Act.5『道具屋と加工屋と、傀儡作成』
午前中に体を動かしてちょっと疲れたので、午後はお家でできることをしようと思う。
まずはナビから存在を教えられたものの、まだ調べていなかった道具屋と加工屋のチェック。
「ナビ。道具屋と加工屋ってどこにあるの?」
「〈道具屋、加工屋は、ともに実店舗はありません。ステータス画面から、それぞれの窓口にアクセスすることができます〉」
「え。ステータス画面にそんなメニューあった?」
「〈ステータス画面を右にスクロールすると道具屋、左スクロールで加工屋へのアクセスが可能です〉」
「マジかぁ~。また知らんかったやつが出てきたわ~。……ん? もしかして下にスクロールすると?」
「〈アイテムボックスが表示されます〉」
「そういや忘れてたアイテムボックスが、ここで出てくるんか……。モンスター倒した後、ドロップしたアイテム自動で回収されてアイテムボックスに収納される、っていうのは聞いたけど。便利だなー、と思って終わったんだよな……。ナビ、ちなみに上にスクロールすると?」
「〈ステータス画面を上にスクロールすることはできません〉」
「そこはできんのか……、そうか……」
ふう、と息をついて気分を切り替え、ステータス画面を開く。
「スキルのレベルは変わってないな……、と、おお、道具屋が出てきた~」
ナビに言われた通り右にスクロールすると、カテゴリーが「回復薬」「素材」「生産補助アイテム」の三つに分かれた道具屋の画面が出てきた。
右上には「13,582E」と表示されていて、これが今私が所有しているこのシステム内の通貨総額なのだそうだ。
第一次侵攻後の残党狩りで、いつの間にか貯まっていたらしい。
「わ~。ポーションのカテゴリーは思いっきりファンタジーっぽいのに、素材カテゴリーの中でジャガイモとか卵とかお豆腐とか売ってる~。って、いやマジか……。モンスター倒してE稼いだら、ここで食材買って生活できるじゃん……。なにこの生活侵蝕してくる系道具屋……。商品のラインナップが充実しすぎてて逆に怖いわ……」
ブツブツとぼやきながら、道具屋で売っている物を見ていると、ナビが言った。
「〈道具屋で販売されるアイテム数はプレイヤーのランクによって変化します。Rxの現在のランクは7ですので、商品のアイテム数は他のプレイヤーより多くなります〉」
「ここでもランクが関わってくるか~。……ん? 他のプレイヤーより、商品のアイテム数が多い、って、どうして?」
「〈プレイヤーの初期ランクは、12を基礎値として、それぞれの資質に応じて決定されます。Rxの初期ランクは8でしたが、この世界のプレイヤーの初期ランクの平均値は11です〉」
「またまた初耳……。ところで、ナビ。今“この世界のプレイヤー”って言ったよね。他の世界のプレイヤーたちのことについて、何か提供できる情報はある?」
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
「んん。そうくると思ったわ。じゃあそれは置いといて、なんで私の初期ランクは8だったの?」
「〈その情報は当機のデータベースには存在しません〉」
「資質に応じて決定された、って言ったのに、肝心の“資質”については黙秘なの不思議~」
それ以上は何も聞き出せなさそうだったので、道具屋の画面に視線を戻す。
一通り商品を見てから、まずはポーションのカテゴリーで怪我に効く治療薬と、毒・麻痺・暗闇・混乱・ステータスダウンの解除薬を購入。
素材のカテゴリーで布地を数種類・ボタンを数種類・いろんな色の縫い糸と刺繍糸・ワタを購入。
生産補助アイテムのカテゴリーで縫製針セット・裁断用ハサミ・糸切りハサミを購入。
買った物は自動でアイテムボックスに収納された。
「そういえば、ナビ。アイテムボックスの中にある物って、時間経過で劣化したりする?」
「〈アイテムボックスの中は特殊な空間になっているため、物質は時間経過による影響を受けません〉」
「おお、不思議空間……。まあ、劣化しないならありがたい」
細かいことを追求する気はない。
便利ならそれでいい。
「あれ? そういえばアイテムボックスの収納限界は? それっぽい表示、見当たらないけど」
