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書籍化記念SS『シノビちゃん』

 本編『幻想侵蝕』開始前、日常の一コマ。

 元職場の先輩視点。最後に少し、主人公Rx視点。


「あ、シノビちゃんだ。……すごい、初めて外で見つけられた」


 転職して数ヵ月。

 取引先への届け物をした帰り道、通りの向こうに、前の職場でちょっと変わったレアキャラとして密かに有名だった後輩を見つけた。

 驚きのあまり、思わず口から独り言がこぼれ落ちる。


 後輩の彼女が何で有名だったのかといえば、あだ名の『シノビちゃん』が示す通り、とにかくすぐに姿を消してしまうところだ。

 なので見つけるのが難しい“レアキャラ”として知られていた。


 近くにいて話をしたり、一緒に仕事をしている時は、長身でクールな見た目のわりに育ちの良いのんびりした普通の女の子、という印象なのに。

 いったん離れたり、外に出たりしたら、誰もがほとんど一瞬でその姿を見失う、というのだから不思議なものだ。


「……あれ? うわ、もう見失っちゃった……」


 人が多い通りでもないのに、もうどこにも姿が見えない。

 あだ名の由来となった消えっぷりは健在らしい。


 けれどほんのわずかなその一瞬で、私は彼女と一緒に働いていた時のことを思い出した。



 シノビちゃんとは部署が違ったけれど、同性で年齢が近い。

 だから新年会や忘年会など会社ぐるみでの宴席で顔を合わせると、挨拶して雑談をする程度には仲が良かった。

 なので一度、酒の席で少し酔った時に、どうしてそんなに簡単に姿を消してしまえるのか、聞いたことがある。


 無自覚だったらしい彼女は、言われたことがよく分からない、という顔をして首を傾げたが、それでも少しばかり心当たりはあった様子で、それを話してくれた。


「とくに何かをしてるつもりはないですけど。巻き込まれないようにしよう、とは思ってますね」


 そんなことを言われたら、いったい何に巻き込まれたくないのか、聞いてみたくなるのが人情というもの。

 賑やかな宴席で酒が入っていたこともあり、「何かに巻き込まれたことがあるの?」と問えば、あっさりと教えてくれた。


 いわく、高校時代に四角関係に巻き込まれことがある、と。


「は? 四角関係? え、三角じゃなく、四角?」

「AはBを好きだけど、BはCが好き。CはDを好きだけど、DはAを好き。っていうやつです」

「嘘でしょ? マンガやドラマじゃあるまいし、リアルでそんな奇麗な四角形になることある???」


 驚いて言えば、彼女は「あるみたいですよ。実際、目の前で起こりましたし、私、Aの友達役で巻き込まれましたからねぇ」と遠い目をした。


「私の高校時代のハイライトは、調理実習の時、包丁が血まみれの凶器になる寸前でギリギリAを引っ張って回避させたことですよ」

「なにその火サスの山場みたいなハイライト。高校生が体験していいもんじゃないよ。レーティング守って」

「それを私に言われましても……」


 思わず真顔で言うと、苦笑した彼女は「まあ、とりあえず未遂で終わりましたし、慣れてるんで」とのんびり答える。


 またしても聞き流せない言葉に、酔いがさめてくるのを感じながら「慣れてるって、どういうこと?」と問えば、どうも小学校時代から痴話喧嘩に巻き込まれることがあったらしく。

 そしてそれは、最後に痴話喧嘩の末の傷害未遂に巻き込まれるところまでが、もれなくセットだったそうで。


 小学校の時は、ハサミで刺されそうになった友人を突き飛ばして助け。

 中学校の時は、階段から落とされそうになった友人を、危ういところで腕を掴んで助けて。

 高校では、ついに包丁が凶器として出てきたのだというから、開いた口が塞がらない。


「……お祓いに行った方がいいんじゃない?」


 しばしの熟考の後、そう言えば、彼女は「あはは」と笑った。

 いや笑い事じゃないよ。マジで。


「先輩、神様とか信じるタイプなんですねぇ。私は元凶を断つのが一番早いと思ってます。だから卒業するのと同時に毎回、連絡を取る回数を減らして付き合いを自然消滅させて、フェードアウトするんですよー」


