ回収。
「それじゃあ今日の探索はここまでにするから、帰還地点への『転送』よろしく」
「〈はい、Rx。帰還地点への『転送』を行います〉」
私はこうして初めてのダンジョン探索を終えた。