「〈アイテムボックスに収納限界はありません。収納されたアイテムはカテゴリーごとに自動で分類され、それぞれのボックスから取り出すことができます〉」
「まさかの無制限収納、だと……?! システム設計者は神なのでは???」
その一点だけで崇められるわ。
無制限収納とか、便利すぎて神。
「ん? 無制限収納できるのって、モンスターの素材とか、道具屋で買った物とかだけ? 例えば私が前から持ってる財布とか、ハンカチとかは?」
「〈この世界の物質も収納可能です。生物は収納対象外として弾かれますが、財布などの無生物であれば問題ありません〉」
「マジ神」
思わず両手を合わせて拝んだ。
システム設計者、顔も名前も種族も知らんけど。
と、知りたいことが知れたので、次の行動に移る。
道具屋での買い物が終わったので、一度ステータス画面に戻ってから、左スクロールで加工屋にアクセス。
Eの残高が五桁から四桁に減ったが、まずは加工屋の内容を見る。
「ふーむ……。モンスターの皮を加工してなめし革にすると、生産系スキルの素材として使えるのか」
なめし革くらいなら『裁縫』スキルで何か作れそうなので、アイテムボックスに回収されたままのモンスターの皮をいくつか加工依頼する。
待ち時間はなく、Eの支払いボタンをタップするとすぐになめし革となったものがアイテムボックスに収納された。
「お、加工屋で作ってもらえるアミュレット、思ったより種類あるー。やったね。これなら自作しないで良さそう。ん~……、今アイテムボックスにあるもので作れるのは『防毒のペンダント』と『硬化のペンダント』、『俊敏の腕輪』と『隠密の腕輪』か」
どれもなめし革と他の素材の組み合わせで作られるようなので、革製のアクセサリーになるのだろう。
試しに『防毒のペンダント』と『隠密の腕輪』の作成を依頼する。
こちらも待ち時間はなく、E支払い後に出来上がった物がアイテムボックスに収納された。
「おー。完成早いなぁ」
画面をステータスに戻してから下スクロールしてアイテムボックスを開くと、さっそく作ってもらったばかりのアクセサリーを二つ、取り出して『鑑定』する。
まずは、『ポイズンウルフの毒爪』と『レッドボアのなめし革』で作られた、赤い革紐で先端が赤紫がかった毒々しい黒い爪が結ばれた『防毒のペンダント』から。
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アイテム名 : 防毒のペンダント
カテゴリー : アクセサリー
レアリティ : C
基礎効果 : 毒状態になるのを30%防ぐ
特殊効果 : ――
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レアリティがCだし、加工屋でお手軽作成してもらったものだ。
防毒30%はまあまあの数値だろう。
次は『ステルススネークの結晶鱗』と『アーマーベアのなめし革』で作られた、黒い革紐で虹色の光沢がすべる黒い鱗状の結晶を編み込んだ『隠密の腕輪』。
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アイテム名 : 隠密の腕輪
カテゴリー : アクセサリー
レアリティ : B
基礎効果 : スキル『隠密』の発動中、消費精神力を20%軽減
特殊効果 : 防御力アップ (小)
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こちらは期待以上の物ができていた。
私はプレイヤーとして行動する時、常時『隠密』を発動させているので、その負担を軽くできるなら積極的に装備したい。
というわけで、完成したアイテムに満足したのでそれらをアイテムボックスに戻し、ステータス画面の「装備品」という項目からアクセサリーの装備を追加した。
そうしてふと気づくと、これだけの作業でいつの間にか十五時近くなっていた。
インスタントコーヒーとお菓子作り用に買ってあるグラニュー糖で甘いカフェオレを作り、コタツに戻ってそれを飲みながら休憩。
休憩する時の習慣でテレビをつける。