 なるほど、と納得した。

 それで逃げられるのなら、お祓いに行くよりも確実だ。


「それで、なんていうか、年齢が上がるにつれて凶器になるものがパワーアップしてきてるんで、これ以上そういうのに巻き込まれるのは嫌だなぁと思って。

 ほら、もう社会人だし、みんなお金とか伝手とか持ってるじゃないですか。さすがにどっかから流れてきた拳銃とかが出てくるのに巻き込まれたくはないんで、できるだけ気配消してる感はありますねぇ」


 そうして、彼女の話は私の質問の答えに辿り着いた。


 実体験からくる自己防衛のための行動だったと知り、すぐに軽率に聞いてしまったことを謝った。

 けれど彼女はまるで気にせず「トラウマとかじゃないんで、べつにいいですよー」と、のんきに酔っぱらったまま答えた。


「でも、そうすると、友達つくれないんじゃない?」

「あー? ……うーん? そういうの気にしたことないですねぇ。学生の時も、基本的に一人で行動してたし、それで困ったこと無かったし。ただ、学校って小さい箱じゃないですか。どうしても一人にしてもらえないんですよね。だからなぜか気付いたら誰かが隣にいて、その子の恋愛関係のもつれに巻き込まれる、という流れが小中高と……」

「ごめん。嫌なこと思い出させてごめん。話しながら遠い目になってくの見てるのマジで辛いからとりあえずこれでも飲んで忘れて」


 またもや失言した私はノンブレスで言いながら慌ててビール注ぐ。

 そして彼女はそのビールを「ありがとうございます」と軽く笑って飲んでくれたので、ホッとした。


「じゃあ、今は休みの日とか、どうしてるの?」

「一人暮らしなんで、普通に掃除とか洗濯とか、買い物とかですよ。あとはだいたい実家に帰ってます」


 実家に帰る頻度を聞いて、また驚いた。

 そんなに遠くないから、と彼女は言うが、一人暮らしを謳歌する若い女性がそうしょっちゅう実家に帰るのは珍しい気がする。


「ご両親と仲が良いんだねぇ」

「んー、たぶん、そうだと思います。私、学校で疲れてたせいか、家では思いっきり一人っ子の特権を堪能して両親に甘えてたんで。考えてみると、反抗期とか記憶に無いんですよねぇ……。今も、実家に帰れば母とはベランダで育ててる植物の世話を手伝ったり、父とは新しく買ったデジカメが多機能すぎて使いこなせないっていうんで一緒に調べたり、なんか色々やってますし」


 なにそれ両親とめっちゃ仲良しじゃん!

 そしてシノビちゃん、めっちゃ良い子じゃん!


 感動してビールを飲み干した私は、またただの酔っ払いに戻って思ったまま褒めちぎり、その飲み会は賑やかに終わった。


 振り返ってみると、その時の飲み会が一番よく話したし、楽しかった思い出だ。

 なにしろその後は社長が急に引退して、新社長になった息子が一気に業績を傾けたから。


 元が良い会社だったから横の繋がりが深く、同僚達と励ましあって頑張っていたところにシノビちゃんが退職したと後から聞いて、そこから古株の社員達が次々と辞めていき、私も転職して今に至る。

 シノビちゃんの退職理由が両親の急死による精神的なショックだと知った時は、あの飲み会でのことを思い出して家で泣いた。


 しょっちゅう実家に帰って両親と仲良く過ごしていた彼女にとって、それはとんでもなく衝撃的で、大変なことだっただろう。

 まともに受け止めるのも難しいくらい、辛くて苦しいことだっただろう。


 でも、当時のあの会社の中で、彼女に寄り添って慰められる余裕は誰にも無かった。


 そうしてシノビちゃんは消え、手のひらから砂がサラサラとこぼれ落ちるように古株の社員達も消えたのだ。

 今はもう、いつ倒産してもおかしくない状態だと噂に聞いて、それ以上は知りたくなくて耳を塞いでいる。


「シノビちゃん、相変わらずだったな」


 一瞬現れて、ふっと消えてしまった。


 できることなら挨拶くらいしたかったけれど、生きているのを見られただけ良かったと思う。

 あの楽しかった飲み会で、両親とのことを話す時にとても優しい顔をしていた彼女が、そんな大切な人達を唐突に、一度に二人とも失っても、まだちゃんと生きていてくれたことにホッとした。


