Act.44『第四次侵攻の後』
昼過ぎに始まった侵攻が残党狩りも含めて終わった時、太陽はもう完全に沈み、明るい月が白々と輝いていた。
前回と同じく20体の戦闘狂な飛行型傀儡を野良モンスター狩り用に『隠蔽対象指定』付きで放ち、それ以外の傀儡をアイテムボックスに収納する。
その間ずっと、地上から何やら叫ぶ声が聞こえたが、全スルーして帰宅した。
自宅近くのゲートだから参戦しただけで、誰に何と言われようと、政府の名簿に登録する気はない。
私はただの無職で引きこもりなソロプレイヤーでいい。
ダンジョンに通ってモンスターを狩り、得たEで食材や日用消耗品が買える今の生活が、その肩書きに合っているのかどうか分からないが。
未登録プレイヤーだし、誰とも接触していない、という点では合っている気がする。
「ただいま、雪姉さん」
部屋の隅に敷いたビニールシートの上に立ったまま、プレイヤー装備を解除して声をかける。
窓から入る月明かりの中、キャットタワーの上に座っていた雪柳は、ぶらりと尻尾を揺らして「にゃあ」と鳴いた。
***
侵攻の翌日は、一日休む。
テレビもインターネットも無し。
雪柳とのんびりごろごろ、寝っ転がって休憩。
次の日にようやくちょっと動く気力が出てくるから、のそのそと起き上がる。
今回はいまだに野良モンスター討伐アナウンスがちょいちょい流れるので、戦闘狂な飛行型傀儡達はそのまま放置。
コタツの布団は干して片付けたので、今はただの座卓になった元コタツに作り溜めしたクッキーと甘いカフェオレを並べ、ぼーっとテレビを見る。
どのチャンネルにしてもやっているニュースでは、今回の侵攻時に発生したとある問題を、すべてのテレビ局がいっせいに取り上げている。
それは第四次侵攻が起きた時、間の悪いことに登録プレイヤーとチェスマン達がそれぞれバラけて会議を行っていたせいで、どこのゲートでも到着が遅れてしまった、という問題だ。
ある程度プレイヤーの近くにいないと、チェスマンはナビゲーターの『転送』対象から外れてしまうため、移動するためには集合しなければいけない。
会議のせいで、それに手間取ったらしいのだ。
結果、被害の大きい所とそれよりはマシだった所、未登録プレイヤーが先に来て凌いだ所があるようで、とくに被害の大きいゲート近辺はまだ残党狩りが終わらず、大変なことになった。
当然マスコミが「どうしてこんな最悪なタイミングで会議なんてしてたんだ!」と大騒ぎ、という流れだ。
そのおかげでというか何と言うか、うちの子達が各地で野良モンスターを狩っていることについては、テレビでは前回ほど話題になっていなかった。
けれど、なぜかネットの方では謎のプレイヤー、通称『シャドウ・マスター』あるいは『シャドウ』探しが白熱している。
誰だその変なあだ名のプレイヤー、と思ったら私だった。
いつの間にか、モンスターを狩る正体不明の何かを放ったプレイヤーを『シャドウ・マスター』、『シャドウ』と呼ぶようになっていたらしい。
そしてネットで一部の人達が前回と今回の目撃情報を合わせ、目撃された時間やその位置から『シャドウ』が日本のどの辺りにいるのか、特定しようとしているのだ。
「えええぇぇー……? なんでそうなった……。ていうか、探してどうするの……?」
思わずそんな声が出てしまったくらい、疑問しかない。
そして探すのも変なあだ名付けるのも、わりとマジでやめてほしい。
ネットにたまに出没する、やたら有能な人って、何なんだろう。
そんなに有能なのに暇なの? おかしくない???
特定班とか呼ばれてるのを、今までは完全他人事で「すごいなー」と思ってたけど、特定されようとしている側になるとたまったものじゃない。
というか、“モンスターを狩る正体不明の何か”が謎のプレイヤーが“放ったもの”だということについて、なぜかもうみんな確定っぽく話しているのだが、なんで分かったんだろう?
それにその『シャドウ』の所在地特定して、それからどうするんだこの人達?
その辺、みんな言ってることがバラバラで統一されてないんだが。
そんなこんなで「ヤメテー」と思いながら様子を見ていたら、「たぶん侵攻が起きると浅葱駅ゲート前の防衛戦に参加してくれる未登録プレイヤーが『シャドウ』っぽい」というのはわりとすぐに判明したが、その後はバラけて自然解散っぽくなった。
浅葱駅前ゲートのところまでは分かっても、さすがにそれ以上は特定できず、「俺そっちに引っ越すわ」とか「それだけ強いプレイヤーなら登録すべき」とか、まあネットでよくあるその場のノリと勢いでみんながバラバラなことを書き込んで散らばった感じだ。
私としては浅葱駅前ゲートのところまで特定されたところで「嘘でしょマジで???」となったし、「その未登録プレイヤー、一部では『守護神』って呼ばれてて有名ですよ」と書き込んだ人に「誰? 一部で有名の“一部”ってどこ??」と色々驚きだったけど。
あと、二回目だけど変なあだ名を勝手に付けないで欲しいと思う。
私は自分と雪柳と自宅を守ってるだけで、『守護神』なんて呼ばれるようなものじゃないし。
「言いたいことはいっぱいあるけど、とくに気にすることなかったな……」
はぁ、とため息をついてつぶやく。
謎のプレイヤー『シャドウ』の所在地を「ここだ!」と見つけても、その先に何がしたいのかとか、特に無かったし。
ただの祭りのネタに使われただけだった……
そうしたネットでのことは、精神的に無駄に疲れたものの私的には実害無くてありがたかったけど、現実としてはあんまり良くない状況だ。
ちなみに私の暮らしている地域はモンスター掃討済みの地域に入っていて、外出禁止にはなっていない。
ただ、そういう地域でも侵攻から三日間はできるだけ出歩かないように、とニュースで繰り返しアナウンサーが呼びかけている。
どこからモンスターが入り込んでくるか、誰にも予測できないし、非プレイヤーでは小型のモンスターでも危ないからだ。
ぼーっとクッキーをかじり、ニュースを眺めていてふと思った。
――― もしかしてこの国、プレイヤー少ないのでは?