昼の報道番組で「インターネットで調査した国民の反応」という話をしていて、いつ起きるか分からない第二次侵攻への不安を感じている人が多いことが語られ、それに対する政府の具体的な対策が示されないことをコメンテーターが強い口調で批判していた。
その話題については筋肉痛でうめきながら情報収集していた時に見ていたので、とくに興味を引かれることはなく、適当にチャンネルを変えて海外からのニュースを伝える番組で手を止める。
「うわ~」
いつかやる国があるだろうな、と思ってはいたが、某国でプレイヤーの強制徴兵が始まったようだ。
それを嫌がったプレイヤーが自ら契約を破棄したり、家族を連れて亡命しようとする騒動が起きているらしい。
まあ、せっかく特別な力を手に入れても、そのせいで国家に拘束されて強制労働させられるとなれば、「じゃあこんな力要らない」となる人がいてもおかしくはないわな、と納得する。
しかし自分からプレイヤー契約を破棄することができる、というのは新情報だ。
「ねぇ、ナビ。プレイヤーが自分から契約を破棄したら、何かペナルティが発生したりとかするの?」
「〈契約破棄によるプレイヤーへのペナルティはありません。プレイヤーとしての活動中に入手したアイテムがすべて失われるだけです。この際、アイテムボックスに収納されていたこの世界の物は外に出されます〉」
「へぇ。じゃあアイテムボックスに財布とか入れておいてもそういうのは失くさずに、ただモンスター素材とかが無くなるだけなんだ」
契約破棄に対しての罰則が、ほぼ無いも同然であることに、今さらながら驚く。
第一次侵攻後にプレイヤー契約した人がいないらしい状態でプレイヤーの数が減るのは、ナビゲーター側としては回避したい事なのではないか。
ならば契約破棄に対する罰則はある程度重いものが設定されているはず、と予測していたのだが、外れたようだ。
まあ、私は今のところ契約破棄する予定はないから、関係ないけど。
ナビゲーターを使って大勢の人をプレイヤーにした『何者か』は、プレイヤーが減ることについて、意外と無関心っぽい、というのは分かった。
カフェオレを飲み終わったので、テレビを消してマグカップを洗い、コタツに戻って生産系スキルのチェックを始める。
スキル『調理』は昼ご飯に作った目玉焼きのっけ丼に「精神力回復 (小)」と「疲労回復 (小)」が付いていたので、ひとまずそれはそれでよしとして。
気になるのは、スキルをチェックした時から興味深く思っていた、『裁縫』から派生した『傀儡作成』と『仮想人格憑依』である。
これのために先ほど道具屋で買い揃えた素材と道具をアイテムボックスから取り出し、まずは私の持っている型紙でウサギのぬいぐるみを作ってみる。
念のため布の裁断から『傀儡作成』を発動させて、思ったより扱いやすい黒の布地をするすると糸で縫い合わせていく。
こういう細かい繰り返し作業はわりと好きな方なので、針でチクチクやっているうちにあっという間に太陽が傾き、雪柳が「なぁ~ん」と鳴いた声で、ようやくハッと我に返った。
「あれ? もうこんな時間か。洗濯物まだ取り込んでなかったー。雪姉さん、ありがと」
コタツの上に乗って作りかけのぬいぐるみの匂いをかいでいる雪柳に礼を言って、危険物である針とハサミを裁縫箱として使っているプラスチックケースに片付ける。
ナビに確認したところ、作成途中の傀儡は、作業を中断してスキルの使用をストップしても、続きに取り掛かるときにまたスキルを発動させて作ればいいそうなので、『傀儡作成』のスキルを停止させてコタツから出た。
「ん、んん~」
ゆっくりと背伸びをして、ずっと同じ体勢でいたせいで凝り固まった身体をほぐした。
今日は一日いい天気だったので、よく乾いた三日分の洗濯物を取り込む。
一人暮らしはあんまり洗濯物が出ないので、私は三日に一度、溜めて洗うのだ。
テレビをつけて夕方のニュースが天気予報を流すのを聞きながら、洗濯物をたたんでいく。
空の上に浮かぶ無数の結晶体を無視すれば、『イクリプス』なんていう災禍が起こり、自分がプレイヤーという特殊な存在になったことなど忘れそうな平和な日常の一コマ。
……だったのだが。
「〈全プレイヤーへ通達。新システム『駒契約』が実装されました〉」
唐突に緑色のルームランプと化したナビが、今もここが非日常の最中にあることを告げた。