「良かった……」


 なぜだかじんわりと涙が滲んだ。


 挨拶を交わすどころか、目も合わなかったけれど。

 大きな買い物袋を肩にかけて長い足ですいすい歩いていく姿に、ちゃんと暮らしている様子が感じられて嬉しかった。


 連絡先を交換していたわけでもないし、そこまで親しくもなれなかったけれど、彼女にはどこか人を惹きつけるところがあって、ずっと気にかかっていたのだ。

 こんなふうに人を惹きつけるから、学生時代の彼女は一人で過ごすことができずに誰かしらに取り巻かれ、恋愛関係のもつれにまで巻き込まれて苦労したのだろうけれど。


 まあ、それはそれとして、もしまた会えたら、今度は声をかけてみようと思う。


「でも、一瞬で見失っちゃうからな。難易度の高いミッションだ……」


 そうして一人で泣き笑いしているうちに、滲んだ涙は乾いていた。

 ふぅ、と息をついて意識を切り替える。


「さて、と」


 まだ仕事が残っている。

 転職したばかりの職場へ戻ろう。



 ***



 買い物から帰ると、手洗いとうがいをして、雪柳を探す。


「雪姉さん? 雪姉さ~ん? どこ~?」


 キャットタワーにも窓辺にも、棚の上にもいないし、コタツの中も空っぽ。

 それじゃあこっちかな、とドアを開ければ、ベッドのど真ん中で気持ち良さそうに寝転がっているのを見つけた。


「ただいまー、雪姉さん。今日はこっちで寝てたんだね」


 近くに座るとすぅっと瞼が持ち上がり、世界で一番美しい黄金の眼が私を映した。


「ごめんね。寝てたの邪魔しちゃった?」


 言いながらも手を伸ばせば、雪柳は動かずにいてくれたのでそっと毛並みを撫でた。

 柔らかくて、あたたかい。


「何軒か回って、色んな材料買ってきたよ。今度は何作ろうかなぁ。雪姉さんのオモチャも作るからね。でもまあ、期待せずに待ってて」


 ふふ、と小さく笑って言うと、雪柳が大きなあくびをしてから、私の手に顔を寄せた。

 サリサリと指先を舐められて、そのくすぐったさに笑みがほんの少し大きくなる。


「どうしたの、雪姉さん。あ、おやつ欲しい? お気に入りの、まだあるよ」


 ひとしきり、雪柳が毛づくろいしてくれるように指先を舐めているのを眺めてから、その小さな体を抱きあげる。

 雪柳は私の腕の中で立ち上がると、ふんふん、と口元の匂いを嗅いで、なぜか「フスン」と満足げに息をついた。


「え? 今の何?」



 ある晴れた日の、なんでもない一時のこと。


 Rxの『隠密』スキルが初期から高かった理由と、その原因。+「高校で色々あって」友人がいない訳、でした。

 本人は「終わったこと」として脳内から削除してるので、本編に出せなかった裏設定です。

 ちなみにRxは気付いてないし、これからも気付かないんですが。


 小学校:友人がハサミで刺されるのを防ぐ

 中学校:友人が階段から落とされるのを防ぐ

 高校:友人が包丁で刺されるのを防ぐ


 卒業後:刀で刺されそうになっている元職場の同僚をライフル狙撃で助ける ← new!


 で、第一話で通りすがりに巻き込まれていました。

 ちなみにこの「元職場の同僚」は、このお話の先輩とは別の人で、あんまり付き合いが無かったのでRxにとっては「知らない人」です。


 そして懸念通り、凶器はパワーアップしていました。

 巻き込まれたのがプレイヤー装備の時で良かったですね!



 本作は2024年4月19日、モーニングスターブックス様より書籍化していただきました。

 こちらで投稿した際、応援してくださった読者の皆様のおかげです。

 ありがとうございます。


 今回はせっかくの記念SSなので、本編でも書籍でも出せなかったところを書いてみました。

 お楽しみいただけましたら、嬉しいです。


 素敵なイラストをたくさん描いていただけましたので、本の方も、どうぞよろしくお願いいたします。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
面白かった。が、途中から展開が一色になり、焼き回しみたいだなと。 それでも結末が気になり所々読み飛ばしながらここまで辿り着いた。 途中で切らなくて良かったと思えた。 読み飛ばしながらも最後までたどり着…
[一言] 面白かったです。 よろしければ続編を・・・
[一言] 出版おめでとうございます 復活作が前日譚だとは思いませんでしたが 興味深い話でした
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