昨日私が回ったゲートは5ヶ所だが、十分な数のプレイヤーとチェスマン達がいたのは1ヶ所だけ。
残りはギリギリというか、明らかに戦力の足りない状態で、配置されたプレイヤーとチェスマン達が頑張っていた。
うーん、キッツイわー……
湧きポイントからモンスター全方位に無限湧きするのに。
まともに包囲もできない数で対応しろとか、政府は鬼か。
浅葱駅前ゲートだって、未登録プレイヤーの私が一番乗りだったしなぁ……
プレイヤーとチェスマンを分散させて会議をしていたことを責めるより、プレイヤーの少なさに危機感を持ったほうがいい気がする……
うちの近くは政府から見た重要拠点が無いから登録プレイヤーの配置が手薄な地域なんだろうけど、それでもちょっと、これはなぁ……
遠い目になりつつ、クッキーをサクサクかじる。
地上攻撃部隊迎撃戦の時は、かなりの数のプレイヤーとチェスマンがいるように見えた。が、国籍を気にしたことはなかったので、今この国に何人のプレイヤーがいるのかさっぱり分からない。
登録プレイヤーの人数を公開している国は、今のところ一つも無いし。
この“異次元からの侵略”がいつ終わるのかも分からないし、大丈夫なのかなぁ、と。
不安と問題ばかりが積みあがるが、個人でどうにかできる規模の話ではない。
まあ、私が考えても無意味なことだ。
それに、結局はなるようにしかならないだろう。
んん~、と伸びをしてからモソモソ動いてテレビの前に行き、DVDを観ることにした。
暗いニュースばかり見ていては気が滅入る。
母がコレクションしていたお気に入りの映画DVDを、引っ越しの時に丸ごと持って来てテレビ台に詰め込んであるので、選び放題だ。
今日は何にしようかなー、といくつか取り出して迷った末、田舎に引っ越した姉妹がお隣さんになった不思議生物と仲良くなったり、入院中のお母さんに「とうもころし」を届けに行ったりする長編アニメ映画に決めた。
***
第四次侵攻の後、休みを入れて気分転換。
討伐アナウンスがようやく流れなくなったので、放置していた戦闘狂な飛行型傀儡達を収納して、火山ダンジョンの探索を再開。
外していた火山対策用の装備を再度追加して、午前はダンジョン探索、午後は炎耐性付きの布で『傀儡作成』をする。
そうしている間に、いくつかスキルのレベルが上がった。
まず『裁縫』と『傀儡作成』がレベル10になり、作れる傀儡の基礎能力値が高くなった。
加えて『仮想人格憑依』がレベル8になり、『傀儡管理』もレベル7になった。
『仮想人格憑依』レベル8で増えた性格は二つ。
「聡明」は状況に合わせて命令遂行のために最も効率的な行動を取る。
「酔狂」は遊び好き。モンスターをからかって追いかけさせ、逃げ回って遊んだり、穴を掘ってみたり、木に登ってみたりする。
たまに変わったアイテムを拾ってくる。
どちらも使えそうな性格なので、いくつかのぬいぐるみに設定した。
レベル7になった『傀儡管理』は、傀儡の耐久値が残り1になった時、自動で『傀儡の欠片』を使って耐久値を回復させる設定が、個々でできるようになった。
その他、鳴き声設定ができるようにもなった。
これは咆哮で威嚇、哨戒役が警戒鳴きで敵接近を警告、一対多になった時に呼び鳴きで援護要請、などができる機能だ。
一括操作も可能だが、個々でも設定できるので、モンスターと戦う傀儡はオンにして、鳴き声が不要なアイテム収集役傀儡はオフにしておく、ということもできる。
あと、エキス抽出・調合もレベル4まで上がった。
そしてポーションが傀儡にも効くと気付いてからは、完成品を入れる小瓶を空けるためにも、ダンジョンへ行くとせっせと傀儡達にかけまくって空き瓶を増やしている。
綺麗な色水作りにもちょっと慣れてきて、今は5種類のエキス調合に挑戦中だ。
ほんの少しでも量が多すぎたりすると失敗して消えるので、慎重に組み合わせて調合実験をしている。
地道な作業だが、綺麗な色のオリジナルポーションができると嬉しい。
やっぱり私は、一人でコツコツ何かを作る、というのが性に合っているようだ。




